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1 プロローグ/レティーナ23歳の生涯

 シルバームーン、それは白と灰色の二つの月が重なり銀色の月となって夜を照らす祝祭日のこと。1年に一度、月神様の神殿の門が開かれて地上の人々に祝福を与える日。


 この夜、ナウファル国の古くからの風習【手紙送り】はすでに開始されていた。


 王都の神殿の横を流れる聖なる河に人々は集まり、木をくり抜いた小さな舟形を流すのだ。それには死者や行方知れずの者など、もう二度と会えない人に宛てた手紙が乗せられる。


 一人のみすぼらしい女が人々に紛れてそっと舟形を流し、膝を折って祈りを捧げていた。身なりこそみすぼらしいが青みがかった銀色の髪に青い瞳の美しい容貌の女性であった。


 小さな光石も乗せて、ゆらゆらとゆっくり舟形は流れていく。無事月神様の神殿まで届くよう人々は祈りながら暗い河に小さな光が見えなくなるまで見送る。


 聖なる河は海へと続き、大きな海原に出た舟形は月に照らされた海路を進むのだ。やがて神殿にたどり着き、月神様の力で手紙は願った相手に届けられると言い伝えられている。



 (きっと途中で私なんかの手紙は海に沈んでしまうだろう)


 舟形を見送って立ち上がると美しい女性は急いで神殿の方向に向かった。ここに来た目的は手紙を流すことでは無かった、彼女にはどうしても会いたい人がいたのだ。


 人が行き交う神殿の前に到着すると女性は運よく目的の人物を見つけることが出来た。


「お父様……」


 父と呼ばれたシオン・テイラー侯爵は彼女に気づくことなく足早に去って行った。追って声を掛けることは叶わない、彼女は勘当されていた。


 かつてテイラー侯爵家の長女だったレティーナ。今は咎人となり女性用の監獄に収容されている。妹の殺害を企てた彼女には【加護外し】と【生涯監禁】の罰が下った。だが昨年、先代王が崩御され、反省の姿勢を見せていたレティーナは恩赦を賜ったのだ。


 監禁は解除され監獄の中庭を散歩することが許された。1年に一度だけ監視付きで外にも出してもらえる。父に会いたくて、会えるのが確実なこの日にレティーナは外に出たのだ。


(少し老けたかな、でもお元気そうで良かった……)

 遠くからでも父に会えて満足したレティーナはまた来年も来ようと考えた。振り返ると白く巨大な神殿がそびえ立ち、中では聖女が今も祈りを捧げている。


 聖女ミシュベルは一つ下の彼女の妹だった。レティーナの婚約者に恋をして奪った妹をレティーナは許せなかった。婚約者のラミネル第二王子殿下はレティーナを嫌っていたがレティーナは彼を深く愛していた。



(可能ならば優しかったモナにも会いたかったけど、今はどうしているんだろう)

 我儘なレティーナを愛してくれたのは父シオンとメイドのモナだけだった。


 人ごみの中、監視者と共に馬車を止めてある場所に向かっていると突然体に衝撃を受けた。胸から剣先が出ているのが見えてレティーナは自身の体を貫かれたのだと気付いた。


「ぁ……あ……ああ」

「貴様! また聖女の命を狙ってここに来たんだな!」

 犯行は聖女の熱狂的な信奉者と思われた。


「ちが……う……」

「消えてしまえ!」

 剣が引き抜かれレティーナは路上に倒れた。周りに悲鳴が起こり、蜘蛛の子を散らすように人々は逃げ惑った。


「何だ貴様は!」

 レティーナの監視者が男を取り押さえようとしたが男は振り切って逃げてしまった。


「誰か治癒士を呼んでくれ!」


 監視者が叫んだがレティーナは死を覚悟した。

(加護があれば自分で治せたかもしれないのに……)


 かつて加護の印があった左手首は切断され【加護外し】が行われていた。それまでは水神の加護を受けており治癒水や浄化水といった魔法がレティーナは得意だったのだ。


(後悔ばかりの人生だった、いっそ死んだ方が楽になれる。お父様は悲しんでくれるだろうか? 親不孝な娘で申し訳ありません……)


(モナ……)


 薄れゆく意識の中、夜空に輝くシルバームーンを見つめながら、23歳にしてレティーナの生涯は幕を閉じた。



読んで頂いて有難うございました。

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