18 聖女と王家の婚姻の話が難航している件についての会議
聖女との婚姻話にルナフィスは首を振った。神とは残酷な存在だと彼はつくづく思う。婚姻は不本意ではあったが、王命を出されて決定するだろうと考えていた。
ミシュベルの印象は、倒れた姉を思いやるでもなく家には帰ってこないで欲しいと言った傲慢な少女だ。
(あの妹より相応しい【真の聖女】候補は大勢いるのではないのか? 【神の加護】を与えられたのには理由があると教皇に言われたがその理由を知りたいものだ)
後日、ミシュベルがラミネルと婚姻を望んでいると聞いたルナフィスはそうなればいいと思った。
(そうなっても誰も不要な私とレティーナを結び付けようなどと思わないだろうけど)
レティーナは弟の婚約者であるためルナフィスは一定の距離を保ってきた。手紙の返事も短く簡素なものを返し、ジェルドから様子を聞いてもさほど興味のないフリをしてきた。
だが、いつしか彼女からの手紙を心待ちにしている自分がいた。
雨が降れば彼女を想い、月の刺繍のハンカチを贈られ時は泣きそうになった。決して口には出せない想いを抱えて彼は孤独だった。
ルナフィスは幼い頃、自分は世界一不幸な人間だと思っていた。
太陽神の呪いを受けて王家の恥とされ離宮に追いやられた。ラミネルが生まれると決して弟よりも優秀であってはいけないと教育された。一生ひっそりと生きていくよう義務付けられた彼はそれを忠実に守ってきた。
孤独な彼を哀れに思ったグナード公爵が養子のジェルドを話し相手に連れて来てくれたのが唯一の救いだった。
そうしてあの雨の日、彼は嗚咽して泣いているレティーナに出会ったのだ。
強い衝撃を受けて胸が痛んだ。自分よりも幼い子をこんなになるまで追いつめている王家や家族とは一体何だろうと怒りを覚えた。二人の出会いがレティーナの人生を変えたようにルナフィスの人生にも変化がおきた。
流されるままに生きて来た彼は初めて自分というものを見つめ直した。その結果、反抗心が芽生えて母である王太子妃を断罪した。意外だったのは祖父である陛下が母よりも自分を支持してくれたことだった。
だが両親には疎まれた。父である王太子からは『立場を弁えるように』と注意を受けた。
それでも不要な自分にも何かできるかもしれないと思ったルナフィスは、この5年間で闇の監視者となり王都を暗躍していた。
魔法で影を操って外の世界に飛ばすのだ。影からの情報は彼に流れ込み様々なものを見せてくれた。人々の数だけ不幸と幸福がある。不幸なのは自分だけでは無いと改めて知った。
ジェルドに頼んで救える者は救った。グナード公爵の協力も大きい、彼には狡猾な貴族犯罪者を捕えさせた。ルナフィスの暗躍は彼等だけの秘密だ。なぜなら彼は決して弟よりも優秀であってはいけなかった。
*****
聖女の誕生から3週間ばかり過ぎるとルナフィスは王宮での会議に参加するよう要請された。
【聖女と王家の婚姻の話が難航している件についての会議】とある。多分聖女がラミネルとの婚約を強請っているのだろうと容易に予想できた。
会議の当日、日が沈むとルナフィスは指定の部屋に向かった。そこでは宰相が取り仕切っており言われるがままに椅子に座るとラミネルが遅れてやって来て彼の隣に座った。
「兄上ご無沙汰しています」
「ああ、元気そうだな。この会議は必要なのか?」
「様々な要望が出ていて陛下は今日決着をつけるそうです。僕がレティーナと婚約するのは変わらないけどね」
「聖女はラミネルとの婚約を望んでいるらしいがどうするんだ?」
「相手は兄上だと決まっています。ミシュは可愛いと思うけど妃にはしたくない」
「そうか」
そんな会話を交わしているとレティーナとグナード公爵、ライナー侯爵夫妻、聖女のミシュベルに神殿の関係者が次々と入室し所定の位置に立つと両陛下と王太子夫妻が現れたので二人の王子も立ち上がった。
「全員が揃ったようなので会議を開始しよう」
席に着くとルナフィスとレティーナの視線が交差した。数年ぶりに会った二人は微笑んで見つめ合う。ルナフィスの隣でラミネルがそれに気づきレティーナを軽く睨んだ。
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