26 シルバームーン
とうとうシルバームーンの日は訪れた。
1年に一度、月神様の神殿の門が開かれて地上の人々に祝福を与える日。
銀の月は昇り【手紙送り】はすでに開始されていた。王都の神殿に隣接する聖なる河に人々は集まり、木をくり抜いた小さな舟形を流すのだ。
それには死者や行方知れずの者など、もう二度と会えない人に宛てた手紙が乗せられる。
神殿の船着き場でも高位貴族達が入れ代わり立ち代わり舟形を流していた。今年は時間制限があったので舟形を流すと世間話をする間もなく貴族達は直ぐに神殿を出された。
シオンもその一人で神殿を出ようとすると「お父様~!」とミシュベルに声を掛けられた。この日はラミネルと会えたので彼女はご機嫌だった。
「元気そうだねミシュ。会えてうれしいよ」
「お父様は再婚なさるの?」
「しないよ」
「あー良かった。お母様が心配していたから」
「そうか、誰とも再婚はしない」
「そう言っておくわ。お父様もお元気でね」
二人は軽く抱擁して別れると、シオンはあたりを見渡してレティーナの姿を探した。暫く会っていなかったので今夜はどうしても会いたいと思い神殿の階段の下に佇んでレティーナを待つことにした。
一方レティーナは平民に交じって舟形を河に流していた。手紙には亡き母レミアに<お母様、どうか私達を守って下さい>と書いた。
月神に祈りを捧げると立ち上がってモナと共に神殿に向かい、離れた場所でルナフィスが連行されるのを待っていた。
ただ部屋に籠っていたのではなくこの日の為にモナとジェルドの三人で着々と準備していたのだ。
【手紙送り】も終盤に差し掛かり河の付近では人々も疎らになると拘束されたルナフィスが騎士団に連行されて来た。王族として身なりはきちんとしているが彼の顔は疲弊していた。
ルナフィスが神殿の中に入ると入り口には誰も入れないように二人の聖騎士が立ちふさがった。
「思ったより厳重ですね。どうされますか」
「予定通りミシュベルを呼んでもらいましょう。あの子がいないと安全に神殿の中を動けない」
神殿の前に来ると二人はシオンに声を掛けられた。
「レティー! レミアに手紙は送ったかい?」
「お父様」
「嬉しいね、まだお父様と呼んでくれるのか。会えると思って待っていたんだよ」
レティーナは迷ったがシオンに協力してもらおうと考えた。
「お父様ミシュベルを呼んでくれないかしら」
「ミシュを?」
「ルナフィス様に会いたいの。ラミネル殿下とは婚約を破棄するわ。それをあの子に伝えたいの」
「なんだって! どういうことなんだ」
「時間が無いわ、お願い。一生のお願いよお父様!」
シオンは困惑した。レティーナが何か厄介な事をしようとしているのは明白だ。だが思い詰めた表情に突き動かされ、一生の願いを聞いてやろうと思い聖騎士達の元に向かった。
「私は聖女の父テイラー侯爵だ。聖女に会いたいのだが」
「私は聖女様の姉です。ラミネル殿下との婚約式について至急重要なお話があるのです」
「今夜でないといけないのですか? 立ち入りは誰であっても禁じられております」
「責任はとるから、早く呼んできなさい」
動こうとしない聖騎士にシオンは語気を強めた。
「呼ぶだけでいいんだ! 断ったら神殿への寄付は今後控えるぞ!」
「グナード公爵家も寄付は中止致しましょう!」
モナも詰め寄り、身分の高い三人に迫られて聖騎士の一人は神殿内に聖女を呼びに向かった。
待っている間はとても長く感じた。実際は十分ばかりだったのだがやっと現れたミシュベルは「な~に? 寄付がどうしたの?」と関係ない話になっている。
「私達を神殿に入れて欲しいの、そうしたら私はラミネル殿下と婚約を破棄するわ」
「え!? やっと祈りが通じたのね」
「ええそうよ、ラミネル殿下は船着き場にいるわ。会いに行きましょう」
「今から?」
「今からよ、でないと婚約破棄できないの」
「レティー、本気なのか?」
「お父様、ミシュベル、私は今から犯罪者になって遠くに行くわ。ここには戻らないからミシュベルはラミネル殿下と幸せになってね」
シオンは青ざめ、ミシュベルは喜び感極まって目を潤ませた。
「うん、お姉さま直ぐに行きましょう!」
ミシュベルはレティーナの手を取って神殿の中を走り出した。
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