32 アトール国へ/月神像の修復
船を下りた父は娘を抱きしめて無事を喜んだ。
「公爵、遅くなって済まなかった」
「いえ、殿下もご無事で何よりです。レティーナも頑張ったな。寒いだろう、早く船に乗ろう」
船に乗り込むとレティーナは安心感に満たされた。美味しいお茶とお菓子が出されると北大陸で過ごした日々が遠いものに感じる。
「それでどうでしたかな? 中央は」
ルナフィスが報告をすると「月神像の復元ですか。それなら丁度いい、この後向かうのは芸術の都です」と公爵は今後の予定を説明してくれた。
芸術の神が支配するアトール国は自由な思想で住みやすいのだが物価が高いのが欠点。しかしルナフィスは余生を暮らす程度の私財は十分に蓄えてあった。離宮の全権を陛下から貰い受けて以来、節制してこっそり私財を増やし公爵に預けていたのだ。
「いつ離宮を追い出されるか分からなかったからね。まさか流刑になるなんて」
「国を捨てる決心がついて良かったでは無いですか。金さえあればどこででも生きていけます」
「そうだな、公爵はいつも正しいよ」
語り合う二人がまるで本物の親子のようでレティーナは微笑ましく思うのだった。
***
船はアトール国を目指して西に進路を向けた。美術品などの交易も盛んな国で公爵も何度か訪れていた。アトール国の港に到着し船の停泊許可を得ると公爵の知人に空家を借りて住めるようになった。
街からも近くて生活に必要な設備も整っており、レティーナ達が暮らすのにも十分な広さの家だ。
「ここではまず月神の像の復元と神殿の再建を頼める工房探しかな」
「神殿を再建するの?」
「うん、港の近くに建てようと思うんだ。アトール国で小さな神殿を建てておいて異空間に入れて持っていくつもりだ」
「はい、良い考えだと思います」
「神殿の近くに家を建てて夏はそこに住み、冬になればこの国に戻ろうと考えている」
「ここも寒い国ですけど北大陸よりは暖かいから良いですね」
それで呪いが解けるとは思えなかったがここまで来たのだからやってみる価値はあるだろうとルナフィスは考えていた。
────アトール国で暮らし始めて五日が過ぎていた。
公爵は用があって外出中。リビングの暖炉の前でレティーナはルナフィスの膝の上に座り熱いキスを交わして二人だけの甘い時間を過ごしていた。
「寒くない? ティーナはここよりも暖かい国の方がいい?」
「私は水神様の加護があるので寒いのは平気です。ルナ様は大丈夫ですか?」
「私はどこでも大丈夫だよ。それでね、大事な話があるんだけど」
「……それは良い話ですよね?」
彼がまた一人で遠くに行こうとしているのではないかと思ってレティーナは不安になった。
「神殿が完成したらそこで式を挙げないか? 私と結婚して欲しい」
「はい、喜んで!」
嬉しくてルナフィスに抱き着くと彼もまたレティーナを強く抱きしめた。
「嬉しくて泣きそうだよ。こんな私でも本当に良いの?」
「ルナ様がいいです」
「シルバームーンに式を挙げよう。月神に誓うよ、きっと幸せにする」
「私も嬉しくて泣きそう……」
「シルバームーンは私の誕生日でもあるんだよ。まぁ祝ったことは無いけど」
「これからはお祝いしましょう。結婚記念日にもなりますから」
「そうだね」
二人が幸福の余韻に浸っていると公爵が戻って来たので結婚の報告をしようとすると、彼の後ろからモナが顔を出した。
「モナ!」
「お嬢様、お元気そうで! よくご無事で……」
「モナ、会いたかったわ」
二人は涙で再会の喜びを嚙みしめた。公爵は娘を驚かせようとモナがこの国に来るのを内緒にしていたのだ。
再会の興奮が落ち着くとレティーナとルナフィスは結婚の話を切り出して公爵に許可を得た。
「殿下、娘を宜しくお願いしますよ」
「お嬢様おめでとうございます!」
「有難う。それでルナ様とお父様にお願いがあるの。私達と一緒にお父様とモナにも式を挙げて欲しいの」
「私と公爵様は契約結婚ですから式は必要ないですよ」
二人は書類上の夫婦だった。今も主人とただのメイドの関係だ。
「モナとお揃いのウェディングドレスが着たいの、ルナ様お願い!」
「良いと思う。私も賛成だ」
「分かった。レティーナの願いはなんでも叶えよう。モナ、準備を頼む」
「承知致しました」
(お父様、そこはモナにプロポーズでしょう!)
娘は残念に思ったが二人が承諾してくれたので良しとした。
公爵はルナフィスをサポートして一通りの準備を終えるとジェルドに家督を継がせる為に一時帰国した。レティーナとモナは揃いのウェディングドレスを注文して後はシルバームーンを待つだけとなった。
芸術の都は夜も遅くまで施設や店が開いており観劇や買い物ができる。レティーナとルナフィスも連夜デートを楽しんで婚約指輪も一緒に選び正式に婚約者となった。
そうして再び公爵がアトール国に戻った頃には月神像の修復が完成したのだった。
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