14 娘を返せ
レティーナは驚いていた。公爵とモナが突然婚約すると言い出したからだ。だがモナは彼女に嘘を付けなかった。実家で結婚の話が進められ、それを断る為の契約婚だと打ち明けた。
「お母様が意地悪をしたのね。ごめんねモナ」
「いいえ、実家からは結婚をやかましく催促されていたので丁度良かったのです」
「私も結婚の意志は無いからね。モナと協力することにしたんだ。これからも彼女の気持ちを尊重するから迷惑はかけないつもりだよ」
令嬢達の憧れの公爵が突如浮上した男爵令嬢と婚約となると世間は黙っていないだろう。モナの苦労は計り知れない。
「それでどうだろうレティーナ、もう一度養女の件を考えてくれないか。モナが母親になるんだよ?」
レティーナの心は大いに揺れた。
「モナ、まさか私の為に公爵様と結婚をするの?」
「自分の為でもあります。公爵様は私が将来困らないようにと深く考えてくれています。もしもお嬢様が断るのなら、あとで公爵様との婚約は解消して頂きます」
今の家族と別れて新しい家族と生きていく────心が揺れに揺れていた。
「公爵様、私には<神託>があります」
「<神託>は決して神の強制ではないんだよ。あんなのはただの占いだ。現に私は早々に離婚した」
「占いなの?」
「私もそう思います。平民や下級貴族は<伺い>はめったに致しませんね。莫大な寄付を要求されますから」
「そうだ、<伺い>とは神殿の池に貴族の家紋を記した紙を浮かべて聖なる石を乗せるんだ。沈まずに浮かんだままだと良縁となる。底に沈めば再考の余地ありだ。悪縁とは限らない」
「王子妃にならなくても罰は当たらないの?」
「当たらない、大丈夫だ」
レティーナはこれまで<神託>は絶対的なものだと信じていた。たとえモナと公爵の言葉だとしても簡単には信じられなかった。
「お父様に……お父様に相談してから決めたいです」
「分かったよ。シオンが承諾すればレティーナは受け入れてくれるね?」
「承諾すれば……受け入れます」
「よし! シオンを呼ぼう」
オーサーから連絡を貰ったシオンはやっと愛する娘に会えると思い、いそいそとやって来た。
「レティーナ! やっと会えたよ。元気そうで良かった。オーサーは大事にしてくれたんだね」
柔和な顔を綻ばせて自分を抱きしめる父親にレティーナは迷った。
「はい、すっかり元気になりました」
「直ぐに帰ろう、ミシュも待ってるよ」
それは強ち嘘では無い。妹は王子様に会いたいのだ。あの家では誰も本心から自分の帰りを待ってはいない。レティーナは父親を見上げると「公爵様の養女になりたいです」と言った。
「なんだって?!」
「家には帰りたくありません」
「そんな……」
「シオン、場所を変えて話そうか」
公爵が父の背を押して退室するのをレティーナは情けない気持ちで見送った。
「お嬢様、きっと大丈夫ですよ」
「そうね、お父様の一番はお母様だもの。私がいなくなっても構わないわ」
「旦那様は寂しくなるでしょう。でもミシュベルお嬢様がいます」
「うん、あの三人で仲良く暮らせばいいのよ」
食事の風景が浮かぶ。仲睦まじく微笑み合う親子の姿、そこにレティーナの姿は無いのだから。
別室でシオンは親友だと思っていたオーサーに決断を迫られていた。もう脅迫と言っていい。
「俺の娘を返してくれ。お前は貴族法に違反している。訴えればただでは済まないぞ!」
「私はレミアに頼まれたんだ! あの時君は王太子妃の従妹と結婚した。レティーの存在がバレたら命が危険だった」
「なぜ打ち明けてくれなかったんだ! もう離婚したから危険は無い。違反の事実は隠そう。あの子を養女にしたいんだ。お前の妻は心底レティーナを憎んでいるじゃないか」
「しかし、あの子は王族の婚約者だ。養女に出す訳にはいかない」
「<神託>ではお前の娘が選ばれたんだろう? あの子は俺の娘だ。王家を謀ったなどと知れたら処刑だぞ?」
「ぅぁあああ──! もうどうすればいいんだ!」
頭を抱えるシオンにオーサーは追い打ちを掛ける。
「俺に任せろ。王家とは上手く話をつけてやる。王家には貸しがあるんだ、今こそ返してもらう」
一家の処刑だけは回避したいシオンは自信満々のオーサーに全て委ねる決断をした。
この時二人は知らなかった。イザベルがレティーナの父親がシオンだと思い込んでいることを。
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