第4話 マリーと四人の令嬢と(2)
白い清風のような彼が去ると、あとからやって来たのは一人の男子だった。
「いやつーかよ。あんたらなんでその子を組み伏せてんだ? もしかしてケンカか?」
組み伏せられているマリーを見た彼が尋ねた。
「組み伏せ? ケンカ? なにを言ってるのかしら? これは女子同士のちょっとしたレクリエーションですわ。そうですわよね?」
「そのとおりですわ!」
「伯爵家の令嬢がケンカ? そんな下品なことをするわけがないじゃありませんの!」
「まったくもって無知とは恐ろしいですわ!」
ホホホと赤ドレスが余裕の笑みを浮かべると、取り巻きたちが一斉に呼応した。
それにしても見事な言い訳ぶりだった。
きっと赤ドレスたちはこれまでにもこういった行為を重ねてきたのだろう。
そして今みたいに善意の第三者が止めに入ると、その強弁と伯爵令嬢という身分で、相手を黙らせてきたのだ。
「おう。これケンカじゃなくてレクだったのか。そりゃ悪かったな。――でもよ。伯爵令嬢のレクってんなら、もう少し上品さを意識した方がいいんじゃねえか?」
しかし彼はまったく怯まなかった。
取り巻きが告げた伯爵令嬢と言う肩書は彼の耳にも届いていたはず。
彼の格好は、どれだけ良く見積もっても男爵家の子息にしか見えなかった。
両者の間にはいかんともしがたい家格差があるはずなのに、それでも彼は一歩も引くことなく、赤ドレスに意見している。
「あら。わざわざのご忠告痛み入りますが、無用な口出しですわね。それよりも貴方、白い礼服の方をお探しなのでしょう!? その方でしたら向こうに駆けて行きましたから、わたくしたちのことは置いて早く追いかけるといいですわ」
「おっとそうだった。あいつも逃がすわけにはいかねえし、サンキューな」
赤ドレスが彼方を指差すと、彼は立ち去ろうとした。
しかし、
「――て、言えればよかったんだけどよ」
そう言った彼は一転、赤ドレスの手首を取った。
「せっかくあいつの行き先教えてくれたところ悪いんだけど、どう見ても今はこっちの方が優先だ」
「な!? お、お放しなさいっ! 何の許しもなくレディの手を取るとは、なんて無礼な!」
剣呑な目つきで咎める彼に、赤ドレスが動揺した。
すると彼は掴んだ腕をそのままグイっと引き寄せ、両者の顔が肉薄する。
「なあ。これが本当にただのレクならオレも邪魔するつもりはねえ。けどよ。レクで魔導はやり過ぎなんじゃねえか?」
彼が取った赤ドレスの手には、洋扇が握られていた。
そしてその先端には、未だ消えずにいる魔導に炎が。
「さあどうする? まだ続けたいんなら、オレも混ぜてもらっていいか?」
ぐしっと炎をもみ消した彼は、赤ドレスを解放した。
「……な、なんて野蛮な! 皆さま! 引き揚げますわよ!」
捕まれていた手首を労わっていた赤ドレスは、そう言い捨てると取り巻きの反応も待たずに一人立ち去ろうとする。
しかし……
「……一応聞いておきますわ。貴方、お名前は?」
ふと立ち止まった赤ドレスが彼に誰何した。
「オレはアーサー。1-B、アーサー・ヘーゼルウッド。この春からこの学校に通うことになった、ま、新米だな」
「……聞かない家名ですわね。どうせ片田舎の貧乏貴族か新興の下級貴族なのでしょうけど、一応憶えておいて差し上げますわ」
彼の名を知った赤ドレスは、ホホホと笑うと取り巻きを連れ、今度こそ去って行った。
◇ ◇ ◇
「ようあんた。どうやらとんだ災難に巻き込まれたみたいだな」
赤ドレスたちが去ったあと。
水たまりから動けずにいたマリーに、手を差し伸べたのはアーサーだった。
「あ、ありがとうございます。ヘーゼルウッド様……卿。あの、手は?」
彼の手を借りて水たまりから立ち上がったマリーは言った。
彼、さっき炎を素手もみ消してたはず。
「手ぇ? あっははは。あんなの何でもねえよ。それよりオレのことはアーサーでいい。どうせ田舎の貧乏男爵の次男なんだし、様だの卿だのそんな大層な柄でもねえからよ」
「で、でも……!」
マリーは困惑した。
入学から一月。少しは貴族の世界にも慣れてきたマリーだ。けど、こんなに庶民的な貴族は会ったことがない。
なにしろこの一ヶ月でマリーが知った貴族と言えば、さっきの赤ドレスみたいな連中ばかり。
クラウス/フレデリクの比較的好意的なコンビだって、貴族としての品格は確かに感じたのだ。
「お? アーサー呼びはダメか? じゃあどうしてもってんなら……エースって呼んでくれてもいいぜ?」
そんなマリーに、アーサーは笑顔で告げた。
「エース……ですか?」
「おう。『アーサー』だから『エース』。結構いいと思わねえか? でもよ。家でそれ言ってみたら、お前に『エース』はまだ早え。『ジャック』で十分だ。って。いくらんなでも『ジャック』はひでえよな?」
嬉しそうに家族の思い出を語るアーサー。
それを聞かされたマリーも自然と笑顔になる。
無理に自分を飾ろうとしない感じが下町のみんなを思い出させるのだ。
「どころでよ。一応確認しときたいんだけど、あの白いやつは本当にあっちに行ったんだよな?」
「白? あっはい、そうです。あ、でもごめんなさい。あの人を追ってたんですよね?」
マリーは謝った。
清風の彼が駆け去った方向を悔しそうに見るアーサーだけど、でも清風の彼が一体何をしたら、あんな追いかけっこするほどの事態に陥るのだろう?
「ああいや。追ってたってほどじゃねえんだ。ま、ちょっとな」
マリーの疑問に気付いたアーサーが答えた。
きまりが悪そうにしているあたり、本当に大したことじゃないらしい。
「じゃあオレはもう寮に帰るけどよ、あんたも帰るんなら送ってくぜ? 桜花寮でいいんだよな?」
「え? あの、でもパーティは?」
帰路に着くと言い出したアーサーに、マリーは尋ねた。
新入生歓迎パーティはまだ始まったばかりだ。
マリーの様に人前に出られない格好ならともかく、そうじゃないのに帰るなんて。
「あ~……これ、ここだけの話だけどよ。実はオレ、人の多い場所が苦手なんだ。人が多いと酔うっつーか、気分が悪くなってよ」
少し考え込んだアーサーは、マリーにひそひそと耳打ちした。
「でもそれじゃあ、社交の時はどうしてたんです? 今までもパーティする機会ってありましたよね?」
「地元の社交界はそんなに人も多くなかったし、まあ平気だったんだよ。でもこっちは人の数が桁違いだし」
「えと。それじゃあもしかして授業中も酔ってたり?」
「ま。合同授業の時なんかは、たまにな」
好奇心からずけずけと質問攻めにしてくるマリーに、アーサーは快くに答えた。
【登場人物とか】
マリー …… 高等部1年。下町育ちのにわか令嬢。編入したばかり。
クラウス …… 初等部4年。マリーに一目惚れした。
フレデリク …… 高等部2年。長身痩躯。クールな外見で生真面目な性格。




