捨てられないもの
帝国を出た私達は、領土の外へと抜け出すため、アレスに抱えられながら静かな草原を駆け抜けていた。
「これからどうする、主君。」
私の下でそう問いかけるアレスの表情は、先ほどまでよりもかなりマシになってきた。
移動中、絶え間なく解呪の魔法を施し続けた甲斐もあり、視界が移り変わる速度が徐々に速くなっていく。
「一旦距離を取るわ。今あそこに事情を知ってる人間はいない。」
「容疑者として追われる可能性がある、ということか。」
私の答えに、アレスはその言葉の意図を読んで続ける。
「いいえ、十中八九追われる、ていうか多分もう追ってきてるわ。」
帝国からの追跡があるのは間違いない、だからここまで万全を期して体制を整えてるのだ。
「森が見えて来たな。」
そんな私の思考に割り込むように、アレスの声が響く。
「そのまま突っ込んで。」
現状追っ手の姿が見えていないとはいえ、このまま何もない平原にいるのはリスクが高すぎる。故に私は身を隠すのに都合がいいこちらの方向に逃げて来た。
「⋯⋯っ!」
「もういいわ、一旦下ろして。」
森の中へ入ると、私は一度アレスから離れる。同時に、アレスも速度を落としてゆっくりとした足取りで歩き始める。
「行き先は決まっているのか?」
「なんにも。まさかこうなるとは思ってなかったし。」
レジスタンスの介入は予測済みだった。そのためのアレスの使い方を考えて対策をしていたつもりだった。
しかし、今回の行動はあまりにも強引だった。
ルール違反を誘発して、暴走したところで足元を掬うつもりだったが、相手の無法ぶりを侮っていた。
「いっそ国外へ出るか?彼女が生きていればこちらの無実は証明できる。ほとぼりが冷めるまで距離を取るのは悪くないと思うが。」
「⋯⋯生きていたらね。」
モルドレッドの傷は腹部を貫通するように二箇所。
治療次第とはいえ、生存確率はかなり怪しい。
けれど、あそこには目撃者もたくさんいた、たとえ彼女が死んだとしても、いずれ私の無実は証明される。
「⋯⋯でも、そうね、一旦このまま西に向かって——」
私がそんな結論を出した瞬間、森の奥の平原からとある声が響く。
「——出て来なさいっ、ルシア・カトリーナ!」
声の主の正体にはすぐに気付いた。
私達はすぐに息を潜めて腰を下ろしながら進む。
「⋯⋯ローラ?」
何故こんなところにまで、彼女が来ている?
それに背後には騎士団の副団長までいる、何故この非常事態にこんな行動が許されている?
皇帝が許可を出した?あるいは⋯⋯。
「姉さんだけじゃなくて、モルドレッドにまで手を出したわね!?」
「⋯⋯絶対に許さないっ、これ以上なにも奪わせない、殺してやる!!」
なるほど、どうやら姉の件について、かなり勘違いをしているようだ。
それに、モルドレッドの事についても、私がやった事になっている。
話し合ったら誤解は解けるだろうか?
「⋯⋯はぁ、そんなわけ無いわよね。」
あの激昂した様子を見るに、この行動もおそらく独断専行なのだろう。
そんな状況の彼女にそれができるほどの冷静さが無いことは、一目見ればわかる。
姿を晒せば衝突は免れない。わざわざここまでやって、迎え撃つメリットはない。
それに、正直言って、今の私はベストコンディションじゃない。
身体は節々が軋むし、時折眩暈もする。兵士達との鬼ごっこや先ほどまでの暗躍で、残存魔力は全快時の精々六割程度。
意識を失ってから約五日。ほとんど休まず動き続けたツケが回ってきてる。
肉体も理性も、ここで戦うべきではないと言っている。
——けれど、だとしても。
「止まって、アレス。」
「⋯⋯っ。」
私の言葉に、彼は黙って足を止める。
「⋯⋯なんで毎回、無茶をしたがるかな。」
相も変わらずな自分のやり方に呆れを通り越して笑えてくる。
しかしそれよりも強く、私の脳内には、とある言葉が反芻していた。
——どうか…………あの子を…………。
直後、私は迷いを振り払って顔を上げる。
「作戦変更よ。アイツを⋯⋯迎え撃つわ。」




