釣り
その後、アレスまで使って荷物の中を探したものの、いくら探しても私の修道服は見つからなかった。
「――確かに見つからないな。」
「うう、やっぱり盗まれたのよ。」
一つ一つ荷物を確認していたアレスの言葉に、私はベッドの上で頭を抱えながら答える。
「無くしただけではないのか?」
「誰が無くすか!修道服を何だと思ってるの!?」
「す、すまない。」
つい熱くなり過ぎた私の言葉と熱量に押されて、アレスは少しばかり頬を引き攣らせながら答える。
「あれがあるか無いかで言葉の説得力が違うのよ。噓を押し通す手段がなくなっちゃうでしょ。」
交渉、脅迫、ペテン等々、まだ追放されたばかりのこの段階で私の使える手札がここまで減ってしまうのは非常にまずい。
しかし、アレスの反応は非常にドライであった。
「最早無い方が良いのではないか?」
「…………。」
私が無言で冷ややかな視線を向けると、アレスは小さく咳払いをして話を逸らす。
「確かに窓が開いていたとはいえ、ここは二階だぞ?少し無茶ではないか?」
「建物を登るなんてそう難しい事でもないでしょ。私ですら八つの頃にはできてたわよ。」
二階建て程度の建物であれば、コツさえつかめば建物の隙間や出っ張りに手や足を引っかけて数分とかからずに登ることができる。
なにより、全く魔力を持たない人間ならともかく、魔力操作や魔法文明が発達した今の時代、適性があれば身体強化なんて子供でもできる。
どうもこの男は自分以外の人間を舐めてる、というより必要以上に弱いものであると認識している節がある。
「そ、そうか。」
「それに、いまこの街では盗難事件が増えてるみたいだし、絶対間違いないわ!!」
微妙な反応を返すアレスの横で、私は今回の件を盗難事件であると断定して話を進める。
「とにかく、犯人を捕まえるわよ。」
「しかしどうやって?」
アレスの問い掛けに私は小さく鼻を鳴らして笑みを浮かべる。
「策は考えてあるわ。」
「…………?」
そして翌日、朝早くから私達は作戦を実行に移していた。
私が立っているのは町一番の大通りの中心にある朝一番からやっている小物売りの店だ。
「ありがとうございました!」
店主と思われる若い女性が元気よく私に頭を下げる。
元気がいいのも無理はない。一日が始まって間もないというのに、大きな売り上げを手にしたともなれば笑みが止まらないだろう。
「ええ、またよろしく。」
私はあくまで平静を装って返事をする。
「……ちゃんといるわね。」
振り返って私が周囲を見渡すと、近くの建物の屋根の上で気配を殺しながら周囲を警戒するアレスの姿があった。
「…………。」
互いの用意が完了している事を確認すると、私はたった今買った三つのブレスレットを腕ではなく腰のあたりに着ける。
これが今回の作戦だ。
あえて目立つお店で高価な装飾品を購入し、それを身に着けた状態で人ごみに入り込む。そして、それに手を出した人間を私自身とそれを遠目で見るアレスの二人がかりで捕まえるという算段だ。
「さて、この中に泥棒さんはいるかしら?」
宿代何泊分になるかも分からない高い買い物をしたのだ。いてくれなければ困る。
「…………。」
小さく息を吐いた後、私は覚悟を決めて朝の賑わいを見せる大通りへと足を踏み入れると、すぐに人の流れに乗って歩き始める。
「お、とと。」
しかしやはり慣れない人ごみの中で私はすぐに人酔いを起こし、横を歩く人間や正面からくる人間とぶつかってしまいそうになる。
「小さな町とはいえ、大通りはやっぱり混み合うわね。」
「……帰りたくなってきた。」
昔からこういう人ごみは嫌いだ。それに慣れるような経験もしたことがない私には、この空間はとても居心地が悪い。
「……わ、きゃ、ちょ!?」
直後、正面からくる人間を避けた先に立つ何かにぶつかり、それに跳ね返って私は周囲の人間に流され、一際人の集まる商店のような場所まで押し出される。
「もう、何なのよ!」
完全に嫌になってしまったその瞬間、私はふと腰に着けたブレスレットに触れると、とあることに気が付く。
「……っ。」
二つ盗られた。あまりにも自然に取られ過ぎて一瞬気付かなかった。
「アレスっ……!」
即座に私は視線を移すと、アレスは既に動き始めていた。
「見つけたのね。」
頷きだけを返して歩き始めるアレスを見て、私は安堵のため息を吐く。
人ごみに翻弄されていた私とは違い、彼はしっかりと犯行の瞬間を見ていたようだ。
「こっちね。」
アレスからのジェスチャーを受けて、合図の方向へと進んでいくうちに、私はすぐに怪しい動きを見せる人間を見つける。
「あれかしら?」
大通りを小走りで駆け抜ける少年のような影、妙に周囲を警戒している様子で路地裏へと消えていく。
私は気付かれぬように歩きから小走りに変化させて後を追う。
そしてしばらく路地を進んでいるうちに、少年は肩で息をしながら立ち止まる。
「はぁ、はぁ、う、うまくいった。」
そう言って少年がポケットから二つのブレスレットを取り出した瞬間に声を掛ける。
「――いってないわよ。」
「っ、ひい!?」
そういう反応をされると、こちらが悪い事をしているみたいになるから本当にやめてほしい。
恐怖を露にして振り返った少年の顔を見て、私はとあることに気が付く。
「貴方、昨日の……。」
昨日の夜、宿屋の近くですれ違った少年に似ているような気がした。
一瞬の出来事故、はっきりと覚えてはいないが、夜に子供が一人で出歩いている事を不思議に思っていたが為に、私はそれを思い出すことができた。
「わ、わわっ。」
「アレス。」
咄嗟に逃げ出そうとする少年の姿を眺めながら、私は短く下僕の名を呼ぶ。
「ああ。」
すると、先程まで屋根の上に居たアレスが飛び降りてきて少年の進行を阻むように着地する。
「ひっ、た、たすけ。」
尻もちをついて助けを懇願する少年に私は歩み寄る。
「ダメよ、こっちは色々盗られてるんだし、ただでは帰せない。」
「そ、そんな。」
少年の顔が絶望に染まっていく様に私の嗜虐心が疼くのを感じる。
「助かりたかったら知ってること全部話しなさい。」
「とりあえず、場所を変えましょ?」
少年の顔を見下ろしながら、私は出来る限りの笑顔でそう言い放つ。
怯え切った少年に言って案内させたのは、小さくてやや薄汚れたごく普通の家、この少年の住む家だ。
この子がなぜこんな真似をしたのかは分からないが、この子の所業を親が知っているのであれば親ごと詰所に突き出すし、関与していないのであればしっかりと説教してもらう為にここまで案内させたのである。
「ど、どうぞ。」
「鍵は?」
到着してすぐ、無警戒に開かれる扉と招き入れる少年の姿を見て私はふとそんな疑問をぶつける。
「盗むようなものは何もないので。」
少年はへらへらと自嘲気味に笑みを浮かべて答える。
「だとしても不用心過ぎない?」
「は、はは、そうですね。」
少年が慣れない様子で笑いながら扉を開けると、すぐに私達を招き入れる。
室内はやや暗いものの、四人掛けのテーブルがあるのみで、いたって普通、いや、少し散らかっているか、といったところで、特筆すべき事項は何もなかった。
「――あら、お客様?」
すると、部屋の奥の扉が開かれ、一人の女性が現れる。
ひどく痩せ細り、今にも折れてしまいそうな覇気のない女性、一目で何かを患っている事が分かった。
「ね、姉ちゃん!」
そんな女性の姿を見て、少年は驚いた様子で駆け寄る。
「お帰りなさい、クリス。」
「…………姉、か。」
突然現れた女性の様子に僅かばかりの違和感を覚えながらも、私はとりあえず話をする事にした。
「初めまして弟君の件で少しお伝えしたい事がありまして、親御さ――」
「――ごほっ。ごほっ。」
私が仰々しく頭を下げて自己紹介をした後、事情を話そうとした瞬間、女性は激しく咳き込みだす。
「姉ちゃん、駄目だよ寝てなきゃ!ほら、早く戻って。」
クリスと呼ばれた少年は慌てた様子で姉へと駆け寄り、その身体を支えながら隣の部屋へと押し出す。
「ご、ごめんね。」
「いいから、早く寝てて。」
申し訳なさそうな女性の言葉を遮りながら、少年はその扉を両腕で閉め、その動きのまま固まってしまう。
「ご病気?」
にしては何か違和感があるが、私はそれが何なのかを理解出来なかった。
「…………そんな感じ、です。」
私が尋ねると、少年はこちらに背を向けたまま明らかに覇気のない声で答える。
そう言う事なら無理はさせられないと、私は思考を切り替える。
「じゃあいいわ。親御さんは今いる?」
「……いない。」
小さな沈黙の後、少年は先程以上に元気のない声で呟く。
「お仕事中ね。じゃあいつ帰ってくるの?」
「……こない。」
「…………。」
なるほど、これは嫌な予感がする。
「父ちゃんは俺が小さい頃に魔物に食われて、母ちゃんは働き過ぎて去年死んじまった。」
これはどうやら無神経な質問をしてしまったかもしれない。
それを聞いた私はふと何気なしに背後に立つ男の方へと視線を向ける。
「…………。」
すると案の定、無言で放たれる男の視線が私に深々と突き刺さってくる。
分かった。分かったから黙って見てこないで。
「…………話を詳しく聞かせなさい。」
面倒な事に足を突っ込んでしまったという自覚を持ちながら、私は近くにあった椅子に腰掛ける。
少年は相変わらずこちらに背を向けたままぽつぽつと語り始める。
「……親、居なくて、それでも俺を育ててくれたのが姉ちゃんだったんだ。」
姉との会話を挟んだ影響か、口を開いた少年の口調はかなり砕けたものに変化していた。
「けどその姉ちゃんも少し前からあんな事になって…………。」
「だから俺がなんとかしなきゃダメなんだ。誰も助けてくれないから。」
少年は拳を力強く握りしめて呟く。
「働いて稼ぐだけじゃダメだったの?」
それに対し、私は当然とも言える疑問をぶつける。
「それじゃ全然足りないし、そもそも俺は働けない。若すぎるって。」
「だから盗品を売ってお金を稼いだってわけね。」
「……そうだよ。」
そう答える少年の背中は、目に見えるほどに無力感をにじませていた。
「事情は分かった。じゃあもうソレはいいから、どこかで売りなさい。医者代と薬代にはなるでしょ。」
「けど修道服だけは返しなさい。アレないと困るのよ。」
ブレスレットはもとより犯人を釣り出すために買ったものだ。解決したならもう必要ない。
しかし、修道服は別だ。あれは非売品だし、なくなると非常に困る。
しかし少年の反応は芳しくない。
「修道服、ってなに?」
少年は首を傾げながらそんな問いを投げ掛ける。
まだ幼さが残るような少年だ、言葉の意味が分からなくても無理もない。
「教会のシスターさんが着てるような服よ、昨日盗ったでしょ?」
私はなるべく丁寧に、イメージをしやすいようにそれを説明する。
「昨日、服?取ってないけど……。」
「……は?」
「……え?」
二人の声が交差する。その場に一瞬の静寂が訪れる。
「このガキ!この期に及んで隠そうとするか!」
瞬間、私の怒りが爆発する。
気付けば私は少年の胸倉を掴み上げていた。
「知ら、本当に知らないんだ!!」
「噓つけ!じゃあ、誰が取ったのよ!」
必死に罪を否定する少年に対して、私はさらに言葉を重ねて追求する。
「主君、ストップだ。姉君が起きてしまう。」
「……っ、もう!」
しかし直後にアレスに窘められ、私は行き場のない怒りをぶつけられずに胸の内に積もらせる。
「ほ、本当に知らない、昨日盗ったのもこれだし。」
私の言葉に焦ったのか少年は聞いてもいないのに、昨晩手にしていた麻袋を差し出してくる。
袋の内容は数多くの衣類、しかし、少年の言う通り、私の望む修道服はなかった。
「……確かに、袋は同じだけど、ないわ。」
「つまり、どういうことだ?」
私が肩を落とすと、アレスは眉を顰めながら問いかけてくる。
「お姉さんの服は、違う人が盗ったんじゃ……。」
「どういう事よ?」
少年の言葉に私は問いを投げ掛ける。
「俺、盗んだものは変なおじさんに買い取ってもらってるんだけど、売ってるのは俺だけじゃないらしいんだ。」
お店、ではなく個人を指していることから、恐らく買い手は非正規の物であることが予想できた。
「どういうことだ?」
私と同様、何か怪しいものを感じ取ったアレスは、短くそんな問いを投げ掛ける。
「俺以外にも、多分泥棒がいるかも。」
「…………っ。」
「ちょっと、ちょっと、話変わってくるわよ、ソレ。」
どうやら私の修道服はもうしばらくは返ってこなさそうだ。
次回の更新は明日の午後八時になります。
八月は毎日更新します!お楽しみに。