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主役を探せ!

作者: 椎名里梨

***


一条いちじょうさま、本日はお招きいただきありがとうございます」

「ああ、よく来てくれたね。本橋もとはしくん」


 初夏の風が過ごしやすい夜。

 今日は資産家である一条家のご主人に招かれ、ホームパーティーに訪れている。

 何でもめでたい節目を記念したものだとのことだが、実はそのめでたい節目が何であるかは未だに教えてもらえていない。


「ゆっくり楽しんでくれたまえ」

「ありがとうございます」


 そう言って、一条さまは他の招待客の元にも挨拶に出向いて行かれる。

 相変わらずフットワークが軽い一条さまの動きを見ていると、本当に頭が下がる思いでいっぱいになってくる。


 ちなみにボクと一条さまの出会いは、何と居酒屋だったりする。

 何でも若い社員たちとのコミュニケーションを円滑にする方法を模索する中で、若者が好むスタイルを軒並み試すことを思い付かれたらしい。そして、一条さまは果敢にもお一人で居酒屋に足を運ばれる。その際、偶然相席したことがキッカケとなり、年の差こそあれど、気付けば資産家のご主人でもある一条さまと仲良くなっているのだから、人生は本当に乙なものである。

 何でも他人任せにせず、まず自ら動くことをモットーとしている一条さまの変わらぬ信念は見ているだけで、惚れ惚れするものがある。そして、そのフットワークの軽さと溢れんばかりのバイタリティーは、一条さまが築き上げてきた地位以上に魅力的な特質であると思っているし、そんな一条さまのことを尊敬している。だからこそ、一条さまからのお誘い(願い)を格が違うからという陳腐なプライドだけで拒絶することだけはしたくなかった。


***


 とはいえ、庶民中の庶民であるボクの志一つで、ホームパーティーが馴染んむ生活レベルの高い方々との集いにおいて生じる場違い感が消失するほど人生甘くはないものだ。

 自虐的な気持ちにならないこともなかったが、何故パーティーに行きたいと思ったのか。その理由を思い出すなら、自然と背筋も伸びてくるものだ。


「本日はお忙しい中、ご足労いただきありがとうございます」


 さて、予定の時間となり、ステージに上がられた一条さまの挨拶を皮切りに、会場の皆が一斉に一条さまの方向へ視線を向けられる。多くの視線が集まっても、一切動じることなく、時にはジョークも交えつつ、滔々と語る一条さまはまさに優雅さと風格を見事に体現している資産家のご主人と言えるだろう。


「この度、少しばかり趣向を変えて、パーティーの主役を探すゲームに仕立ててみました」


 適度な一条さまのジョークに会場が盛り上がってきた頃合いを見計らい、一条さまが謎を提起される。ざわつく会場なんて、お構いなしに一条さまは相変わらず滔々と語り続けられる。


「めでたい節目を記念していることは周知の事実です。ですが、今宵パーティーを開くキッカケとなっためでたい節目とは一体何か、ズバリ当てて欲しいのです。ちなみに、見事正解された方のために目録もご用意しております」


 一条さまがそう述べた瞬間、ステージ上で覆いかぶさっていた白い布を執事と思わしき男性の手によりパッと取られる。そこに現れた目録と書かれた大きな袋に会場中がどよめき始まる。目録にどよめく周囲の庶民的な動きが意外で驚いたのはここだけの話。


「ぜひ、お分かりになった方はステージまでいらしてください。そして、こちらのマイクでご自慢の推理を発表してください」


 そう言って、主人はニコニコしながら、両手をパンパンと二度ならし、更なる注目をステージに向けさせる。


「では、楽しいパーティーにならんことを。一条家一同願っております」


 いつの間にかステージに並んでおられた一条家の皆さんが、一斉に頭を下げる。会場中に大きな拍手が響き渡り、パーティー兼謎解きがスタートすることになった。


***


 さて、ステージに登場された一条家のメンバーはご主人、そして奥様の聡子さとこさま。娘の莉央りおさま、梨花りかさま、そしてご主人の母親であるハルさまの五名だ。

 一条さまが丁度還暦、聡子さまが五十七歳。莉央さまが三十五歳、梨花さまが二十三歳。そして、ハルさまが八十歳であると一条さまから伺ったことがある。そして、皆が早生まれの仲良しファミリーであることは、ネットにも度々書かれるほど、有名な話である。

 一条家は多くの会社を束ねており、一条さまの母親にあたるハルさまを始め、最年少者である梨花さまを除いた四人は会社の代表を其々務められている。ステージに登場した皆のスーツやドレスの色が、黒、赤、黄、青、白……と、見事に異なっていたのも、家族として調和より、其々の会社のカラーを意識しての選択ならば、自ずと納得がいくものである。


 一瞬、莉央さまも梨花さまも独身のため、婚約発表もあり得るかと考えてもみたが……他人を楽しませる必要性もない極めてプライベートな案件を遊び半分でネタにするような発表をするタイプのご主人ではない。一条さまの性格上、その路線の可能性はまずあり得ないと言えるだろう。

 最も婚約発表が真ならば、いくらハルさまが代表を務めている会社のカラーとはいえ、ハルさまが白いドレスをお召しになるわけもないはずだ。


 そういえば、一条さまからいただいた招待状に妙な一文があった。

 ドレスコードが【節目に相応しい装い】というざっくりすぎる一文にも違和感があったのだが、それ以上にボクが気になっていたのは【明度の高いカラーは避けていただければ幸いです】という一文だ。


 そもそも、パーティーの服装の色指定をしてくる際には、何かしら意図があるものだ。

 例えば、皆で統一感を出し、結束力を高めるとか。花嫁の衣装を際立たせるとか……。そこまで考えて、ハッとする。


「なるほど。そういうことか」


 ボクはようやく一条さまの意図を把握し、ステージに向かっていった。


***


「本橋くん、分かったのかね?」

「はい、バッチリです!」

「おっ? 憎たらしいほど、自信満々だね。じゃあ、聞かせてもらおうか。君、ご自慢の推理を」


 そう言って、一条さまからマイクを渡されるたボクに向けて、会場から訝しげなまなざしが一斉に向けられる。それもそのはず、主人以外の資産家との繋がりが一切ないボクにとってはアウェー極まりない場所なのだから。

 だが、ここで怯むわけにはいかなかった。ボクは一条さまのことを大切に思っているからこそ、一条さまが主催するパーティーを盛り上げたいと願ったのだ。動機はそれだけで十分すぎるくらいだろう。


「はい、この節目というのはハルさまが代表を務められておられます一条製菓創立百周年記念ではないでしょうか?」


 ボクの回答に会場中がどよめいていく。だが、ご主人である一条さまだけは一切、動じることなく粛々と司会をこなされていく。


「……何故、そう思ったのかね?」


 優しい一条さまのまなざしを受け、ボクは推理を披露する。


「招待状にヒントを混ぜられていましたよね? ドレスコードは節目に相応しい装いであり、明度の高いカラーは避けていただければ幸いであると。あのメッセージは、ボクたちに対するドレスコードとしても違和感がなく、【一条家】のメンバーの服装が【節目に相応しい装い】であることを示すヒントだったのではないでしょうか? そして、ボクも含めた会場にお集まりの皆さんが明度の高いカラーを避け、服装がグレー系で統一されることにより、ご主人の狙い通り、一条家のドレスの色に注目させるためだったのではないでしょうか? 最も注目されている事実などの前に、明度の高いカラーを避けて欲しいとの願いが書かれている時点で気付くべきでした。明度の高さをどこまで許容するかは個々によって振り幅が異なるものです。その中で、絶対に皆が避ける色は一色しかありません」

「その色とはいったい何かな?」

「最も明度が高い【白】です。個々の選択に多少のブレがあれども、最も高い明度の【白】だけは絶対に選ぶはずがないですからね。だからこそ、この問題は成立したのではないですか? 【白】を着ている、たった【一】人にまつわる節目の記念。つまり、【白】と【一】を組み合わせて成立する【百】がキーワードとなる、ハルさまが代表を務められている一条製菓創立百周年を記念した節目のパーティーになるというわけです」


 …………パーンッ!!  パンパンパーンッ!!!!


「え、え? え?」

「おめでとう! バッチリ、正解だよ!! 本橋くん!!」


 ボクの推理が終わるや否や鳴り響く大きなクラッカーの音にたじろいでしまう。どうやら、いつの間にか一条家の皆さんがステージ脇にお集まりしてくださっていたらしく、ファミリー総出で正解を祝福してくださる。


「凄いね、本橋くん。君、良く観察しているんだね。ところで誕生日とか、婚約発表とか、そっちは全く考えなかったのかい?」

「誕生日はないですね。一条家の皆さんが早生まれの仲良しファミリーである話は有名ですし。それに還暦のご主人ではなく奥様が赤色を召されておられましたし、歳関係は早くに除外していましたね。いくらハルさまが代表を務めておられる会社のカラーが白であるとしても、孫娘の婚約発表ならば、ハルさまが白いドレスをお召しになるわけがないでしょうし……」

「……し?」

「まず一条さまがそんなことされないと思ったんです。他人を楽しませる必要性もない極めてプライベートな案件を遊び半分でネタにするはずがないと。一条さまはいつでも他人を労う必要があるものでなければ、まず行動されない。だからこそ、娘さんにそんなことはされない。絶対に」

「ははは、本橋くんには参ったなあ……」


 そう言って、屈託なく笑う一条さまの笑顔にボクもつられて笑ってしまう。  本当はボクみたいな若造が、言うべきではない失礼な言葉もたくさんあったことだろう。だけど、一条さまは全て笑って受け入れてくださる。

 これから先も一条さまとの格の違いに悩むことはあるだろう。だが、収入も年齢も何もかも取っ払って、ボクという人物と対峙してくれる一条さまだからこそ、何より尊敬しているし、近付きたいと願っているのだ。その気持ちを忘れない限り、きっと一条さまとの友情はこれからも続くことだろう。


【Fin.】

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公と一条さんの温かい人柄が伝わってくるようでした。 [一言] 答えは分からなかったけど、楽しく読めました。ドレスの色を漢字にするなんて、思い付かなかったです!
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