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第1話 迷子のプロポーズ(1)

「ぼくと結婚してくれませんか?」


 マリーが見ず知らずの男子に求婚されたのは、この帝立魔導院(ていりつまどういん)高等部に編入してからまだ二日目の放課後。広い校内の一角にある庭園でのことだった。


「え、と……はい? 今、なんて?」


 しかし、これはあまりにも突然の出来事だった。

 なにしろ今のマリーは、不慣れなこの学校の地理に早く慣れようと校内を散策していただけ。


 それがどうしてこのようなことに?


「ですから結婚です。ぼくは今この一時(ひととき)の間に貴女を見初(みそ)めてしまったんです。嗚呼、貴女こそがぼくの運命の人なのだ。と」


 情熱的な言葉でマリーに承諾を迫っているのは、宝石のように輝く碧い瞳を持つ彼だった。

 均整が取れつつもどこか愛嬌のある顔立ちに、ゆるくウェーブのかかった金髪。白を基調とした仕立ての良い礼服がとても様になっている。


「あの……お気持ちは嬉しいです。けれど、その……」


 マリーは困った。

 勿論(もちろん)、彼の想いに対する返事は決まっている。NO(ノー)だ。


 実は、マリーがこの学校に急遽編入したのには相応の訳があった。

 その訳とは――


 裕福な家の男子と婚約して、傾きかけた家を立て直す。


 ――と言うもの。


 なにしろマリーの家は、近年になって(おこ)った「新興男爵」と呼ばれる家ではあったのだけど、どうにも資金繰りが厳しくこのままでは取り潰しになってしまいそうなのだ。


 でも、さすがにたった今出会ったばかりの男子の求婚なんて受けられるわけがない。

 けど見たところ、相手はマリーより身分が上のようだ。もし無礼な返答をしてトラブルにでも発展したら目も当てられない。

 しかし――。


「ああいけない! ぼくはなんて愚かなんだ。ぼくたちはまだお互いの名前すら知らないと言うのに求婚だなんて! ――失礼。貴女に心を奪われるあまり、少し先走り過ぎてしまいました。愚かなぼくをお許しください」


 自身の拙速(せっそく)さに気付いた彼は自らを恥じた。

 これなら穏便に済みそう。と、安堵するマリー。

 けれど――。


「――と言うわけで、まずはお互いの名を知ることから始めましょう。ぼくはクラウス。一応ビクター家の末席に籍を置いている者なのです。ああ勿論この学校の生徒ですよ? では、貴女のお名前をうかがっても?」


「え、と……はあ……?」


 クラウスの切り替えの早さに、マリーはまたしても困惑した。




 ところで、マリーが通う帝立魔導院(ていりつまどういん)は、在校生徒のほぼすべてが貴族の子弟と言ういわゆる貴族学校だ。

 そしてこの学校、その名が示す通り魔導を習得することを目的として設立された学校で、そのためいかなる魔導の修練にも対応できるよう多様な設備と広大な敷地を持っている。

 生徒との大半は幼年部からのエスカレーター組なので、実はマリーのような高等部からの編入生というのはとても珍しいのだけど……




「どうかしましたか? 是非、貴女のお名前をうかがいたいのがですが、もしや名乗れない事情でも?」


 呆けるばかりにマリーに、クラウスは怪訝そうな目を向けた。


「あっ。わ、わたし……じゃなかくて、わたくし(・・・・)、マリア=ルキスと申します……あ。あの、スプルスサイド家の娘です……わ」


 そんなクラウスに、マリーは必要以上の狼狽えぶりで自身の名前を名乗った。

 実はマリー、「実家を立て直すためのお相手探し」以外にも、他人に知られてたくない秘密があったのだ。

 それは、


 ――下町育ちの即席令嬢――


 だと言うこと。


 なんとマリーは、ほんの一月前まで下町で祖母と一緒に暮らしていたただの町娘だったのだ。

 スプルスサイド男爵の娘。――しかしこれは事実だ。

 マリーはいわゆる隠し子と言うやつで、実際血のつながりもあるらしい。

 けれど、そんなつい先日まで自分が貴族だと言うことすら知らなかった娘が、あろうことか帝立の貴族学校に入り込んで婿探し。

 もしそんな事実が余所に漏れたら、この学校にいられなくなることは確実だろう。




「わ、わたくしのことはマリーとでもお呼んでください……まし」


 言葉使いにまったく自信の持てないマリーは、それでもせいいっぱいの作り笑いをすると紹介を終えた。

 しかし、そんなマリーの言葉をじっと聞いていたクラウス。彼女の言動に不審を覚えたのか、首をかしげると、


「マリア=ルキス……? だから、マリー……? ――そうか! 貴女はマリーなのですね! ああ! なんて貴女にピッタリな名前なんだ! 優しげで……! 可憐で……!」


 しかしクラウスは感激した。


 彼が訝しむ様子を見せた時は、(わたし何かやらかした!?)なんて思ったりしたマリーだけど、どうやら渾身の貴族ごっこ(・・・・・)は成功したらしい。


「あの、クラウス様……一つ、お伺いしても?」


 あまりにも素直に喜びをあらわにするクラウスに、今度はマリーから口を開いた。

 本当ならもう何も喋りたくはない。

 けれど、名前一つでこれだけ喜んでくれる相手にだんまりではさすがに申し訳ない。


 勿論、彼の求婚に対する気持ちに変わりはない。

 出会ってからまだ5分。恋だの愛だの結婚だのと、なにより向こうの資産状況も分からないのにとんでもないことだ。

 けど、マリーには資産がどうのと言う以前に、どうしても確かめておきたいことがあって。


「クラウス様は、その……今年、おいくつになられるのでしょう?」


「はい! ちょうど今日で10になりました!」


 マリーの問いに、クラウスが元気よく答えた。


「10……いくつです?」


「ですから10きっかりです! 昨日、初等部の4年生になったんですよ!」


 眩しいぐらいにキラッキラな眼差しをこれでもかと向けてくるクラウスに、肩の力が抜けるマリー。


 高等部にして小柄……と言うか幼すぎるし、中等部かな? いや。中等部であって欲しい。――ぐらいには考えていたマリーだ。けど、まさか初等部だったなんて。


 クラウスは、金髪碧眼の将来有望な美少年だ。

 食には事欠かないのか発育も良好のようで、年齢のわりには背も高いように思える。

 けど、いくら将来が有望だろうとそれはそれ。

 どうやら彼、求婚の意味を理解できていないようだし、ここは一つ年上の者として教えてあげないと。


「あの、クラウス様……いいえ。クラウス()。今からお姉さん(・・・・)の言うことをよーく聞いて欲しいのだけど――」


 マリーは猫を被るのを止めた。


 他の生徒に自分の素性を気取られるのは良くないとはいえ、所詮相手は初等部。

 なら、ちょっとぐらい「下町娘」が出てきたところでさほど問題にはならないだろうし、なにより「悪戯半分で求婚なんてしてはいけない」と、言って聞かせなくちゃならないのだ。

 貴族ごっこをしていては、きっとその真意は伝わらない。


「クラウス君はさっき、わたしにプロポーズしてくれたのよね? でも、プロポーズってどういうことなのか、キミはちゃんと分かってるの?」


「勿論です。ぼくは一目見ただけで貴女のことが好きに……いえ! 愛してしまったんです! 貴女ならぼくの一生かけて愛し続けることができると、そう思ったんです! だから――」


 クラウスが一生懸命に自分の気持ちを表現しようとしていた。

 彼、マリーが考えていたよりは真剣だったらしい。

 けれどたったそれだけのことで、「はい、分かりました」なんてなるわけがない。ここは人生の先輩として一つ、この無邪気な男の子を指導してあげないと――。


「動くなそこの者! 一体そこで何をしている!?」


 ふいに現れた第三者の誰何(すいか)に、マリーは振り返った。


【登場人物】

マリー  …… 帝立魔導院・高等部1年。下町育ちのにわか令嬢。編入したばかり。

クラウス …… 帝立魔導院・初等部4年。マリーに一目惚れしたらしい。


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