31 月神の神殿跡にて
想像はしていたが神殿も瓦礫の山となっていた。
ルナフィスは自分の運命を変えたくて公爵に無理を頼んでこの地に来た。
「ここに来れば呪いが解ける気がした・・・けどそんな兆しはなさそうだ」
「夜になれば何かあるかもしれないですよ?」
「そうだね、夜を待とうか」
厚い曇に日差しが遮られていたので皮膚が焼けることはなかったがヒリヒリとした感触はあった。ルナフィスはテントに戻る前に膝をついて月神に呪いが解けるよう祈った。
隣に並んでレティーナもルナフィスの呪いが解けるよう熱心に祈っていたのだが、不意に体が温かくなって目を開いた。
いつの間にか頭上の雲が割れて隙間から日差しが差し込んでいる。
「ぅっ……」
「ルナ様!」
太陽光を浴びてルナフィスの体に異変が起こっていた。みるみる赤く腫れて爛れていく。レティーナはマジックバッグから外套を取り出しルナフィスに掛け、自らも覆い被さって回復魔法をかけ続けた。
初めて目にする太陽神の呪いの恐ろしさにレティーナは体の震えが止まらない。ルナフィスの症状が少し抑えられたのを見計らって水魔法で雨雲を呼び雨を降らせた。
「テントまで歩けますか?」
「いける……」
雨に濡れながらテントまで急ぎ、二人は中に倒れこんだ。
「回復を!」
「大丈夫だ、有難うティーナ。動けなくなるほど強烈な太陽光だった。曇天だと思って油断した」
カタカタと震えていたレティーナは堪らずルナフィスにしがみ付いて泣き出した。
「怖かった、ルナ様が死んでしまうかもしれないと思って、怖かった……」
「死んで廃墟を彷徨う──悪夢の通りになるところだった。本当に有難う」
「死なないで、絶対に死なないで」
「怖がらせてごめん、死なないよ。君を残して死んだりしない」
レティーナが泣き止むまでルナフィスは頭を撫でて頭頂にキスを落とし続けた。
「なぜ急に雲が割れたのかしら」
「呪いのせいかな。私はとことん太陽神に嫌われているようだ」
何度回復魔法をかけても彼の体には赤く腫れた部分が残り痛みも消えなかった。
雨が止み空には雲が広がっていたが二人は着替えるとテントの中で夜を待つことにした。
*
──星も見えない真っ暗な夜の中、魔法で明かりを灯し二人が神殿に向かうとそこには不気味な世界が広がっていた。滅ぼされた国民の魂が無数の青白い光となって漂っている。
「きっと無念な死を迎えたに違いない、哀れだ」
「彼らの魂が救われるようにお祈りをしましょう」
「ああ、そうしよう」
ルナフィスが祈ると雲が割れその隙間から月光が彼の体を包んだ。すると腫れていた体は完治した。喜ぶレティーナとは対照的にルナフィスは落ち込んでいた。一縷の望みを抱いてここまで来たが、結局呪いは解けなかった。
「特に変化はない。公爵が言った通り他国の住みやすい場所を探せば良かったんだ。無駄な苦労をティーナにもさせてしまったね、済まなかった」
「そんな、まだ祈っただけじゃないですか。他の事も試してみませんか?」
「他の事?」
「ええ、ここを綺麗に片付けてお掃除するとか?」
「綺麗に片付ける? ああそうか、いい考えだ」
「本当に?」
「瓦礫の中から月神の像を探してみよう。大切なのは建物では無く人々の祈りが込められた月神の像だ」
それから再び二人は彷徨う霊魂の為に熱心に祈ったが救うことは出来なかった。この地に縛られた魂はもう成仏出来ないと思われた。
***
ルナフィスは影から次々と人型を作り出し神殿跡の瓦礫を片付けさせた。自らも巨大な残骸を砕き片付けていく。レティーナは彼の為に温かな食事の準備をした。公爵家では料理などしたことはなかったが随分と慣れて味も良くなったと自負している。
数日で神殿跡の瓦礫は綺麗に片付けられ折れた柱が数本残っただけの形になった。瓦礫の中からは月神の石像の頭部や体の一部がたくさん見つかり復元する為にルナフィスは異空間に収納した。
作業が終わったので二人は港に引き返すことにした。苦労してここまで来たが戻るのはルナフィスの魔法で一瞬だ。
港に戻れば長達が二人の無事を喜んでくれた。彼等は間もなく訪れる冬に備えて他国に移動する準備をしていた。
港に魔導船の姿は無かった。
遅くとも1週間もすれば戻ると考えていた公爵だったが二人はなかなか戻って来ず、船では食料が少なくなり補充に出航したようだ。
「近くの国に行ったなら、もう2~3日で戻ると思いますよ」
長の言葉通りに二日後に魔道船が姿を現し、甲板で父が手を振っているのが見えてレティーナは胸がいっぱいになった。
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