33 天啓
工房で修復を終えた月神像をルナフィスとレティーナは見上げていた。
台座に立つ月神にルナフィスは首を傾げる。
「これが月神? なんだか女性に見える」
「中性的な感じですね。長い髪に大きな帽子、祭服のような衣服をお召しになっているからかしら? 太陽神様とは印象が全く違いますね」
ナウファル国の太陽神像は筋肉隆々の勇猛な姿で威圧感がある。しかし月神像は体の線も細く儚げな様子だ。
「頼りない感じだな……太陽神の弟とあるから男性なのだろう。綺麗に修復出来て良かった」
ルナフィスが異空間に収納して工房の外に出ると、寒さは今週に入ってから少し和らいでおり二人は春の気配を感じた。
「早く夏になって欲しいですね。シルバームーンが待ち遠しいです」
「そうだね。この国のシルバームーンはランタンを飛ばすそうだよ」
「手紙を空に送るのですか」
「いや、手紙はつけないでランタンを飛ばすのが行事らしい」
「まぁ、それだとお祭りみたいですね」
こちらでは主に無病息災や幸運を祈る行事となっている。
「月神様もこの日だけは大忙しだね」と二人は笑った。
月神像が完成すると神殿も続いて完成し、お揃いのウェディングドレスも届けられて着々と準備は進んだ。
初夏に再び北大陸の港に向かい、神殿と月神像を設置すると漁民の一族は「これからは月神様に漁の無事を守ってもらえます」と喜んで祈りを捧げた。
ルナフィスも祈ったがやはり呪いは解けなかった。遠く北大陸まで来たが結局変化はなかったのだ。
シルバームーンが近づくと挙式に参列する為にジェルドがアトール国を訪れた。その後のナウファール国の話を聞かせてくれたがレティーナもルナフィスも死亡したことになっている。二度と戻れない二人には関われない話だった。
「一応報告ですから私の話はお気になさらず。お二人は幸せになって下さい」
不愛想なジェルドだがレティーナは彼に心から感謝していた。
流刑の前にルナフィスの気持ちを彼女に伝えて勇気をくれたのは彼だった。レティーナの迷いを吹き飛ばしてルナフィスの元へと走らせてくれたのだ。
一方、ジェルドはたとえ何も知らなくてもレティーナはルナフィスを追い駆けて行ったと確信していた。一途なのはテイラー侯爵家の血統だと思っている。
「有難うジェルドも幸せになってくれ、君は私の唯一の親友だ」
「はい、有難うございます殿下」
もう殿下では無いのだがジェルドにとっては『殿下』が呼びやすいようだ。ルナフィスもあえて訂正はしない。この愛すべき朴念仁がどのような令嬢と恋に落ちるのか、その時を密かに期待している。
*****
──夏も盛りとなり、待ちに待ったシルバームーンが訪れた。
日が沈むと港から明かりを灯したランタンを紫紺の空に飛ばし、銀の月に向かって上昇するのをレティーナ達は祈りを込めて見送った。
今夜の婚姻式の為にあらゆる準備を済ませてあった。小さな神殿には祭壇を設け供物も供え司祭も招いた。家族だけの挙式で参列者の招待はしていない。船上には祝いの宴も準備した。
ウェディングドレスを着たレティーナとモナがジェルドにエスコートされて神殿に入って来るとその美しさに二人の花婿は暫し見とれた。外では花嫁の美しさに感嘆した漁民一族の拍手が鳴りやまない。
「とても綺麗だよ」
「ああ、二人とも美しいな。女神の様だ」
最初にオーサーとモナが婚姻の誓いを宣言しキスを交わした。
オーサーから口付けを受けてモナは息が止まるほど驚いた。が、直ぐに儀礼的なキスをしただけだろうと冷静になった。
次にレティーナとルナフィスが誓いを宣言しキスを交わすと司祭の祝福を受けて二組の夫婦が誕生した。
幸せいっぱいのレティーナを見て、不憫な子ども時代を誰よりも知っているモナは感動で涙があふれた。そしてこの先も公爵と共にずっと見守っていこうと思うのだった。
たった今、式を終えて隣には愛する新妻が寄り添ってくれている。幸福に包まれたルナフィスは生まれて初めて月神に心から感謝した。
そう、生まれて初めて──その事実に愕然とした。
思えば恨むばかりだった。シルバームーンが訪れても人々のように祈ることも無く、加護を外してもらえるなら左手首を失ってもいいとさえ考えた。
国と両親には見捨てられ弟にも憎まれた。ルナフィスを含め【月神の加護】を受けた理由など誰一人分からないし、考えもしなかった。
この地に来たのも呪いを解きたい為だった。
「加護を受けた理由?」
月神の像を見上げるとルナフィスの目の奥には無数の青白い光が飛び交っていた。それは月神から天啓を受けた瞬間だった。
「そうか……」
「ルナ様?」
「私に彼等を救えと...…」
自身の役割を悟ったルナフィスは白い光に包まれた。それはミシュベルが聖女に覚醒した時と同じ光景だった。
「ルナ様!」
彼に触れようとしたレティーナが、光の衝撃で後方へ吹き飛ばされた。
そして──神殿から伸びる巨大な光の柱が、夜空を突き抜けていく。
それを、港にいた者も、魔導船の上にいた者も、皆が見上げていた。
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