9 環境の改善
いったい何が起こったのか。離宮に連れて来られたモナはレティーナが数人の宮廷医療師の治療を受けているのを信じられない気持ちで見ていた。
そしてもう一人治療を受けている白髪の美少年。彼の体は真っ赤に腫れあがり水ぶくれが出来て痛々しそうだ。
公子のジェルドからレティーナが魔力暴走を起こしたと説明を受けた。そして白髪の少年が太陽神の呪いを受けた第一王子殿下であるとモナは知ったのだった。
「公子様、お嬢様は大丈夫なんですよね?」
「分かりません。医療師に任せるしか……今は静かに待ちましょう」
(水神様、お嬢様をお守り下さい)
祈りを捧げて待っているとシオンが訪れた。
第一王子に挨拶してジェルドから説明を受けると侯爵はモナの所に来た。
「旦那様、だから中止をお願いしたのに……見て下さいお嬢様のドレスに血痕が」
「うっ、まさかこんな事になるとは」
数時間後、レティーナは一命を取り止め、老医療師から様態の説明があった。
「お嬢さんは精神に少々穢れが見えます。これは精神的な過労から来ているものです。魔力暴走もそれによるものかと思われます」
「娘は大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫ではありません。貴族のご令嬢に普通は起こり得ない事です。ましてや10歳の子供がこのような事態になるのは由々しき問題。いち早い環境の改善が望ましいでしょう」
「環境の改善?」
「お嬢さんの心とよく話し合う事です。可哀そうに……辛い生活を強いられてきたのでしょう」
老医療師の言葉にシオンは恥ずかしくて唇を噛み締めた。
モナには分かっていた。レティーナは辛くてよく癇癪を起こしていた。暴れて泣いて喚いても、後で必ずシオンが抱きしめて愛情を与えていた。しかしあの差出人不明の手紙が来てからレティーナは気持ちを抑え込むようになったのだ。それはシオンの愛情を失うことを恐れたからに違いない。
「旦那様、どうか奥様からお嬢様を切り離して、勉強も中止して下さい」
「それは、しかし……」
シオンが言い淀んでいるとルナフィスが声を掛けた。
「テイラー侯爵、レティーナ嬢はこちらで預かりしましょう。弟の婚約者ですから」
「いえ殿下、そんなわけには」
「旦那様はお嬢様を守れませんよね? お嬢様の為にお願いします」
「モナ……」
話し合いの結果レティーナは当分ルナフィスの離宮にモナと一緒に世話になることになった。だが一時だ、いずれは帰らなければならない。
それでもレティーナが目覚めた時、きっと安心するだろうとモナは思うのだった。
1週間たってもレティーナは昏々と眠り続けていた。
その間ルナフィスは個人的に彼女に何があったのか調査させて結果を陛下に報告していた。
王太子妃サマンサは苛烈な性格で実の息子ルナフィスでさえ王家の恥と思うような女性だった。弟のラミネルを溺愛し彼を王太子にしようと意欲的だ。テイラー侯爵家はそのラミネルの強い後ろ盾になってくれるだろう、なのに侯爵の反感を買うようなマネをした。
レティーナは<神託>で選ばれた王家にとっても大事な令嬢のはずだ。それを虐待するなどと愚かの極みである。
次々と明かされた王太子妃と教育指導者達のレティーナへの嫌がらせと虐待。
その理由を王太子妃は絶対に明かさなかった。あくまでも躾だと言い張ったのだ。
陛下の怒りは凄まじく、王太子妃は数か月の謹慎処分を受けた。ついでにラミネルも陛下から叱責をされて落ち込んでいる。婚約者を救ったのはルナフィスだった。本当なら暴走が起きた日にお茶の時間を設けて婚約者の異変に気付くべきだった。
ルナフィスは褒美として、父である王太子の管理下にあった離宮の全権を陛下から貰い受けた。
ラミネルと実家からは母と妹が何度も訪問を申し出ていたがルナフィスは許可しなかった。
モナが献身的に世話をする中、10日目にレティーナは目を覚ました。
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