1.よろこんで生贄選択肢
「なんて見下げ果てた公爵令嬢だ、王家の宝物を盗んで売り飛ばしていたなんて。エインリズ、君の爵位剥奪を申請する」
「ヘミヴン殿下、待ってください! 誤解です。もっとよく調査してから……」
後ろ頭にトスっと、輝く銀矢が刺さった感じ。
この世界で、エインリズ=ハートロコルタ=シャイフォム公爵令嬢と定められていた彼女にとって重大な変化はとても静かに、変哲なく始まり完了した。
ホワイトオパールの遊色を持つ瞳、という設定の目を細め、エインリズはベラベラしゃべる王太子を見る。
「──不誠実と不親切、不信に挙動不審、不品行に不安定……窃盗を行った君にはもうそういう感情しか抱けない。以上をもって君を僕の婚約者には不適格とし婚約破棄とする」
目前には王太子ヘミヴン、つらつら語られる長台詞は……エインリズをなじり約束を反故にする言葉。
(ここは『ドゥルロゼ』ね! 今は……中盤の泥棒の濡れ衣を着せられてからの婚約破棄。……個別ルートへの分岐じゃない!)
公爵令嬢エインリズは、知った文言が並ぶ婚約破棄をBGMに、プレイ済みのR18乙女ゲーのヒロインに転生し、前世のことを思い出したと把握した。
(ゲームの世界に入りたいって、思ったことあるけど…………ドゥルロゼかぁぁ~)
人生を削るほど入れ込んだゲームはもっと他にある。
そのどれでもなく、記憶がやや曖昧なこのゲーム『ドゥルールロゼ~破綻しゆく世界と復活の聖女』なんて。
エインリズは盛大にため息を吐いた。
『ドゥルロゼ』は残念な乙女ゲームだった。
基本的には、健気で守ってあげたくなるエインリズが蔑ろにされた後、聖女の力に目覚め綻びて壊れていく世界を正してヒーローと結ばれる、ダークファンタジーだったのだけど。
エインリズは前世で攻略キャラ一人をクリアすると「イラストと世界観はよかったのにな」とパッケージに収め、棚に置いてそれきりにした。
唯一攻略したキャラは、執拗な愛に縛ってきてなんというか……それは痛々しいストーリーだったのだ。
(いや、あれはないでしょ。あの胃もたれしそうなエンド!!)
何度も攻略対象のために痛みに耐えエンドに行き着いたというのに、寄生させられた翡翠刺草が攻略対象と触れ合うたび痛みを与える、なのに攻略対象の洗脳めいた愛によって激痛と快楽に苛まされてすら幸せと感じるようになる、とかいうとにかくベストエンドでも薄幸だわグロいわな物語で。
攻略サイトを見ればどのルートもキャラが違うだけの金太郎飴、とわかったからそれでこのゲームは終わりにした。
世間の評価もパッとしなかった。ある時まで。
「この罪人め。僕は情け深いからな、君にいくつかの選択肢を与えてやろう。北塔への幽閉、僕の恋人の召使い、閉鎖病棟で死病患者の世話係、だ」
ヘミヴンが言い終わった途端、ピコンと音がし視界に選択肢がカブる。
(選択肢だわ!よかったぁ、これでやりやすい)
正直、ルート決定のための選択の記憶が曖昧で、ノーヒントでは希望するルート入りは厳しかった。
提示された三つの選択肢、どれも選ばずエインリズは沈黙を守り時を待つ。
選択を待機させておくと四番目の選択肢がでてくるから。
「どうした、どれも嫌だとか抜かすなら岩礁にくくりつけ海神への生贄にするぞ」
「ハイ! それでお願いします!!」
間髪入れずに生贄を選択した。
この選択肢は5秒で答えなければ消滅し、行き先がランダムで選ばれてしまう。
(よし! 消される前に最初の選択肢はいけた! ……私が救われるには『あのエンド』に行き着くしかないもんね!)
エインリズが目指すのは後々コアなファンによって発見された『俺様王子』ルートである。
このルートの存在で『ドゥルロゼ』は一時ネットを騒然とさせ、駄作とも言われた評価が「ハマる人にとっては至上」「俺様王子ルートのみ神」という評価に変わっていった。
ネット上の騒ぎを見てもエインリズは『ドゥルロゼ』をやり直す気にはならなかったけれど、まとめサイトで概要をみて笑わせてもらった。
それだけ、ネタが満載だったのである。
こんにちは、連載です。
全8話、本日夜21時代に完結予約しています。
よろしくお願いいたします〜。