23 貴人牢へ
この国は太陽神の支配する国なので国民が月神に祈りを捧げるのはシルバームーンの日だけだ。その夜にルナフィスが流刑されると知りレティーナは毎日神殿に来て月神に祈っていた。
船の上で朝日を浴びて息絶えるルナフィスの姿を想像するだけで胸に耐えがたい痛みが走る。
公爵に掛け合っても『決定は覆らない。ルナフィス殿下はこの国に見切りをつけたんだ。彼は月神の愛し子だ、きっと月神の神殿にたどり着くだろう』と夢のような話を固く信じていた。一緒に接見したいと頼んでもオーサーは絶対に許可しなかった。
ラミネルに頼んでも『反対したさ。でも父上は絶対に兄上を許さないんだ』とまるで他人事だ。
(どうかルナフィス殿下を助けて下さい。何故加護を与えられたのですか。彼を苦しめただけでは無いですか)
長い時間祈りを捧げているレティーナに後ろから声を掛ける者がいた。
「毎日熱心ですね。第一王子殿下を救いたいのですか?」
顔を上げると「振り返らないで懺悔室に向かいなさい。彼を救いたいのならば」と言われ、急いで懺悔室に向かった。
部屋には小窓が付いており神官と対話する仕組みになっている。着席して待っていると小窓から鍵が投げ落とされた。
「それは貴人牢の鍵。彼を救いなさい。神殿では教皇様が彼の【加護外し】を行い、その後は匿いましょう」
「本当ですか?」
「信じられないのなら帰りなさい」
その声は聞き慣れた神官の声だったのでレティーナは信用して床の鍵を手にした。
「あの方を匿ってくれるんですね?」
「彼の流刑に教皇様は大変心を痛めておられます。彼が望めば他国に逃がしてあげましょう」
「でも牢の番人がいるわ。逃げられるかしら」
「お手伝いしますよ。安心して貴人牢に向かいなさい」
レティーナは帰宅すると夜を待った。
どんなことをしてもルナフィスを助け出そうと決心していた。
やがて日は沈み月が昇るとレティーナはメイド達に「神殿に行ってきます」と声を掛けて外に出ようとした。するとモナがやって来て足止めされた。
「こんな時間に? 今朝も行かれましたよね?」
「ええ、月神様に祈りを。夜の方が聞き届けてくれると思うの」
「お嬢様、私に隠し事はしない約束ですよね」
モナはいつもそう言ってレティーナの味方をしてくれる。しかし今回はモナを巻き込みたくなかった。
「モナ、お願い行かせて」
「止めませんよ? でもご一緒しますから、正直に教えて下さい」
仕方なくレティーナはルナフィス救出の話を打ち明けるとモナはその鍵を見せるよう要求した。
「この鍵はお預かりしますね」
「え?」
「さて、差し入れの用意を致しましょう。用もないのに訪ねては怪しまれます」
モナは急いで軽食の用意をするとバスケットに入れてレティーナと共に馬車に乗り込んだ。
「どうやって殿下を助けるのです?」
「神殿が手伝ってくれるの。神官に安心して貴人牢に向かうよう言われたわ」
「なるほど……まずは私に任せて頂けませんか?」
「どうするの?」
「今から何があっても決してお嬢様は喋らないで下さい。いいですね」
「分かったわ」
城の北側、一番高い塔の部分に貴人牢はある。
入り口には番人の姿は無かった。螺旋階段を上って最上階に到着すると扉があったがやはり見張りはいなかった。
「神殿が手伝ってくれているんだわ。モナ早く鍵を」
「いいえ、少し待ちましょう」
「何を言ってるの。今のうちにルナフィス様を助け出しましょう」
「殿下はきっと逃げないと思いますよ。お嬢様を罪人にはしないはずです」
「そんな! 何をしに私達は来たのよ。ルナフィス様の為にここまで」
「殿下に会いたいのなら待ちましょう。喋らない約束ですよ?」
「んっ……」
二人で話していると階段下から駆け上がってる足音が聞こえて来た。
「お前達ここで何をしている!」
来たのは数人の王宮の衛兵達だ。
「グナード公爵の代理で殿下に差し入れを持ってきました」
モナが差し出したバスケットは没収され「調べる!」と中身の軽食はグチャグチャにされてしまった。
「密告があった。第一王子殿下を逃がそうと企んでいる者がいるとな!」
「あらあら、また密告ですか。芸の無い事ですわね」
「おい、二人を調べろ。鍵を持っているはずだ」
女性の衛兵がモナのドレスを調べて鍵を取り上げた。レティーナは肝を冷やしながら見ていたが「クローゼットの鍵ですわ」とモナは答え、鍵穴にそれを差し込んでも扉は開かなかった。
レティーナも調べられたが鍵はモナに渡したのであるはずがない。
「これは私の夫がオーサー・グナード公爵と知っての狼藉ですか? こちらのご令嬢は第二王子殿下の婚約者ですよ? こんな無礼は許されません!」
「はっ! 失礼いたしました!」
「見張り番はどうしたのです。職務怠慢ですね。さっさと探してきなさい!」
モナに叱責されて騎士達は「厠に行ってました」と言い訳する見張り番を連れて戻って来た。
鍵を開けさせてやっと貴人牢の扉は開かれた。
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