27 月の光が導く果てに
神殿の船着き場では王太子によってルナフィスの罪状が読み上げられ刑が執行されようとしていた。
見届け人に大司祭とラミネルが立ち合い、拘束は解かれ魔封じの首輪をつけたままルナフィスは無言で小舟に乗った。
大きな河にはポツポツと舟形が流れており彼の先行きを案内するように小さな光を発している。
足元に櫂が投げ入れられ、杭に繋ぎ止めていた縄が切られると船は静かに動き出した。
誰も言葉は発しない。悲運の第一王子の最後を見送った。
「お待ちください!」
静寂の中をレティーナの声がして一同は後ろを振り返る。
ラミネルの横を通り過ぎ、滑り出した船を追いかけてレティーナは川沿いを走った。
「レティーナ! 止まれ!」
「ネルさま!」
追い駆けようとするラミネルにミシュベルはしがみ付いた。
「離せミシュ!」
焦ったラミネルだったがどうせ船は止まらない、レティーナにはどうすることも出来ないだろうと高を括った。
だがレティーナが呪文を唱えると河一面は凍り付きルナフィスを乗せた船は動きを止めた。
「待って、ルナフィス様!」
「レティーナ、どうして?」
「私も罪を犯しました。婚約者がいる身でありながらルナフィス様を愛してしまいました。罰を受けます! 申し訳ありませんラミネル殿下、ミシュベルとお幸せに」
レティーナの告白にラミネルが動こうとしたが王太子はそれを手で制止した。
「父上!」
「あれはとんでもない悪女だな。罰は免れまい」
凍った河を渡って近づいて来るレティーナにルナフィスは手を差し出した。
「後悔しませんか?」
「しません。どうか一緒に連れて行って下さい」
差し出された手を握ってレティーナが船に乗り込むと二人はきつく抱き合った。
「最後まで傍に置いて下さい。日差しを避ける外套を持ってきました。魔法で雲を作って貴方を日差しから守ります。食料も用意してあります。もしも島を見かけたら海を凍らせて島に渡りましょう。それから……」
止まらないレティーナの唇にルナフィスはそっと指をあてた。
「愛してるよレティーナ、ずっと言いたかった」
「私も、私も愛しています」
抱き合う二人に向かってラミネルは叫んだ。
「まだ間に合う、僕は許すよ! 戻ってくるんだレティーナ──!」
取り乱すラミネルを無視して王太子が指を鳴らすと河の氷は砕け船は再び動き出した。
「レティーナを流刑とする」
「父上、待って! 戻れ! レティーナ────!」
ラミネルの叫びも虚しく船は流されて遠ざかっていく。
「ラミネルとレティーナの婚約は破棄された。婚約式はミシュベルと差し替える。これにて処刑の儀は終了とする」
王太子が宣言してラミネル以外の者は深く頭を下げて処刑の儀は終わってしまった。
ラミネルは放心して座り込むとミシュベルが彼の頭を抱きしめた。
「ネル様、これで私が婚約者ですね。だってテイラーの家に残ったのは私だけ。私達は結ばれる運命だったんです」
「違う、違う、違う! 僕はレティーナを愛してるんだ」
「ダメですよ。<神託>は絶対です。ですよね~お父様?」
「ミシュ…… ぁあそうだ、お前が婚約者だよ」
そう言うとシオンはモナの方を向いて「あれでよかったのか?」と尋ねた。
「お嬢様が決めた事です。今はお二人の幸せを願うだけです」
ポロポロとモナは泣いていた。船が見えなくなっても消えたその先を見つめ、二人の安否をモナとシオンは月神に祈り続けた。
船の上、レティーナと向き合ってルナフィスは櫂を漕ぎ速度を上げた。
レティーナの氷魔法があれば岸に上がって逃げ出すことも可能なのだがそんな気は無いようだ。
「このままだと海に出てしまいます」
「そうだよ、海に出て月神の神殿を目指すんだ」
「ルナフィス様……」
まさか本気でそう考えていた事にレティーナは驚きを隠せない。
「心配しないで。私には月神の加護があるからきっと辿り着ける」
「私はルナフィス様に付いて行くと決心しました。不安なんてありません」
互いに見つめ合い微笑む二人の表情は明るい。
二人を乗せた船は河を進み、やがてシルバームーンが煌々と輝く紺色の海に出た。穏やかな海にはたくさんの舟形も一定方向にゆっくりと流れ、同じ方向に二人の船も進んで行く。
月の光が導く果てに月神の神殿がある。孤独な月の神様はきっと二人を迎え入れてくれるだろう。レティーナもいつしかそう信じていた。
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