表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/70

貫く漆黒


 長かった。


 策を重ねて、罠を張り巡らせて、精神を揺さぶって、ようやくここまで辿り着いた。


 足下で項垂れる貴族の男に視線を向けながら、吊り上がりそうになる口角を抑える。



「⋯⋯ルシア様。」



 するとそんな私の耳に聞き慣れた声が響く。


 顔を上げると、少しばかり眉の下り、安堵が滲む表情を浮かべる騎士の姿があった。


 視線が交わるその僅かな時の中で、私たちは互いに作戦の成功を称え合うように小さく首を縦に振る。




「モルドレッド卿。連れて行ってください。」



 そして即座に業務モードに切り替えてそう言い放つと、彼女もつられるように表情を凛と切り替える。



「⋯⋯ご協力、感謝します。」



「拘束してください。」



 私の言葉に頭を下げながら感謝を述べるモルドレッドは周囲の騎士達に指示を飛ばす。





「——それはちょっと困るかなぁ。」



 しかしその直後、私たちの耳に幼い声が響き渡る。




「⋯⋯なっ!?」



「ルシア様!!」



「⋯⋯ッ!?」



 声に反応した瞬間、私の身体は振り返るよりも先に強い衝撃に押し出される。


 突き飛ばされ、揺れる視界の中で鈍い音と鮮やかな紅が広がる。



 血?攻撃?



 一体誰が?



 そんな思考よりも先に、私の口は言葉を吐き出す。




「⋯⋯っ、モルドレッドっ!!」




 裏返るような声が広場に響き渡る。


 私は咄嗟に回復魔法を手にして駆け寄る。



「⋯⋯うぐ、あ。」



 治療のために手を伸ばすと、鎧を貫通して肉体を貫かれた彼女の身体から血液が滴る。



「⋯⋯あらあら、外しちゃったあ。」



 背後から響く、挑発するような、蔑むような耳障りな声。今度はハッキリとわかる。




「⋯⋯っ、アンタは、ベロニカ!?」



 彼女の名を呼ぶと、見上げた先、城壁の上ではドレスを纏った赤髪の少女が笑みを浮かべる。



「やあやあ、久しぶり、聖女サマ。」



「何をしにきたのかしら?」



 その幼さに見合わない悪辣な表情で手を振る彼女に、私は薄ら笑いを浮かべて問いを投げる。



「⋯⋯ボスの命令でね。回収しに来たんだ。そこにいるパトロンをね。」



 帝国の中心で、騎士達に囲まれている中で、それでも余裕を崩さないベロニカは、足を組みながら動揺するザイオンを指差す。



「⋯⋯さあ、ついておいで。ザイオン・グランツ、君にはまだ利用価値がある。」



「⋯⋯お、おおお。」



 希望の光が見えたのか、ザイオンは差し伸べられた手を伸ばそうと立ち上がる。



「——ラスティ・ネイル」



 それを断ち切るように私は攻撃を挟み込む。


「⋯⋯っ!?」



「うおっと、なになに?」



 咄嗟に手を引いたザイオンが尻餅をつくと同時に、全く危なげもなかったベロニカがわざとらしく反応してみせる。




「行かせるわけないでしょう?」



「そう、なら本当に邪魔するんだね?」


 瞬間、彼女の雰囲気がガラリと変わり、ドス黒い殺気を放つ。



「ええ。貴女が私の大切なものを邪魔する限り、何度でもね。」



 せっかくここまで来たんだ。私の復讐も、矜持も、こんな訳のわからない人間に邪魔はさせない。



「⋯⋯残念だよ!聖女サマ!!」



 直後、私の眼前に紫色の蔦のような力の塊が、牙を向くように襲い掛かる。




「⋯⋯ダメ、です。ルシア、さ——」



「——黙ってて。」



 私は制止するモルドレッドに治療の魔法を掛けながら、片手で障壁の準備をする。




「行くよ、ドールブラッド!」




 彼女の背後から現れた人形が、紅の眼光で魔法を放つ。




「アンバーレイ!」



 私は瞬間的にモルドレッドから手を離して、魔法の障壁を展開する。


 二人分の肉体を守るための大きめの障壁、いつもよりも守備力を下がった魔法で私は迎え撃つ。




「そんなペラッペラの盾で、何ができるのかなぁ!?」



「「⋯⋯ッ!!」」


 その懸念通り、彼女の攻撃は私の障壁にあっという間に亀裂を入れていく。



「うぐっ!?」



 強い。想定よりもはるかに。



 このままでは数秒と持たない。



 速力も破壊力も致命的。回避か、防御の再展開か、私の思考は選択を迫られる。



 そうして私の守りが破られる瞬間、視界の端で何かが瞬く。



「⋯⋯ッ!!」



 直後、世界を裂くほどの轟音と共に衝撃波が戦場を横断する。



「⋯⋯なっ!?」



 私の横を駆け抜けて吹き荒れる暴風は、城の外壁に衝突して大地を揺るがす。


 私にはそれが何なのか、すぐに理解できた。




「アレス!」



 その名を叫ぶと同時、背後からゆっくりと私の下僕が歩いてくる。



「待たせたな、主君。」



 瞬間、周囲の空気が一気に引き締まる。


 これが戦場に現れた英雄かと思い知らされる。



「⋯⋯っ、遅いのよ!」



 ギリギリだったが間に合った。


 私は思わずそう叫ぶと、アレスは苦々しい笑みを浮かべて隣に立つ。



「悪い、想像以上に手間取った。」



 前を見据えて答えるアレスの視線の先には、舞い上がる土煙が映る。



「⋯⋯っ、くそっ。」



 煙を振り払い飛び出したのは、先程までアレスに任せていたバルタザールの姿であった。


 つまり、途中で聖女の祝福は切れていた。にも関わらず、ほぼ無傷で乗り切ったという事だ。



「⋯⋯⋯⋯噂以上だね。アレス・イーリオス。」



 攻撃の手を止めていたベロニカは初めて忌々しそうな表情をこちらに見せる。



「⋯⋯悪い主君、魔法を頼んでもいいか?」



「⋯⋯ちょっと待って、治療が⋯⋯。」



 アレスは聖女の祝福の要求をしてくるが、私はモルドレッドの治療で手一杯であった。


 脇腹を二箇所、貫通するように貫かれた彼女の身体は、想像以上に止血が難しかった。



「⋯⋯分かった。容体が安定したら言ってくれ。」



 私の声で状況を察したのか、アレスは深く息を吐き出して視線を前に戻す。



「⋯⋯アレス、イーリオス。貴方が⋯⋯。」



「喋るな。傷に障る。」



 初めてアレスを目の当たりにしたモルドレッドは、震えた声でその名を呼ぶが、即座にアレスが静かに諌める。



「⋯⋯がふっ。」



 彼の言葉の通り、直後にモルドレッドは口に溜まった血液を吐き出す。



「バルタザール、ボコボコにされたね。ウケる。」



「⋯⋯話が違う。アレス・イーリオスは呪いで弱体化してるはずでは無かったのか?」



 一方であちらは、愉快そうに笑うベロニカの軽口を、バルタザールが忌々しそうに返す。



「⋯⋯知らないよ。文句はボスに言って。」



「⋯⋯どっちにしろ、今がチャンスじゃない?お荷物がいっぱいだよ?」



 そして二人の視線も同様にアレスへと降り注ぐ。



「チャンス、か。面白い。」



 その言葉を聞いた瞬間、アレスの雰囲気はガラリと変化する。




「⋯⋯やれるものならやってみるといい。」




 直後に強烈な殺気が周囲に広がる。



「「「⋯⋯っ!?」」」



 地面ごと震えるような錯覚。



 背後にいる私ですら息が詰まる感覚が空間を支配する。


 味方として、今の状況を知っていてなお、彼が負けるイメージが浮かばない。




「⋯⋯ははっ、刺激的じゃん!!」



 しかしベロニカは、その殺気に反応してボルテージを上げていく。



「⋯⋯ふん。」



 一方で、その背後に立つ男はどこか冷めた様子で踵を返す。


 どういう事?


 対照的な二人の行動に、私は眉を顰める。



「どうしたのバルタザール?」



 間の抜けた幼女の問いに、男は舌打ちを返す。



「撤退だ。これ以上はメリットと釣り合わない。」



「⋯⋯は?逃げるわけ?」



 あまりにもあっさりとした判断に、私は思わず挑発の言葉を投げる。



「ザイオン・グランツ、その男にアレス・イーリオスと戦ってまで執着する価値はない。」



「⋯⋯なっ!?」



 その言葉に真っ先に反応したのは、私たちのさらに奥で腰を抜かしていたザイオン本人であった。



「⋯⋯怒られないかな?」



「前提の話が違う、非があるのは彼女の方だ。」



 あちらはどうやら意見が分かれている様子だ。


 状況的に正直かなりありがたい。そして同時に、私は彼らの会話に聞き耳を立てる。



「⋯⋯彼女、ね。」



 話の流れ的に、おそらく彼らのボスのことだろう。


 決定的ではないが、確かに必要な情報だった。


 しかし、そんな情報収集も程なくして終わる。



「まあいいか。」



「⋯⋯ま、待ってくれ、置いてかないでくれ!」



 あまりにもあっさりと、それでいて鋭い判断に、ザイオンが抗議の声を上げる。


 しかしそこに返ってきたのは、少女の悍ましい笑顔だけだった。



「バイバイ!」



 そんな言葉と共に周囲に闇の竜巻が舞い上がると、二人の姿は瞬きの間に消えてしまう。



「⋯⋯あ、ああ。」



 一人取り残されたザイオンは、絶望の表情で崩れ落ちる。



「⋯⋯追うか?」


 周囲が騒然とする中で、唯一アレスだけが冷静に問いを投げてくる。



「いいえ、意味ないわ。」



 私たちの今回の目的はあくまでザイオンの破滅。これ以上追ったところで、メリットがない。



 撤退してくれたのなら、あとは目の前の彼女を死なせないように治療するだけ——



「——こっちだ!」



 私の思考を割り込むよう響いたのは、先程まで私を追っていた帝国の衛兵たちの声だった。



「⋯⋯っ、主君。」



 徐々に集まってくる兵士たちを前に、アレスは私に指示を仰ぐ。



「⋯⋯待って、まだ。」



 治療が終わらない。傷口が深すぎる。



「⋯⋯行ってください。大丈夫、ですから。」



「⋯⋯モルドレッド。」



 彼女はそう言っているが、大丈夫なわけない。このまま放置したら、本当に⋯⋯。



「あり、がとう、ございます。主に情けをかけていただき⋯⋯。」



「⋯⋯すまない、行くぞ、主君。」



 しかし時間は待ってくれず、意を決したアレスが私を抱え上げて駆け出す。



 徐々に遠ざかるモルドレッドの身体に、私の回復魔法も途切れる。



「⋯⋯っ、脇腹が貫通してる、ミーティアかアグネスを呼んで!治療させなさい!!」



 この際なりふり構ってはいられない。私は可能な限り治療を途切れさせぬよう、その場にいた全員に届くように状況を伝達する。



「⋯⋯っ。」



「⋯⋯死んじゃダメよ!モルドレッド!」



 高速で移り変わる景色の中、私は張り裂けんばかりの声で叫ぶことしかできなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ