7.夜の決意
色染めはない綿の生地だし、縫い付けられた金色の飾りも黄銅だ。
それでも丁寧な蔦の刺繍が入りところどころ薄い紗が取り付けられ、動くとひらひら揺れるこのドレスをエインリズは気に入った。
フリルだらけのドレスと違い、踊りやすかったし。色気もある。
手すりから身を乗り出し、二階下の庭を見下ろす。
ずっとアークロッドが離してくれないから、彼が熱心な信奉者に捕まっている隙にこのテラスまで逃げ出してきた。
このゲーム世界でエインリズが歩むルートは決定した、後はエンドだ。
終わりが良くなければ、意味がない。
この後すぐにエンド決定に関わるチャンスがあるから、それまでに進む覚悟を決めたかった。
ゲームなら、上下合わせて決定ボタンで済むけれど、ここはもうエインリズの生きていく世界だから。
アークロッドが想像以上にカッコよかったのも、良いには良いが、誤算だった。
ベストエンドに行くには……この後すぐにあの超絶イケメンとあるイベントをこなさなければならない。
(けど、私やりきれるかな!? あの美貌を前にするとトチりそう、前世で見たイベント通りのことをするなら……途中でのぼせて気を失うかも)
ただ自分の身の安泰のためだけではなくなっていた。
エインリズとして生きてきた自分もあるからこそ、過去のアークロッドを覚えていて、惹かれてしまう。
確実に彼と幸福になれる道をたどりたい。
心を固めて一息つき、設置されていた寝椅子に腰掛ける。
やがてテラスに来訪者が現れた。心当たりは一人しかない、アークロッドだ。
「こんなところで暇潰しとはな。俺の視界の範囲に居ろ、と言っていたよなエインリズ」
「だってアークはお話中だったし、私も色々あったから、一人で神経を休めたかったの」
澄ました顔で歩いてくるアークロッドは、仄かな灯りしか届かなくても美々しい。
宵闇の化身、絢爛な精霊王、玲瓏たる紫水晶、彼を形容する言葉はこんなだったか。
そのどれもが的確だ。
(どうしろというの、このド美形)
せっかく休めた神経は、一瞬で緊張した。
「エインリズ」
座るエインリズの顎にアークロッドの手が添えられた。
これだと寝椅子から立ち上がれない。うまい追い込み方だった。
「俺はお前と結婚する、もう決めたんだ。……お前が、エインリズとわかった瞬間から」
「ちょっ、アーク……近い」
やんわり押しのけようとした手はつかまれて、拒む方法を失えばアークロッドの顔が近づいて。
頬も額も熱い。
自分で自分の鼓動がわかるほど、心臓が強く速く打ってる。
「近いくらい、なんだよ。俺は……お前と抱きしめあいたいし、熱い接吻を交わしたい」
始まった、アークロッドからの口説き落とし。
エインリズとしっかり視線を交換しながら、アークロッドの長い指が、エインリズの唇を滑る。
「ずっと堪えてた。俺は封印されて海に捨てられる前から、お前を得たいという気持ちを持っていた。あの海の底で、休眠の切間に目覚めては出られない絶望に発狂しそうになった。でも、ありし日のお前を想って耐えてたんだ……。棺から出られてすぐお前がいたのは、もう運命だ」
赤紫の髪を揺らして、アークロッドはドレスの開いた口から胸をつかみ、たわわな白い曲部に指を沈み込ませる。
ここで拒絶して徐々に仲を進めることも可能だけど、それではベストエンドへ進める可能性が薄い。
(やっぱり選択肢に自信ないや。うろ覚えで辿り着けるかどうか。『俺様王子』のバッドエンドは……めちゃくちゃ泣いた、とか美しく惨い、って絶賛されてたな。……絶対イヤ。アークが大好き、絶対彼と幸せになりたい。……やっぱりここでキメるしかないわ)
序盤でベストを確定させる方法が、ある。
「……いいわ、してよ。感じてみたい、アークのこと」
ぐっと彼に顔を近づけて、強気に見えるよう微笑んだ。
こちらからも彼の首元に手を添えて。
(うん、載ってたスチルに近いポーズになったわ!)
「な、……そんな煽って、どうなるかわかってんのか」
「アークになら……いいよ?」
精一杯、あだっぽくなるよう流し目をした。
このエインリズの姿ならとても扇情的に見えるはず。
アークロッドは眉をしかめて瞳を揺らし、急に肩を押さえて唇を重ねてきた。
(なんて、情熱的なの)
技巧を考えない直情的で想いだけが乗ったキス。
彼は、幼い頃の交流でエインリズに一途な想いを抱き続けている。
その積年の恋が、蹂躙する舌の動きにこもっている。
他のキャラが、エインリズを快楽堕ちさせるための手管を手に入れようと、遊びまくって練習したのとは違う。
アークロッドは口では経験豊富そうな見栄張ったことを言うのだが……実はエインリズ以外の女性には触れようともしない純情さんなのだ。
つまり、この時点では全部未経験。
なのに、こんなにも感じさせるキスができるなんて。