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仕事ができないと王宮を追放されましたが、実は豊穣の加護で王国の財政を回していた私。王国の破滅が残念でなりません

作者: 大舟

「ミリア、君は本当に使えないな…もうこれで何度目だ…」


「お、恐れながら陛下、それは陛下がそうするようにと…」


「なんだ?たかだか財政部長のお前が、国王たる私に口答えをするつもりか?」


「い、いえ…そのようなつもりは…」


「はぁ…もう良い。お前は見てくれも悪くないから、以前より側室の候補として婚約の手続きをさせていたが、それももう無しだ。問題ばかり起こすお前のような女は、この王宮には必要ない…。もう出ていくといい」


「…」


 私が王国のためにどれだけ汗水を流してきたかなんて、この男には一生理解などできないだろう。…これまでにも国王陛下からは、このような理不尽な責めを受けることは何度もあった。そのたびに私は、この王国への愛国心とここでの仕事のやりがいを思い出し、それらをかてになんとか今日まで耐え忍んできた。…けれど、もう限界だ。陛下の言われる通り、ここを去ろう。

 ともに働いてきた仲間たちには申し訳ないけれど、彼らにだって非はある。彼らは国王陛下の意向に、誰も一切”ノー”を言わないのだ。よって陛下の無理難題は毎回強引に進められ、そのたびに財政的問題から私が陛下にノーを告げ、結果的に私だけが陛下に攻撃されるのだ。…もう私には、王国への愛国心も、この仕事へのやりがいも、感じられなくなっていた。

 そして私が王宮を離れるという話は、瞬く間に王宮の皆へと広がっていった。



「ミリアさん、ここを辞めるらしいわよ…」


「やっぱりな。あの能力で財政部長なんて、無理に決まってる…」


「あんなに問題ばかり起こす無能なのに、どうやって財政部長になったんだろうな?」


「彼女見てくれだけはいいから、やっぱり陛下と寝たんじゃない?(笑)」


「なるほど、それであそこまでの地位に上り詰めたわけか(笑)」


「それなのにここを追い出されるって、どんだけ無能なんだよ全く(笑)」



 …仲間だと思っていたのは、私だけだったようだった。こういう状況になって初めて、自分の愚かさに気づかされる。いったい私は、何のためにここにいたんだろうか…?


「…もう、どうなってもいいか…」


 ここを去るにあたり、私の中にはひとつだけ懸念点があった。…実は私には、豊穣の加護がついている。豊穣とは穀物の実りなどを指す言葉ではあるものの、この王宮においてはお金を実らせる能力として、大いに働いてくれた。…この豊穣の加護をもってしても陛下の無理難題には対応できなかったのだ。つまり私がここを去れば、王宮の財政は完全に破綻し、王国の崩壊すら招きかねない…それだけが私の懸念だった。それはすなわち、王宮の仲間の皆を路頭に迷わせることになるから…

 …けれど、彼らの言葉を聞き、心は決まった。もはや彼らに慈悲など必要ない。自分たちで何とかして、無理ならそれまでだったという事。


「…長い間、お世話になりました…」


 王宮の前に掲げられている王国旗に向かい、一礼する私。私はその足で、王宮を去った。




ーー国王陛下視ーー


「おい、新しい私の銅像はまだできぬのか?」


「た、ただいま全身全霊で作らせておりますので、もうしばらくお待ちを!」


「そうか、なら良い」


 あの女がいなくなり、本当に快適になった。誰も国王たる私に意見するものなどおらず、忠実な家臣の皆は私の言葉に誠意をもって対応してくれている。あの女にもこれができれば、文句などなかったというのに、実に惜しい女よ…


「陛下、よろしいでしょうか?」


 王室長のジャックが、私のもとを訪れる。


「おお、ジャック!よく来たな」


「はっ。恐れ入ります」


 ジャックはこの王国の人間の中でも、最も私に深い忠誠心を持つ男だ。能力も申し分なく、ゆえに私は大いに彼に信頼を置いている。


「それで、なにかあったか?」


「はっ。財政部長の席が空いてしまったのですが、誰も後を継ぎたいという者が現れないのです。いかがいたしましょう?」


「ふむ、なるほど」


 財政部長は王国の財政をつかさどる、名誉ある職である。にもかかわらず、それに名乗りを上げる者がおらぬという事は、あの女が財政部長の職をそれだけ汚してしまったからにほかならぬ。…ええい、もう勘弁ならぬ!


「ジャック!今すぐあの女をこうそ」「陛下!」


 私の言葉を、ジャックが遮った。


「な、なんだ?どうした、ジャック?」


「その財政部長を、私が指名してもよろしいでしょうか?」


 ジャックが、指名とな…


「ふふふっハハハハッ!もちろんだとも!ジャックならば、最もふさわしい人物を見抜くことができよう!よし分かった!誰にするかはジャックに一任しよう!」


「承知いたしました」


 ジャックは深々と頭を下げ、王室を後にする。いやはや、本当にあの男には感服させられる。私が願うことを、いつも一手先を読んで手を用意してくれている。私はジャックの忠誠心が嬉しくなり、思わず高笑いをする。


「ハハハハハハハハ!!!!!!!!」


 …しかしそんな私に水を差すように、他の臣下のものが私のもとを訪れる。


「へ、陛下!よろしいでしょうか?」


「構わぬ。どうした」


「じ、実は陛下が建設を指示されているバルファーナ神殿に関してなのですが、どうしても予算が…」


「馬鹿者!!!それをなんとかするのが貴様の仕事であろう!!!」


「は、はいっ!!も、申し訳ございませんんんん!!!!!」


 そう言い、足早に飛び出していく男。


「…全く、どいゆもこいつも…ジャックだけだな、私の気持ちを分かってくれるのは…」


 私は大金をはたいて隣国より取り寄せた葉巻に火をつけ、一服する。これも国王が国王たる存在としてあるために、必要なものだ。これにさえ、あの女はケチをつけていたな…全く浅はかで反吐が出るわ…


「…さて、銅像に神殿。ますます忙しくなるのぉ♪」


――――


 王宮から少し離れた休息所で、疲れた体を癒す私。豊穣の加護のおかげでお金には困らないため、この身分に落ちてもある程度は自由に過ごせる。飲み物で喉の渇きをいやしている時、突然ある人物に話しかけられる。


「やっぱり、ここにいたか」


 …絶対に聞き間違えることのないその声。苦しい王宮での生活の中で、私がやってこられた一番の理由の人…顔を向けたその視線の先には…私が秘かに思いを寄せる人物がいた。私は決してそれを悟られぬよう、努めて冷静に言葉を投げる。


「あら、ジャックじゃない。あなたも王宮をクビになったのかしら?」


 私の軽口に、軽口で返す彼。


「俺は絶対クビにはならないぜ。なぜなら俺がクビになるより先に、王国が破滅するだろうからな」


 彼はそう言いながら、私の隣に腰掛ける。私は少し、心臓の鼓動が早まるのを感じる。


「のみかけだけど、いる?」


 私が差し出したコップを、優しく手に取る彼。


「…ふぅ、なかなか美味いね」


 一気に飲み干し、そうつぶやく彼。私はさっそく、本題に入ることにする。


「それで、国王最側近のあなたが、私に一体何の用?」


 …本当は彼が来てくれたことが嬉しくてたまらないのだけれど、正直になれない私…


「王宮の事だよ。とりあえず君の後任にはリルアを指名しておいた」


「リルアを?それはまたどうして?」


 私が知る限り、リルアに財政管理の能力なんてないように思えるのだけど…そんな私の疑問に、彼は意外な答えを示す。


「彼女君の事を、いつも攻撃してたろ?無能だのなんだのと…」


「ああ、そんなこともあったかしら…」


 国王のインパクトが強烈すぎて、正直記憶から薄れてしまっていた。


「適任だろう?あれだけ君に大口を叩いてたんだから、自身は国王の満足のいく仕事ができるんだろうさ」


 …きっと、私の事を思ってくれての行動なのだろう。彼の気遣いに、胸が熱くなる。


「ああそれと国王の奴、君を拘束するとか言い出してな。一応止めてはおいたけど、念のため注意だけはしておいた方がいいかも」


「うん。ありがとう」


 素直に、感謝の言葉を彼に告げる。


「お、おう…」


 …どこか、彼の顔が赤くなっているような…気のせいだろうか?


「ま、まあ俺はとりあえず戻るな。何かあったら、また知らせるよ」


「え、ええ…」


 …彼との別れが、少しばかり悲しい。


「王国の寿命ももう短いだろうから、お互いしっかり堪能しようぜ」


 そう告げ、この場を後にする彼。…王国亡き後、彼は私と一緒にいてくれるかな…?






ーージャック王室長視点ーー


 さて、ミリアがいなくなってからというもの、王宮内の混乱は日に日に増していっている。彼女がここを去った以上、もう王国の崩壊は止められないであろうから、もはや俺は達観していた。


「お、王室長!!ご相談が!!」


 その声に振り向いてみれば、そこにはリルアの姿があった。


「リルア、財政の方はどうだい?ミリアを無能だと言った君の事だ。必ずやきちんと仕事を果たしてくれると、私も陛下も期待しているよ」


「う、は、はぁい…」


 彼女の返事には全く生気がなかった。…まぁ無理もないだろうが、自業自得と言えば自業自得だ。


「それで、相談とは?…まさか、自分には無理だから誰かに代わってほしい、なんて言ったりしないよね?」


 彼女の顔が大いにひきつる。


「…い、いえ、な、なんでも、ありません…」


 彼女は簡単な挨拶を告げ、この場を去っていった。

 少し周囲を見回せば、混乱状態にあるのは彼女だけではない。耳をすませば、いろいろな声が聞こえてくる。



「お、おい!陛下は銅像の隣にモニュメントの建造までご所望だ!急ぎ資金を確保しなければ…」


「ばかいえ!ただでさえ大赤字なのに、これ以上歳出に回す金がどこにある!」


「ま、まずいぞ…神殿の建造、職人たちに支払うはずの給与が底をついて建造が止まってしまっている…」


「だ、誰が陛下に報告するんだ!お、俺は絶対に嫌だからな!」


「おい財政部長!!お前の仕事だろう!!なんとかしろよ!!」


「そうだよ!!お前が陛下を説得するのが筋だろうが!!」



 …とまぁ、少し耳を澄ませただけでこの有様だ。陛下の指示が何も進んでいないにもかかわらず、関係者の誰もそれを報告しない。ゆえに問題は山積みになる一方で、何も前に進まない。まぁ結局のところ、すべての問題と責任は陛下にあるわけだが…

 そんな時、一人の男が俺のもとに相談に来る。


「…王室長、よろしいでしょうか」


「…君は確か、シャルク君だな?財政部員の」


 ミリアから話を聞いたことがある。シャルクは財政部員の中でも最もまじめな男で、陛下に直訴に行こうとしたことも一度や二度ではなかったらしい。結局それらはミリアが全て引き受けていたから、彼自身が陛下のもとに赴くことはこれまでなかったわけだが…


「王室長、私を国王陛下のもとまで案内していただけませんでしょうか?」


「…」


 間違いない。シャルクは直訴するつもりだ。しかも彼の性格からして、すべてを包み隠さず報告するつもりだろう。陛下への非難の言葉も含めて。


「王室長!このままでは王国は崩壊します!その前に手を打たないといけません!これは私の仕事なのです!」


 そう言い、俺にすがってくるシャルク。…俺は彼の男気に付き合う事にした。


「…分かった。ただし、やばくなったら俺がすぐに引き戻す。それでいいな?」


 シャルクは力強くうなずき、俺に返事をした。俺たち二人はその足で、陛下の座る王室へと向かった。


「陛下、よろしいでしょうか」


「おお、ジャックか!入れ入れ!」






ーージャック王室長視点ーー


「陛下、実はこちらの者が、どうしても陛下と話をしたいと」


 俺はそう言い、陛下の前にシャルクを紹介する。


「ざ、財政部所属、シャルクであります!」


「ほぅ。まあよかろう、話してみよ」


 俺は静かに王室を去り、扉を閉め、扉に背を持たれる。…腰に掛けた剣に手をやり、いつでも抜けるよう準備をしつつ、中の会話に耳を澄ませる。


「…恐れながら陛下、財政部の人間として、今現在王宮の財政は非常に危険な状態であると言わざるをえません!」


「…はぁ?」


 最初からフルスロットルだな、あいつ…


「どうかお考え直しください!民たちより集めた血税を、無駄なことに使ってはいけません!銅像もモニュメントも神殿も、建設を即刻中止するべきです!」


「…貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか?」


 しかし彼の心に秘める勇気は、俺の想像を大きく上回るものであった。彼は高圧的な国王にひるむことなく、言いたいことをすべて言って行っている。


「陛下はご存じですか?陛下が進めておられるそれらのどれも、全く順調に行ってはいないのです。…それどころか赤字に赤字を計上している王宮は、債務までも抱えてしまっています…それはすなわち」


 この時、部屋の中から激しい音が聞こえた。…おそらく、国王がイスか何かを蹴り上げたのだろう。


「馬鹿者!!!!貴様ら私に何の報告もなく借金しているというのか!!勝手に債務を抱えているというのか!!」


「ええそうです!!陛下の無理難題の前に、臣下の者たちは民たちや周辺国家に頭を下げ、必死に金銭を集めているのです!!陛下にその苦労が」


「もうよい!!!貴様のような無礼者、この場で処刑してくれる!!!」


 これ以上はまずいっ!俺は手に構えていた剣を抜き、王室内に突入する。


「陛下!いかがいたしましたか!」


「おお、さすがはジャック、よきところに来た。今すぐこの無礼者を」


「っ!!!!」


 陛下がそう言い終わる前に、俺はシャルクの腹を蹴り上げる。できるだけ痛みの少ないようにかつ、できるだけ派手に見えるように気を付けながら。


「お、おう…しつちょっあごっ!!!」


 何度も何度も、それを繰り返す。そしてタイミングを見て、大声を上げる。


「陛下に意見するとは身の程知らずが!!!恥を知れ!!貴様のような男、殺して楽にしてやる義理もないわっ!!!」


 できるだけ派手に見えるように痛めつけた甲斐あってか、陛下の怒りはかなりおさまったようだった。


「…ふぅ。もうよい、ジャック、その者をこの部屋から連れ出してくれ」


「承知いたしました」


 俺は急ぎ部屋を後にし、救護室へと向かう。


「…しつちょう…すみません…でした…」


 弱弱しく、そう声を上げるシャルク。


「…お前はすごいよ。俺なんかよりも、お前が王室長になるべきだったのかもな。…いやそれどころか、おまえこそが国王をやるべきだったんだ…お前のような、勇気ある男が…」


「…」


 …過度の緊張からか、俺の背で眠ってしまったようだ。


「…王国を救いたいというお前の望み、叶えてやれなくて…すまん…」


 シャルクを救護室の担当者へと託し、俺は彼のもとを去った。


――――


 私が王宮を出てもう数週間。特に大きな騒ぎの話も聞かないまま、私は普通に過ごしていた。…まぁたぶん、ジャックがなんとかしているんだろう。彼カッコいいだけじゃなくて、すっごく優秀だし…

 そんな風に私がジャックとの思い出の感傷に浸っていた時、張本人が駆け足で私の元へ走ってきたのだった。


「ミ、ミリア!!」


 静かにたたずむ姿もカッコいいけど、走る姿もカッコいいなぁ…


「あらジャック、そんなに急いで、何かあった?」


 息が上がっている彼に、私は飲みかけのジュースを手渡す、彼は自然な手つきでそれを受け取り、一気に飲み干す。


「っぷはぁ!生き返ったぁ!」


 ありがとうと言って、コップを返す彼。…よし、これでまた間接キスができる…


「それで、なにかあったの?」


 そう聞く私に、少し不満げな顔を浮かべるジャック。


「な、なんだよ…なにかないと会いに来ちゃダメなのかよ…」


「べっべつにそんなことは…」


 …妙に二人とも赤くなり、気まずくなってしまう。そんな雰囲気を変えるように、ジャックは本題に移る。


「まあとりあえず、これを見てほしい」


 そう言って彼がカバンから取り出したのは、王宮帳簿だった。


「うっわ。なっつかしい…」


 王宮にいた頃は、よくこの本と遅くまでにらめっこをしていたものだ。私は彼の手から帳簿を受け取り、ちらっと外観を見る。


「でも、これがどうしたの?」


「いいから、最近の記載を見てみてよ」


 彼にそう言われるがまま、直近部分の記載に目を通す。豊穣の加護の力はここでも働かせることができ、怪しいお金の流れなどを鋭く察知することができる。…そして目を通してすぐに、違和感だらけの帳簿であることに気づく。


「…明らかにおかしいわね、これ」


 ジャックもうなずき、私に同意する。


「…あんなに赤字だったのに、いきなり黒字になってるわ…新しい施設の建設費用も人件費も、うまく捻出されてることになってる…その上に国庫に貯蓄まで…一体どういう…」


「だろう?明らかにおかしいんだ…」


 …そう言いながら、私の隣から帳簿を覗き込む彼。…顔の距離がすっごく近くなって、心臓の鼓動が強くなる。


「っと、とにかくこの帳簿の記載が事実なら、王国は財政問題を解決したって事になるわね。リルアは宣言通り、短い時間で王国の財政を立て直したって事かしら?」


 私はやや苦笑いで彼の方を見る。…彼は真面目な表情で私に言葉を発する。


「君にできなかった事が、リルアにできるはずがない。これには必ず裏がある。それを明らかにするんだ」


 彼の言葉を聞いた私は、再び帳簿の該当箇所に目を移す。


「…うーん…うまく隠してあるけど、どうやらこの『臨時歳出金』って言うのが負債を隠しているようね…この処理の担当者は…!?」


「…!?」


 私たちは二人して、目を疑った。



 臨時歳出金処理担当 ーシャルクー








ーージャック王室長視点ーー


 帳簿のサインが、いまだに脳裏に焼き付いて離れない。怪しげな会計の担当者として、確かに奴のサインがあった。今の財政部で俺が最も信頼する、シャルクのサインが…


「…!」


 休憩室から出てきたシャルクの姿を確認し、後をつける。…この段階でシャルクを直接問いただす事は、俺にはできなかった。…理由はシャルクを信頼したい気持ちが半分、まだ証拠が薄いことが半分だ。

 しらばく尾行を続けてはみたものの、特に怪しい点はない。シャルクが交わす会話もほぼ聞こえてはいるが、これといって不自然な点は見られない。


「…やっぱり、何かの間違いか…?」


 そう考えたその時、俺は警戒を強める。…分かりやすいほどに、シャルクの動きが変わったからだ。何度も何度も周囲を見回し、辺り一帯をキョロキョロしている。…俺の尾行に、感づいたのだろうか…?


「…よし」


 シャルクは小さい声でそう言い、速足で駆け出す。俺は気づかれないように細心の注意を払いながら、後を追った。


「…あそこは…確か保管庫か?」


 シャルクの後を追い行き着いた先は、王宮の端にある小さな保管庫であった。はっきり言ってここは不要になった書類などの置き場で、訪れる者などまあいない。ゆえにシャルクがどうしてここに来る必要があるのか、怪しさ満点だった。

 シャルクが書庫に入っ手行ったのを確認し、物音を立てないよう細心の注意を払いながら、後に続く。

 しばらく奥に進んだところで、再びシャルクが周囲を見回す。さらにしばらくキョロキョロした後、本棚の奥側に隠されていた一冊の本を取り出し、何やらそこに何かを記入している。…さすがにここからだと、その内容までは見えないか…

 仕事が終わったのか、元あった位置に本を隠すシャルク。俺はその本の位置を確認した後、静かに保管庫を後にする。外で待ち伏せをし、シャルクが保管庫立ち去ったのを確認してから再び保管庫に足を踏み入れる。足早に保管庫の奥へと向かい、先ほど確認した位置に急ぐ。


「…確か、この辺りだったはず…!」


 例の本を隠すためか、妙に入り組んでいる。しかしそれゆえに、怪しい箇所は浮彫だ。…その本が保管されていると思われる場所だけ、妙に防御が固いのだから。


「…!」


 奥に手を伸ばし、それらしきが手に当たる。俺はさっそく手元に引き出し、表紙を確認する。そこにあった信じられない物に、俺の言葉は途切れ途切れになる。


「…!、そ、そんなばかな…!」


 俺は疲れなど忘れその足で、本を片手にミリアの元へと走った。






ーー国王陛下視点ーー


「リルア!!よくやってくれた!!君にその椅子を託したのは大正解だったな!」


 リルアを指名したのはジャックだったな…全く奴はさすがとしか言えぬ…!


「あ、ありがたきお言葉…」


 数週間ほど前、シャルクなる男が私に話してきたことはどうやら本当だったらしい。私が命令していたことは何も進んでおらず、それどころか王国は周辺国や民営の組織に借金をしているという始末であった。全く呆れて言葉も出ぬわ。あいつらには王国の人間として働くというプライドがないのか…

 しかしそれらの問題を、このリルアが全て解決してくれたのだ。リルアが提出してきた王宮財政報告書によれば、リルアの打ち立てた斬新な改革によって王宮の借金は消滅し、滞っていた私の命令もすべて再開されているとのことだ。いやいや、優秀な人間というものはいるものだなと実感させられる。私ほどではないが。


「リルアがこれほど頑張ってくれているのだ!私も負けてはおれん!ますます政策に力を入れなければな!」


「…と、申しますと?」


「話を聞くに、隣国のスフィーリア王国の王宮には、最新鋭のプラネタリウム施設があるそうではないか!ここにもそれを作るのだ!」


「そ、それはまたどうして…」


「ふふふ。さすがのリルアにも私の考えはまだ見抜けぬか。考えてもみよ?プラネタリウムは女性貴族のあこがれという話ではないか!ここにそれを置けば、その者たちを皆喜ばせられるであろう!」


 そうすればそれを口実に、さらなる側室をここへと呼べるという事だ…ぐふふ。


「そ、そのような深きお考えがあったとは…ははは…」


 リルアが少し笑っているのは、私のあまりの見分の深さに自嘲の意味が込められているからであろう。案ずることはない。そなたは私ほどではないにしろ、優秀な人間であるぞ。


「リルアよ、おぬしさえよければ、私の側室に迎えてやっても構わぬぞ?」


 …よく見ればこのリルアという女、良い体をしている…


「お、お言葉は大変ありがたいのですが、私には王国を死守するという使命がございますゆえ…」


 ふんっ。真面目な女だ。


「…そうか。まあ気が変わったらいつでも申し出るがよい。ではリルアよ、これからも頼むぞ」


「は、はいっ…」


 立ち去るとき、どこか震えているような気がしたが…私に対する緊張からか。全くかわいい女め。


「さ、て、と♪」


 リルアが財政的余裕を作ってくれたおかげで、欲しいものがさらに手に入りそうだ。隣国の美しい女性全員に宝石でも送るか?いや皆を招くことができる美しい施設の建造が先か…?


「ぐふ、ぐふふ♪」


 私の明るさしかない未来の前に、笑いが止まらなかった。


――――


「…とうとう、一線を越えてしまったわね、王国は…」


 ジャックが持ち出してきた書類を見て、失望の声が漏れる。


「…みたいだな。王国の不自然な黒字財政の正体はこれか…」


 私たちの手元には、表紙を全く同じとする書類が二冊。いずれもタイトルは王宮帳簿。


「王宮帳簿が二冊。しかも中に記載されている数字がほぼ正反対。…なら、答えは?」


 私はそう言って、ジャックの顔を見る。


「…これはまぎれもない、裏帳簿…だな…」


 あきれ顔で、私に答えるジャック。


「…もしも隠されていた方の王宮帳簿の数字が正しいのなら、もう王国は…」


 そこから先は、言うまでもないだろう。彼も、心底理解している様子だった。

 そしてそんな会話をしている最中、第三の人物が姿を現す。


「…ミ、ミリアさん、ど、どうしてここに…!?」


「俺が呼んだんだ。久しぶりにあこがれの先輩と話がしたいだろう?」


 ジャックが呼んだ、シャルク君だ。


「…シャルク君、元気だった?」


「…」


 私の質問に、俯いてしまうシャルク君。…彼は本当に素直でまっすぐな人間だから、彼を問いただすのは正直心が痛い…しかし、やらなければいけない…


「…ねえシャルク君、この帳簿はもちろん知ってるわよね?」


 そう言い、私は表と思われる方の帳簿を提示する。


「は、はい…もちろんです…」


「そう…なら…」


 私は帳簿を開き、問題のページを彼の前に提示する。


「この臨時歳出金、処理担当はあなたよね?」


 その言葉を聞いた途端、あからさまに症状が曇るシャルク君。


「…ぼ、僕には、なんのことだか…」


 視線をそらし明らかにとぼける彼に、ジャックが横から問いただす。


「嘘はよくないな。この臨時歳出金の処理担当者として、わっかりにくい箇所に君のサインがある」


 例のサインの部分を、ジャックが指さす。


「っ!!!!!」


 目を見開き、一歩後ろに下がるシャルク君。…呼吸が早くなり、全身が震えてしまっている様子だった。


「…ねぇシャルク君、私は今でもあなたを信頼してる。だからこそ、知ってることを全部話してほしいの。私はあなたの事を、嫌いにはなりたくないから…」


「っ!!」


 それは、私の正直な思いだった。王宮にいた時から、彼は本当にまじめに働いていた。何度も突き付けられる国王の無理難題の前に、くじけそうになった私を励ましてくれたことだって、何度もあった。…そんな性格の彼だからこそ、この裏帳簿を提示する前に、自分自身の口から話してほしかった。

 彼はこぶしを握り、唇をかみしめ、自分と戦っている様子だった。…そして少しの時間をおいて、彼は口を開いた。


「…すべて、僕の責任です…」


 シャルク君はゆっくりと、いきさつの話を始めた。


「…陛下の無茶な要求の前に、財政は破綻寸前でした…。ミリアさんがいなくなっちゃってからは、それにさらに拍車がかかってしまって…。それで、臨時歳出金という架空の歳入予算を計上することで、負債をすべて隠ぺいしたんです…おかげで見かけ上、王国は黒字財政になり、周辺国や民営組織からの資金借り入れも容易になりました…」


 私は確認の意味を込めて、改めて彼に質問する。


「…けれど、それで本当に王国が黒字になったりするはずがない…。その実態は、借金に借金を重ねる悪循環…もはや、だれにも止められない負のスパイラル…」


「…」


 心の底から悔しそうな表情を浮かべるシャルク君に、一つ質問をするジャック。


「…からくりはよくわかったよ。だけど、一つだけわからない。君のような誠実で真面目な人間が、どうしてこんなことをしたんだ?前は陛下に直訴に行ってたほどじゃないか。それなのにどうして…」


 ジャックのその質問には、私が答える。


「あなたの言う通りよ、ジャック。だって彼は、何も悪くないんだから」


「?」


「!?」


 二人が同時に驚愕の表情を浮かべる。私はシャルク君に一歩近づき、語り掛ける。


「…あなたは王国を心から愛してる。だから、王国の事をかばってるのでしょう?自分がこの一件の犯人役となることで、批判の目は王国よりもあなたに向けられる。王国を救うにはそれしかないって、誰かに言われたんじゃないの?」


 これは帳簿を見ようが裏帳簿を見ようが分からない事ではある。けれども私は確信していた。彼がその場しのぎのためだけにこんな事、するはずがない。彼は本当にまじめで、誠実な人なのだから。


「…う、ううう、、ミリアさん、、」


 彼の目から、涙がこぼれ落ちる。彼の性格を考えれば、相当悔しかったに違いない。そして彼にこんな残酷なことを強いた人間を、絶対に許すわけにはいかない。


「…一人で、よく頑張ったわね、シャルク君」


 彼の手を取り、そう言葉をかける。ジャックもまた、彼の背中をさすってくれていた。

 その後落ち着きを取り戻したシャルク君が、事の真実をすべて打ち明けてくれた。

 まずこの一件の真犯人はリルアだった。彼女は陛下の無茶な要求を無理やり通すため、シャルク君が言った手口で不正処理をした。そして彼女はシャルク君の愛国心と誠実な性格を利用し、王国を救うために責任をかぶれ、できなければ君の愛する王国は崩壊するというという、彼にとって死の宣告にも等しい選択を突き付けた。そしてシャルク君はリルアの要求をのみ、すべての責任をかぶる覚悟をした…というのが真相だった。


「…全く、救えない連中だな…」


「…陛下の無茶な要求に泣きたくなる気持ちは分かるけど、それでもめげずに陛下の説得をするのが財政部の仕事でしょうに…それを一度もせずに、挙句シャルク君の気持ちを利用するだなんて…」 


 もはや王国に救いはない。滅ぶべくして、滅ぶべきだ。


――――


「王室長直々の呼び出しとは、一体なんでしょ…」


 王室長室を訪れたリルアと目が合う。


「な、なんであんたがこんなところに…王宮を出された無様な女はとっとと去ってくれない?くっさい匂いがうつっちゃうわ」


 彼女はそう言いながら、鼻をふさぐ動作をする。そんな彼女に、ジャックは冷静に言葉を返す。


「私が呼んだんだ。彼女は大事な証人だからな」


「証人?」


 彼女は全く納得などできていない様子ではあるものの、ジャックは話を始める。


「さて。君と話したいことは山ほどあるわけだが…」


 少し、リルアが身構える。


「まずは、あれだけ赤字だった王国の財政をいかにして立て直したのか、是非その方法について教えてもらいたい」


 その言葉を聞いたリルアは途端に得意顔になり、自慢気に話を始める。


「そんなの簡単ですよ。前の財政部長がやっていた古臭い運用方法をすべて廃止して、全く新しい斬新な運用方法へと変更したんでんす。陛下にもお褒めの言葉をいただきました」


「その全く新しい斬新な運用方法というのは、これの事ですか?」


 ジャックはそう言うと、例の本を取り出す。もちろん裏の方だ。


「!?!?!?」


 声にならない声を発し、うろたえるリルア。なぜそれがこの場に…と言わんばかりの反応だ。

 ジャックは彼女の前で大げさにページをめくり、内容の確認を図る。


「これは確かに斬新ですなぁ。負債を隠して新たな負債を作り、さらにその負債を隠してさらに新たな負債を作る…呆れを通り越してもはや滑稽とさえ思える」


 言った通り、あきれ顔を浮かべるジャック。


「ど、どうしてそれを…」


 分かりやすいほど動揺している様子のリルア。そんな彼女に構わず、ジャックは続ける。


「よくもまあ、こんなことができたものだ。全く驚かされる」


 しかしここにきて、リルアが強気に反論する。


「ま、待ちなさいよ!それを私がやったっていう証拠があるの?財政の処理には担当がいて、必ずサインがしてあるはずよね?私はそんな事した覚え全くないわ!」


 …やはり、その話を持ち出してきたか。結局は、シャルク君に責任を擦り付ける腹積もりらしい。


「ええ、おっしゃる通りここにはあなたのサインはありませんでした。ここにはね」


「…ど、どういう…こと?」


 さあ、決定的証拠を突き付ける時だ。


「ここに記載されている資金借り入れ先の国、ここに私の知り合いがいましてね、特別に取引記録を見せてもらったんですよ」


「!?!?」


「そしたらそこには、あなたの言う通りサインがはっきりとありました。取引責任者として多額の借り入れに契約をする、あなたのサインがね」


「…そ、そんな…ばかな…」


 もはや、彼女に言い逃れのすべはない。


「そう落ち込まないでください、あなたには感謝しているんです。おかげ彼女と一緒に海外旅行ができましたから♪」


 資料確認のため、隣国にまで行ってきた。確かに私もその点だけは、彼女に感謝している。

 俯く彼女に私は歩み寄り、その肩をつかんで無理やり目線を合わせ、思いのたけをぶつける。


「…あなたは財政処理を不正に行ったばかりか、その責任をシャルク君一人になすりつけて、自分自身は国王陛下に大きく評価される結果となった。…何の痛みも得ず、自分の事だけを考えて、周りを平気で傷つける…あなたは財政部を束ねる人間として腐りきってる…王国の未来をつかさどる者として…いや…」


「もはや人として失格だ!!」


 …彼女は力なくひざまずく。顔からはすっかり生気が消えてしまってるが、まだ彼女にはやってもらうことがある。






ーー国王陛下視点ーー


 この前食事会で会った貴族令嬢、すさまじい巨乳だったな…あの者を次の側室に…


「陛下!!!!大変にございます!!!!!!」


 やけに騒がしく、名前も覚えていない臣下が声を上げる。


「うるさいな、一体何事だ」


「周辺国が一斉に、本国を訴えてきました!!!!!」


 …ん?、このものは何と言ったか?


「は?、訴え?、誰が?、誰に?」


 私の疑問に、その者ははっきりとした口調で告げる。


「本国の周辺国を中心とした、七か国からなる連合国が、本国を訴えました!!!!」


 私は思わず手にしていた令嬢の肖像画を床に落とす。


「…ほんと?…ほんとに?」


ーーーー


「本当に、これでよかったんだな?シャルク」


「…」


 神妙な顔で、王国崩壊の記事を見つめるシャルク君。

 結局私たちは、王国帳簿及び裏帳簿、そしてリルアから入手した国王指令書の全てを、周辺国と王国民に告発した。それらを見れば、国王が無茶な政策を行い、臣下を振り回し、挙句に暴走した王国は、周辺国と国民を欺いて多額の金をだまし取ったということが全て分かる。私たちの予想通り、あれから王国は崩壊し、今は臨時政府が内政を仕切っている。王宮にいた人間は皆職を失い、それはジャックもシャルク君も例外ではなかった。…けれども私たちは今、臨時政府にいて政治にかかわることができている。それは私たちが正義の告発者として皆に認められ、この国の未来を託すに値すると信じてもらえたからだった。

 一方で国王はその責任を問われ、国内中を休憩なしに行進させられたげく、最後は首を切られることとなった。これをもって、責任者たちへの追及は幕を下ろした。

 …けれどシャルク君の愛した王国は、結局救うことはできなかった。…にしては、どこかすっきりした顔をしているような…


「僕は大丈夫ですよ。別に僕は、王国自体に執着していたわけではありませんし…」


 シャルク君のその言葉に、ジャックが疑問を投げる。


「ん?どういうことだ?」


「秘密です♪」


「??」


ーーシャルクの記憶ーー


「ふ、不正処理だなんて、そんな事絶対にダメですよ!!!」


「あら…いいの?あなたの大好きなミリアが全力で守ろうとしたこの王国が、滅んじゃうかもしれないのよ?」


「!?」


「残念ねえ。彼女あんなに頑張っていたのに、それが無駄になってしまうだなんて…」


ーーーー


 シャルク君の真意は分からないけれど、気持ちの整理ができたのなら、良かったかな。

 そんな時、不意にシャルク君が強気に口を開く。


「ジャックさん、僕はまだあきらめてませんから」


「あ、諦めてないって、王国の事をか?」


「さあ、どうでしょうか」


 そう言い、ジャックをにらみつけるシャルク君。…なんだか、今まで以上に激しい争いが起きそうな気がするんだけれど…


「僕は絶対、ものにしてみせますから!!」

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