30 二人の旅/悪夢
船底の倉庫には大量の物資が積まれていた。それを全てルナフィスは魔法で異空間に収納してしまった。
「ルナ様凄いです」
「気を付けないと昼間は取り出せないんだ」
「頻繁に使用する物は私のマジックバッグに入れて置きましょう」
マジックバッグを掲げるとモナとジェルドと一緒に用意した日々を思い出す。
もしも勇気を出さなければ今頃はもうラミネルとの婚約式を終えていただろう。今更ながら多くを断ち切ったとレティーナは実感した。全てはルナフィスと生きていく為に。
夏とはいえ北大陸の夜は冷える。温かな装いで二人は旅立とうとしていた。
「殿下、言っておきますが婚姻するまでは娘に手出しは許しませんよ!」
「お父様ったら何を言ってるの!」
「心配するな公爵。婚姻してからティーナを妻にする」
「妻!? 二人はまだ婚約者でもないですからね!」
「お父様、ルナ様は紳士ですからご心配は無用です」
恋人となった男に紳士もクソもあるかと公爵は思ったが仕方なく二人を送り出すことにした。
「行ってきます!」
「気を付けて! 直ぐに戻ってくるんだよ」
ルナフィスはレティーナを抱き上げるとフワリと夜空に浮かんで中央を目指した。
「重くないですか?」
「軽いよ。風が冷たいからゆっくり進もう」
夜に飛行移動して太陽が昇る前にマジックテントを用意した。大型の広いテントは魔道具で丈夫なうえ風や雨にも強い仕様だ。
そのテントの周囲に魔物除けの聖水を振り撒いて二人は夜を待った。
ルナフィスは眠りレティーナは大事を取ってテントの周りに氷のバリアを張り巡らせ野生動物や魔物の襲撃を防いだ。
中央に近づくにつれて行く手を阻むように強い風の吹く日や雨の日が続き二人は移動できずテントの中で取り止めのない話をしたり、時には黙ったまま抱き合って寒さを凌いだ。
不安な中、ルナフィスは眠っている間に魘されることが多くなってきた。その都度レティーナは彼を揺り起こし、目覚めたルナフィスは安堵してレティーナを抱きしめた。
「どんな夢を見るのですか?」
「神殿を見つけては見失って、廃墟の中を抜け出せずに彷徨っている夢を繰り返し見るんだ」
────悪夢に悩むのはレティーナも同じだった。
癇癪を起こしてラミネルに叱責され嫌われる夢を未だに見る。ラミネルがミシュベルを抱きしめるのを泣きそうな気持ちで見ている自分がいる。忘れたはずの恋なのに夢で何度も蘇るのだ。
(愛する人はルナ様だけなのに何故なの?)
旅の中、悪夢はレティーナとルナフィスを悩ませ続けた。
「そうだ夢の中で会いましょう。私の名前を呼んでくれたら飛んで行きます。ルナ様も私の夢の中に会いに来て下さい」
「ああ、次に悪夢を見たらそうしよう」
そんな約束をしても夢の中で二人は会えなかった。互いの悪夢の中では見知らぬ人という設定になっていて存在すら思い出せないのだ。
「夢って不思議ですね」
「そうだね。でも目覚めれば君がいるから幸せだ」
「私も幸せです」
直ぐに弱音を吐くと思われたレティーナだったが、引き返すことなく二人は遂に大陸の中央に辿り着いた。
ルナフィスがレティーナを気遣いながら移動したので予定よりも長くかかってしまった。彼一人だともっと早く到着していただろう。
中央は廃墟と化した不毛の大地が広がっていた。国があった名残として崩れた城壁がわずかに残り、辺り一帯は建物の残骸が散らばっている。
上空は厚い雲に覆われ日差しは遮られており日中だと言うのに薄暗い。刺すような風に吹かれながら二人は寄り添っていた。
「ここは魔王に破壊されたんですよね」
「ああ、魔王はここを征服し拠点としていた。勇者との最終決戦になった場所だから対戦によっても多くが破壊されただろうね」
「この国の人達は無事に逃げられたのかしら?」
「生き残った人は居ないとされている」
「月神様の加護があったのに?」
「想像だけど私と同じで昼間は魔力が使えなかったのかもしれない」
「だとしたら昼間に魔王の襲撃を受ければひとたまりも無かったですね」
北の小国の歴史を正しく記した書物は無く、滅亡の理由は月神の加護が脆弱だったと誰もが想像で時代に語り継いでいる。
「行こうか、神殿はあっちだ」
しばらく歩くと折れた柱が数本見えて来た。昔、そこには大きな神殿があって、この国の誰もが月神に祈りを捧げていたと思われた。
読んで頂いて有難うございました。




