22 王太子妃の涙
ルナフィスが罪を認めたことで流刑が確定した。
これに対して王太子妃サマンサの反応は過剰だった。
「ルナフィスの加護を外して左手切断でいいではないですか! 誰も死んではいないのですよ? それどころか聖女を誕生させました。温情を与えてもいいのではないですか?」
夫である王太子サイラスに必死で訴えたが冷ややかに却下される。
「結果的にはそうだがラミネルの命を狙うなどと言語道断。いつか我々の命すら狙うかもしれない。ルナフィスにはそれだけの能力がある。危険分子は早く排除するに限る」
「そんな、我が子じゃないですか! 私がお腹を痛めて産んだ子です」
「ふん、今更何を。王家の恥と憎んでいたではないか。不要な王子だったんだよ」
ルナフィスが誕生した時サマンサは赤子の手に【月神の加護】の印があるのを見て恐怖した。王家を滅ぼすと言われる印を持った子を産んでしまったのだ。だがその場で我が子を始末することは出来なかった。
なので第二王子が誕生した時は歓喜した。ラミネルを絶対に立派な跡継ぎにしようと思ったのだ。
──今から二月ほど前、サマンサはラミネルの様子に異変を感じていた。
レティーナの愛のない態度をラミネルは憂慮していた。悶々と悩むラミネルにサマンサはルナフィスの存在が脅かしているのだと思い込んだのだ。
彼が暗躍しているのを王太子が側近から報告を受けているのをサマンサは知っていた。
勘違いしたサマンサはラミネルの為にルナフィスの【月神の加護】を取り除こうと思案した。犯罪者になって【加護外し】を行い手首を切断されれば呪いも消えて一生離宮で大人しく暮らすだろうと考えたのだ。
茶会で猛毒を少しケーキに仕込んだ。ラミネルはケーキを食べない。レティーナ達が口に入れたところで吐き出すと思っていた。
なのに思惑は大きく外れ、ミシュベルが毒入りケーキを飲み込んでしまい、なぜだか聖女となってルナフィスとの婚姻が決定した。
同時にイザベルがサマンサを訪れレティーナの忌わしい秘密を暴露した。
『聖女は将来国王になるラミネル殿下と結ばれるべきです。あの二人は愛し合っているのです。聖女が王太子妃となればラミネル王太子殿下への国民の支持率も高くなると思われます』
イザベルに唆されたサマンサは禁忌の子レティーナを排除してラミネルと聖女の婚約をさせようと企んだ。王太子妃が綿飴聖女でも構わない、将来は賢い側妃を迎えればいいと思ったのだ。
神殿とも『聖女をラミネルと婚約させましょう』と約束しルナフィスの離宮に毒薬を隠すよう使用人に指示した。
ルナフィスを犯罪者に仕立てる準備は整っていた。だが会議中にレティーナはグナード公爵の娘であり、ラミネルは聖女を愛してなどいないと判明した。
ルナフィスと聖女の婚約話も白紙に戻すと陛下に宣言されてサマンサはやっと愚行に気づいた。自分は手出し不要、ルナフィスについては陛下と夫に任せておけばよかったのだ。
『密告』と偽り、離宮に隠した毒を回収しようと騎士団に命じてルナフィスの離宮を捜索させた。自らも乗り込んで隠した毒をこっそり回収しようとしたのだ。しかし騎士団長が素早く毒を発見するとその足で王太子に報告してしまったのだ。
良かれと思った王太子妃の行動はルナフィスを死罪に追い込んだだけだった。
「あ、貴方は全て知っていたのね。私を利用し……あの子を切り捨てた」
「全く、君は愚かな女だよ。これで満足したかい?」
「死罪など求めていませんでした。呪いが解ければいいと思ったのです。お願いだから流刑だけは止めて下さい」
「彼は罪を認めたんだ」
「なぜ?」
「絶望したんだろう。決定は覆らない。毎年シルバームーンに可哀そうなルナフィスに手紙を送ってやるといい。もう二度と会えないのだから」
「ああああ……ルナフィス……」
「ルナフィスを無罪にすれば、君を有罪にしなければならない。彼に代わって流刑になりたいか?」
「ぅっ……ぅうう」
夫の冷酷な態度に王太子妃は取り返しのつかない過ちを犯したと後悔しルナフィスの為に初めて涙を流した。
しかしルナフィスの代わりに流刑を受けるとは言えなかった。
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