21 流刑
レティーナは公爵からテイラー侯爵夫妻が離縁したと教えられた。
公爵家でお世話になって以来、彼等と疎遠になっていたのでさほど悲しくは無かった。書類の上ではシオンはまだ父親ではあるが今はもう「父」と呼んで信頼できるのはオーサーなのだ。
出生の秘密はモナとジェルドにだけ打ち明けた。二人は大喜びで心から祝福してくれてレティーナは束の間の幸福に包まれていた。
しかしそれを全て台無しにする事件が起こった。
王宮の緊急会議から帰って来た公爵は興奮した様子で「ルナフィス殿下が嵌められた! 離宮から茶会で使用された毒物が発見されたんだ」とレティーナに報告した。
「どういうことですか?」
「密告があって、騎士団が離宮を調べたらしい。すると毒物が見つかったそうだ」
毒物はお茶会で使われた物と同じで、犯人はルナフィスだと決めつけられた。
「そんな、動機は何だと言うのです?」
「王太子の座を狙ってラミネル殿下の毒殺を図った」
「あり得ません」
「勿論私もそう進言したが、殿下は貴人牢に送られた」
どうして誰もルナフィスの潔白を信じないのか。密告なんて嘘に決まっているのにとレティーナは怒りに震え冷気を纏った。
「落ち着くんだ。離宮の捜査は王太子妃が指示したらしい。これは妃が犯人だと言ってるようなものだ」
「毒を盛ったのは王太子妃? どうして? ミシュベルが命を落としたかもしれないのに」
ケーキは誰だって吐き出す不味さで、口に含んだだけで体が麻痺する猛毒だった。それをミシュベルは無理に飲み込んだのだった。
「まだルナフィス様が犯人だと決定していませんよね?」
「ああ、きっと調査すれば冤罪だと分かるはずだ」
ルナフィスの潔白は直ぐに証明されると思われた。だが貴人牢からルナフィスは出されることは無かった。
*****
ルナフィスは毒など扱った覚えはなく王太子になりたいと考えたことも無いと訴えた。
最初に簡単な取り調べを受けて魔封じの首輪をつけられた。それっきり薄暗い貴人牢に1週間も閉じ込められて息が詰まりそうだった。
(なぜだ? 聖女との婚姻も白紙になったので不要な私は処分されるのだろうか)
ベッドに横たわっていると食事の差し入れに扉が開いたのでルナフィスは体を起こしたが意外な人物の訪問に驚いた。
「父上?」
王太子のサイラスが部屋に入って来たのだ。
「お前の処分は私に一任された。お前は流刑とする」
この国の流刑は船に罪人を乗せて海に流す刑罰だった。水も食べ物も与えず海に流せば餓死は免れない。海が荒れれば船はひっくり返って罪人は海の魔物や魚のエサとなる。
「死罪ですね。朝が来れば私は呪いで燃え尽きるでしょう」
「次期王太子の命を狙うなど許されない。加護外しなど生ぬるい。海の藻屑となって消えるんだ」
「裁判を要求します。私は無実です」
「お前に不利な証拠が出るだろう。例えば……毒を用意したのはお前の側近のジェルドだった?」
「なんて卑劣な!」
「例えば弟の婚約者に懸想した」
「いえ、それは……」
ルナフィスは母親は怖い人だと思っていた。だが父親はもっと恐ろしい人間だと知った。
「お前は決して弟よりも優秀であってはいけなかったのだ」
王家ではルナフィスが王都で暗躍している事実を既に掴んでいた。
(それが理由だったのか)
毒を盛ったのも母親だ。彼女は誰も殺害する気は無かったがラミネルのお茶会で『毒を盛った犯人がいる』という事実が欲しかった。
(実母に陥れられるなど、全ては溺愛するラミネルの為だろう。私は王家の恥だからな)
「刑の執行はシルバームーンに行われる。静かに待つように」
「シルバームーンに?」
「そうだ、もしも奇跡が起こればお前は月神の元に辿り着くかもしれない」
「分かりました。罪を認めて罰を受けます」
「素直で宜しい。最後に願いはないか?」
ルナフィスの脳裏にレティーナの姿が浮かんだ。
「いえ、何もありません…… あ! グナード公爵に会わせて下さい」
「良いだろう。当面は接見を許可する」
こうしてルナフィスの流刑は確定された。
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