5 折れた心
王都の神殿では毎日神々への祈りが行われる。テイラー侯爵家では家族揃って神殿に行くのは月初めと決まっている。この日は交流のあるグナード公爵に会えるのでレティーナは心待ちにしているのだ。
公爵は【戦神の加護】を持ったソードマスターだが、見た目はシオンと変わらぬ優雅な美貌の持ち主である。彼はシオンの親友で毎年姉妹に誕生日のお祝いも贈ってくれる優しい人だ。姉妹が幼い頃はいつも抱っこしてくれた。
長い祈りの時間が終わるとシオンに連れられ一家はオーサー・グナード公爵の元に挨拶に向かった。
両家の挨拶が終わるとミシュベルはグナード公爵に抱っこを強請った。
「もうお二人とも立派なレディーですから抱っこは出来ませんね」
「1回だけおねがいします」
「おやおや、シオン殿、小さなレディーを抱っこしても宜しいですか?」
「申し訳ないオーサー殿、最後の抱っこをしてやってくれますか」
「最後ですよ」
公爵に抱っこされて嬉しそうなミシュベルにレティーナは黒い感情が湧き起こる。妹のように甘えることが出来ない。さすがに抱っこは恥ずかしいが公爵様に触れたい気持ちが膨れ上がった。
「公爵様、わたし……」
「レティーナ嬢、間もなく王子妃教育が始まりますね。しっかり頑張って下さい」
「あ、はい! 頑張ります」
抱っこは無理だったが大好きな公爵様に優しく頭をポンポンしてもらえてレティーナは満足した。
鉄色の髪に濃い緑の瞳をした美貌の公爵は今も女性に絶大な人気がある。過去に彼は神殿で<伺い>を行い、結果王太子妃の従妹と結婚したが1年もしないうちに離婚した。公爵の浮気が原因だと言われている。
再婚もしないで最近はジェルド(13歳)という男子を遠縁から養子にした。
そのジェルドはいつも侯爵の後ろで静かに佇んでいる。ミシュベルが何度も話しかけたが黙って見つめ返すだけだった。公爵と同じ鉄色の髪に薄い緑の瞳を持つ彼は公爵とよく似ており、隠し子だと密かに噂されているが真実は分からない。
やがて王宮での王子妃教育が始まり、レティーナは月に2回登城する事となった。
一流の講師を用意し、ラミネルの母親である王太子妃殿下からも指導があると聞き、レティーナは決して癇癪を起こさず不名誉な噂を一掃して殿下に相応しい婚約者になろうと決心していた。
指導の後はラミネル殿下とお茶の時間も用意されている。彼はレティーナを嫌っているが不躾な扱いはしない。これからは数年前のような親しい関係を取り戻したいと考えていた。
登城の朝、ミシュベルは自分も行くと泣き喚いた。今までずっと姉に付いて行けたのに今回はなぜダメなのか。何度説明しても「行く!」と言って譲らない。
馬車にしがみ付いて泣くので出発できず、レティーナは怒鳴り散らしたい焦燥にかられたが耐えているとイザベルが来て、ミシュベルはメイドに担がれ戻って行った。レティーナには「行ってらっしゃい」の言葉も無い。
母に期待はするまいと思っていたが、不安と寂しい気持ちを胸にレティーナは城に向かい、王子妃教育は始まった。
*****
いつしか、レティーナの王子妃教育は4回目を迎えていた。
二人だけでお茶の時間を迎えるのも4回目。ラミネルは目の前で不服そうな顔で座っている婚約者にため息をついた。
「はぁー、そんな嫌そうな顔でいられるとお茶が不味くなる」
殿下の言葉にレティーナの瞳は揺れて涙が滲んだ。
「何が気に入らないんだ」
「王子妃教育が辛いです……」
「まだたった4回受けただけじゃないか。僕なんて毎日だ」
「王太子妃殿下は私を嫌っています。厳しいのです」
母親を敬愛するラミネルはこの発言を許せなかった。
「母上は忙しいのにお前の為に時間を作っているんだ。感謝して欲しいな」
「できません! お茶が不味くなるなら会うのはもう中止にしましょう。私だって殿下といると息苦しいです! もう嫌なんです!」
「はぁー また癇癪か……」
ラミネルはレティーナが嫌いだった。
癇癪持ちと噂される婚約者を恥ずかしいと思っていた。実際彼女は妹を怒鳴るし生意気だ。気に入らなければ拗ねて不服そうな顔を隠さない。
小さな頃は彼女が大好きだった。ミシュベルを交えて3人で過ごした時間は楽しかったのに、いつしかレティーナは変わってしまった。
ラミネルは知らないのだ。レティーナの境遇と心の傷を。知っていればもう少し優しくできたかもしれない。
「分かった中止しよう。僕だって息苦しくて嫌になる。なんで君なんかが婚約者に選ばれたのか神様に聞きたいよ。ミシュの方がよかったのに」
立ち上がってラミネルは部屋を出た。心が折れたレティーナは自分の運命を呪った。
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