閑話/残された者達
実兄と元婚約者の処刑の儀が終わるとラミネルは王太子に詰め寄った。
「明朝に船を出してレティーナの捜索をします!」
「諦めろ。二人は生きてはいない」
「そんな、僕の婚約者はレティーナだけです」
「それならなぜ大切にしてやらなかった。お前が妹ばかり可愛がっていたのは誰でも知っているぞ」
「それは彼女が癇癪持ちで、妹を怒鳴って、すぐ拗ねて……生意気だったから、ミシュは素直でとても可愛くて、でも……ただそれだけだったんです」
しどろもどろに説明するラミネルを王太子は叱責した。
「二心など持つからだ! どんなにレティーナが愚かだったとしても、お前だけは味方になってやるべきだった。それが<神託>で選ばれた婚約者としての義務だった。レティーナが信頼を寄せたのはお前では無くルナフィスだったんだ。諦めろ」
「わかっていたなら初めから教えてくれれば良かったじゃないですか!」
「はぁ~」と王太子は情けない息子にため息をついた。
「だから『傀儡』などと言われるんだ。自分の頭で考えろ。聖女と婚姻しないならお前は後継者から外す」
王太子の叱責はラミネルにとって耐えがたい屈辱だった。後継者から外されれば今以上の屈辱を味わうことになる。彼にはミシュベルを選ぶしかなかった。
<神託>で選ばれた彼女が咎人となってまで自分を捨てるなどと思いもしなかった。兄を追い駆け、小船の上で兄と抱き合うレティーナの姿を思い出せば言いようがない嫉妬と後悔にラミネルは苛まれた。
レティーナを恨みながらもその美しかった姿はラミネルの記憶から生涯消せない存在となっていった。
*****
ラミネルとミシュベルはその後婚姻を結んで王太子夫妻となった。幸せいっぱいのミシュベルだったが幸福は続かなかった。ラミネルは銀髪で青い目のレティーナによく似た側妃を何人も抱えて子供を15人も誕生させ、好色王と名を残した。
悲しみの聖女ミシュベルは好色王ラミネルに愛されるよう生涯祈り続けた。
『神様はいつも私を助けてくれたわ。お姉さまも遠くにやってくれた。ネル様の妻にもなったわ。祈れば何でも願いは叶うのよ』
だが生涯ラミネルと心が通じ合うことは無く、愛されることはなかった。
王太子妃サマンサは王妃となったがルナフィスの流刑以後は鬱々とした日々を過ごし気の病を発症。療養のためルナフィスの住んでいた離宮に蟄居して生涯を終えた。
グナード公爵夫妻は早々にジェルドに家督を継がせて隠居。ジェルドは<伺い>を行わず恋愛結婚して子宝にも恵まれ公爵家を守った。
テイラー侯爵のシオンはルナフィスとレティーナの処刑の儀が終わった日、帰路に就こうと馬車に向かったところを潜んでいた前夫人イザベルの襲撃を受けた。
『これが私の胸の痛みよ!』とナイフで背を刺されたが命に別状は無く、捕まったイザベルは女性用の監獄に収容。
シオンは再婚もせず毎年シルバームーンには手紙を書いて、亡き妹レミアとレティーナの元に送り続けた。
二人の娘との連絡も途絶えたシオンの晩年は孤独だったようだ。彼の引退後テイラー侯爵家は従兄の子が継いで今も健在だ。
流刑の二人は行方知れずとなり月神の神殿に向かったと噂されたが、大方は海の藻屑となったのだろうと思われて流刑者の名など人々には直ぐに忘れられてしまった。
時代が変化しても【手紙送り】の行事は存続し人々は月神への祈りを捧げる。その祈りはもう会えない人への追悼とこの世界の平和を願うものだった。
読んで頂いて有難うございました。




