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2.攻略本未収録ルート


『俺様王子』ルートは攻略本(ガイドブック)未収録のルート。


 公式は沈黙を通し、話題になってもこのルートには一切言及しなかった。

 発見された『俺様王子』ルートはイレギュラーな選択のあとたどり着く、裏技的な……メーカー非公式のバグだらけルートなのだから。


「き、君。ずいぶんあっさり生贄を希望するな……絶望で知能が低下でもしたか」


 元婚約者の王太子はたじろいでいた。

 エインリズ自ら生贄を志願したのだから、当然だけれど。

 彼の隣にいる、エインリズに濡れ衣をかけた略奪令嬢ブリュンエットが笑って場を仕切り直す。


「この愚かしい元公爵令嬢が神への生贄として役に立つのですから良いではないですか、ね?」


 ヘミヴンの耳元に唇を寄せ、ブリュンエットはエインリズに対し、勝ち誇った表情をしてみせた。


(あーあー、さすが『エインリズ』に濡れ衣着せただけあって性格が悪どいわ)


 少し吊り上がっているが赤バラのような容姿。金髪と美しさを自慢にしたブリュンエットは、この泥棒騒ぎの黒幕である。

 彼女は惚れた男が王太子であったため、彼を裏から籠絡しエインリズに泥棒の罪を着せて合法的に抹消しようと狙ったのだ。


 本来のエインリズならばここで涙を一すじ流すのだけど、ゲームの俯瞰者(ふかんしゃ)としての視点を持つようになった今の彼女にとっては──馬鹿馬鹿しいったらなかった。


(お約束の、茶番劇よね)


 婚約破棄の場がしめやかに終わり、いくつかの選択肢を済ませた。

 エインリズは海辺に送られるまでの生贄の待機場所、教会の隠し部屋に閉じ込められた。


 粗末な木造の小部屋に一人きりになって。


(あーこの静けさ状況整理にはぴったりだわ)


『ドゥルロゼ』の攻略ルートや見聞きした情報を思い出し、最後の選択肢をしっかり確認する。


(あとはこの教会内の選択で、バグったルート入りできるはず……)


 真っ黒なローブを着て現れたのは正規ルートの攻略対象の一人である葬儀屋ロブロだ。


「哀れな子羊に惜別の花を、どれに致しますか」


 そうそう、こんなキャラだった、ロブロは前世のプレイ時に攻略した──執拗な愛で洗脳してくるヒーローだった、懐かしい。


 ロブロは攻略キャラだけある優美な仕草で、三本の花を取り出す。

 赤いリコリス、白いカサブランカ、黄色いチューリップ。

 ここでもエインリズは選択を待機した。


「青い薔薇を」


 時間切れでまで非選択で待機していると強制で決められる、第四の花を請う。

 

 デュデューデュラルルデューデューデュー。


 明らかに異常なワープ音に似た電子音が重奏で響く。


 バグだらけのルートの始まりだ。


 まず閉じ込められていた小部屋に異変があった。

 壁も床もルビーへ変質し、キラキラと赤く光を弾いているのだ。


「非実在を意味する青薔薇……これを望むあなたに祝福を」


 青薔薇を手渡したロブロはエインリズの前を横切り、躊躇いなく壁へ歩いていく。

 そしてそのまま壁にぶつかりそうになる。


「あ、あの。……ひぇっ!」


 衝突するかと思ったら、彼は吸い込まれるように消えてしまった。


 これぞ有名な壁突移動バグである。


(うへぁ、バグったってわかってるからいいけど、なかなかに不気味な光景ね)


 悪趣味な笑いが好きなネットの住人によって、この辺りのバグは「ツッコミどころ満載」と喜ばれ、まとめ記事が乱立したが、二次元だから笑えたんだとエインリズは感想を抱く。


 自分のいる世界が、立体でバグっているなんて、少し……気が滅入る。


・:*+.


 動かせないストーリーなんだから諦めはついていた。


 エインリズがいくら否定し自分の正しさを説いても、国王夫妻は王太子の主張する盗人疑惑を信じきり「仮にも公爵令嬢が……」とか言いながらさっくり貴族の身分を取り上げてくれた。

 まったく薄情な連中である。


 こうして、エインリズは海辺に運ばれて。

 身体を鎖で岩礁にくくりつけられてしまった。


 しかし動揺はない、これは生贄希望の選択肢に特有のイベントだから。呑気に構えている。

 海水は『綻び』に汚染されており、真昼なのに澄み切ったサンセットオレンジの色だ。足下で寄せては返している。

 魚も微生物もない綺麗な海水であるが、猛毒なのだ。

 触れれば命を奪う。


(今の姿の私にこんなむごいことをして死ぬのを待てるなんて。生贄準備に関わる者は良心が痛まないのかしら)


 平凡な容姿だった前世と異なり、『エインリズ公爵令嬢』は淡いビスケット色の直毛で妖精のように儚げかつ、壊れそう、庇護欲をそそる見た目をしているというのに。


 岩場の上からヘミヴンと……新しい婚約者に収まったブリュンエット、衛兵たちが見下ろしてくる。


 こんなところまでエインリズの死に様を見物に来るなんて。

 性根がねじ曲がっていてお似合いなカップルだ。

 エインリズを指差し、もう潮が満ちてきたから毒海水に当たって死ぬね、と二人して酷薄に笑い合っている。


(満ちる、満ちる……そろそろ。来た……!)

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