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6.sideアークロッド

 長きにわたり自分を待ってくれていた支持者、支援者たち。

 海中で休眠せざるをえなかった間に四年の月日がたっていたらしい。


(四年も、皆を不遇の中で待たせていたのか)


 歯噛みするアークロッドだった。しかし彼の姿を認めて集まってきた皆は不在中の苦労を見せない笑顔で迎えてくれた。


「アーク?」

「あ、すまない」

 傍にいるエインリズ。肩に回した手に自然力がこもってしまった。痛みを与えていないといいのだが。

 不安でちらと見下ろせば、不思議な色合いの瞳と視線が合う。

 ずっとアークロッドを見つめていたのだ、彼女は。

 愛しい女性の視界を独占していた、それだけで、脳髄が痺れてあんなに気にかけていた支援者たちのことすら遠くなり、エインリズしか感じられない世界に迷い込んでしまいそうになる。


 かつてのアークロッドにとって、エインリズは弟の婚約者。

 やがて縁者になる近さで、そして、決してそれ以上近づいてはいけない存在だった。

 そんな微妙な距離も気にかけないほど、出会った頃のエインリズは幼かった。

 アークロッドを義兄として慕い、王城の庭園で親しんできた。


「アークお兄ちゃま! ほら見て、私こんなところから飛べるのよ」

「すごいな、エインリズは。果敢だ。でも危ないから、ここまでにしておこうな」


 芝生の上を駆け回る子犬のような、愛らしい彼女。

 懐いてくるのでよく一緒にいることが増えた。

 所有欲を掻き立てられたのはいつからだったか。


 アークロッドの姿を見れば、飛びつくように近寄ってくるエインリズ。

 そのたび、一歩離れたところで止まってしまう彼女へ、踏み出して掻き抱いてしまいたくなって。


(熟れた苺のような唇を強引に奪いたい、あわよくば口づけで虜にし、その心まで……)


 湧き上がる邪欲を隠して、よき義兄のふりをした。


(だめだ、弟の婚約者をとるなんて、俺は……いやだ)


 弟こそが世継ぎなのだから。

 王妃として望まれているエインリズを欲しいと思う気持ち、アークロッドはその感情を遠ざけた。


(彼女について考えなければいい)


 それでもエインリズが王妃として国王に並び立つ治世のためならば、不安要素は減らしてやりたかった。

 綻ぶ世界と蔓延する綻び病。王政への不信と不満は水面下で澱のように溜まっていたのだ。

 綻びにまつわる不満から反旗を翻そうとする人民たちと、王室を取り持とうとしたのに、アークロッドは気づけば彼らの旗頭になっていた。

 そしてある日、支持者筆頭たる貴族がアークロッドに誘いかけてきた。


「貴方も正当な王家の血を持つ王子。王位を簒奪するのです。しからば貴方の欲しいものも手に入ることでしょう」

「無謀だ、今俺についてくれてる者たちの力だけではひっくり返せない。それに俺は、王位を()りたいなんて思っては」

「エインリズ様、第三王子の婚約者。……気づいている者は少なくないです。その上で貴方の力になりたいと皆願っているのですよ」


 そば近いものたちには、見破られていたか。

 考えないようにしようとしながら、行動の原理はエインリズのためだった。彼女を目にする少ない機会では、熱い視線を送ってしまっていた。


「あ……ああっ……」


(欲しい! ほんとうは誰よりも、俺はエインリズが欲しい!! 何を捨てたって、どう後ろ指をさされたって、欲しいんだ!!! あの輝く娘が、屈託ない心が)


 他から指摘されて閉じていた心の蓋は外れてしまった。

 冷静な自分は勝てるはずのない戦だとわかっていたのに、万が一の勝利にかけたくなる自分を押しとどめることができなかった。


 ──エインリズ、お前を望んでみてもいいだろうか。


 希望へと歩み出した代償は大きかった。

 崖の上から、毒の海を見下ろした記憶は生涯()せないだろう。

 アークロッドは海中で動けず、時を止めて救いを待つことしかできなくなった。

 目覚めるたび変わらず棺から出られない現実。狂いそうなアークロッドの心の支柱は、記憶の中の、ビスケットの色をした髪の愛らしかったエインリズの姿だった。


(お前は、どうしているだろう。幸せに王太子妃になっているか? 成長したお前は、どんな女なのだろう? きっと誰よりも美しくなったに違いない。このままこの棺から出ることもできず、死ぬのなら一目お前を見たかった……)


 彼女を想い、心を落ち着けて魔法を掛け直し、また次目覚める保証のない眠りに微睡んでいき。


 そしてついに、アークロッドは解放された。

 脱出を阻んでいた毒海水は浄化され、棺が海上に出た。

 久方ぶりの陽光に眩みながら、目をしばたけば焦がれ続けた優しい髪色の美女が映る。

 窮地に遭っているようなので救えば、シャイフォム令嬢のエインリズに相違なく。

 愛しさを、押さえきれない。


(エインリズ、エインリズ、会えた。また会えた!!)


 これで運命に感謝しないわけがない。


 エインリズがアークロッドと結ばれるために巡ってきた運命に。


(もう俺は我慢しない、いつだってお前にまっすぐ向かう。堰き止めていた愛を捧げる!)


 ・:*+.


 かなり苦心して意識をエインリズから離していたせいか、やりすぎていたようだ。

 支援者たちと話し込んでいたうちにエインリズを見失ってしまった。

 彼女が手の届く範囲にいないだけで、身のうちが毒海水よりも穢らわしいものへと濁っていく。

 自分の知らないところで、彼女に何かあったら、あるいは他の男と話でもしていたら許せない。

 それが彼女にとって良い出来事だとしてもだ。


 アークロッドはつかつかと拠点の回廊を早足で抜ける、あの彼を惹きつけてやまない華奢で可憐な姿を求めて。


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