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ご機嫌よう?


 ほんっとうに疲れた。


 ザイオンを追い詰めるためのビラ配り、騎士団との追いかけっこ、逃走経路の確保と、これからの作戦に向けた下準備。



あと、ついでの人助け。


 やることが多すぎる。けど、その成果は如実に出た。



「さて、と。」



 今私が立つのは、なんてことの無い民家の屋根の上。


 普段の帝都であれば、こんな所に居ればあっという間に騎士団に目を付けられて声を掛けられるだろう。しかし、今はアレスとバルタザールの戦闘と、私のばらまいたビラの影響で帝国は混乱状態。


 とても建物の屋根の上にまで意識を向けられる状態ではない。




「…………さて、ここからが私の仕事ね。」



 そんな状況で私の掌で輝くのは、小さな一つの宝石。対となるもう一つの宝石と魔力的なつながりを形成する、ただそれだけの宝石。様々な魔道具に利用される素材の一つ。けれど、素材のままなら魔力の繋がりを生むだけの磁石の亜種みたいなもの。


 けれど、仮に「魔力の繋がりを感知できる魔道具」のようなものが近くにあれば、使い方次第でそれは遠距離から特定の物の位置を知覚できる目印になりうる。


 そう、ルクローズ領の事件でエイーラ様からもらった魔道具があれば。



「よし、ちゃんと動くわね。」



 そう言って私はバッグの中から腕に合わない大きなブレスレットを取り出す。半分忘れていたとはいえ、どさくさに紛れて借りパクしていたこれがまさか役に立つとは思わなかった。



「さ、あの時は使わなかったけど、ちゃんと働いてよ?」



そんな軽口を挟みながら、ブレスレットを装着する。



 瞬間、私の視界には手元から延びる赤い線状の光が、視界の中心から延びる。



 この光こそ私とモルドレッドが持つ対の赤い宝石の繋がりを示す光であり、その光は帝都の中心にある城へと一直線に伸びていた。



そして周囲をぐるりと見渡すと、もう一つ、見慣れた琥珀色の光が目に映る。



 その光は私の心臓辺りからどこか遠くへ延びる光。これが私とアレスの繋がりを示す「聖女の祝福」の光だ。



 あらゆる魔力の繋がりを追跡できる、とは言われていたものの、作戦の邪魔にならない程度なのは既に実験済み。ついでにアレスの様子も確認できるのだから一石二鳥といったところだろう。



「充分、あとは……。」



 ここまで状況を整えたうえで、私が最後に取り出したのは、一張の弓。



 弓を射るのなんて十年以上ぶりではあるが、こんなものまで引っ張り出したのにはもちろん理由がある。



 弓に番える矢に巻き付けられた一枚の紙、つまり矢文なわけだが、これ一本を届けるための準備がここまでのすべてであった。



届ける相手は当然決まっている。




――目を閉じ、小さく息を吐き出す。




「さあ、食らいなさい。ザイオン・グランツ。これが聖女様の裁きの一撃よ。」



 直後、私は弓を引き絞りながら、ありったけの魔力を腕に込める。


 肉体に満ち満ちていく魔力が私の貧弱な筋力を底上げし、頑強な弓が悲鳴を上げる程に力が込められていく。


 震える照準を視界に映る赤い線へゆっくりと重ねる。



「――はぁ!!」



 そして撃ち放たれたその一射は、遥か彼方、帝国領を横断し、空を割きながら飛翔する。


 そしてその一撃が狙い通りの的に直撃すると、私は小さく息を吐き出して弓を下ろす。


 久しぶりとは言え、ここまで完璧な一射を射れると、なかなかに気持ちがいい。



「昔っから、これだけは得意だったのよねぇ。」



 剣以下の速度で飛ぶ魔法以下の威力のただの弓なんて、普通に撃っても戦いの役にはほとんど役に立つものではないが、あまりにも見事な一射に思わず声が上ずる。


 多少気分が良くなりつつも、私はすぐに意識を切り替え、淡々と次の準備へと移る。




「さ、次はもう一回、貴女の番よ。」



 誰に届くはずもない呟きを吐き出した直後、私は紅の宝石を宙に放り投げる。



「ラスティネイル」



 そして、空を飛ぶ宝石が琥珀色の魔法によって砕かれる。


同時に、視界に映った赤い線の光が拡散して一気に消えていく。


 これが私から彼女に送る合図だ。



「⋯⋯ん?」



 それと同時、私の心臓から伸びていた琥珀色の光も消える。



 聖女の祝福が切れた?



 そんな違和感を口にしながらも、私は思考を即座に切り替える。



「⋯⋯頼むわよ。英雄。」



 そして魔道具を腕から外して視線を再び城の方へと向ける。



「さあ、第二段階。行こうかしら。」



 同時に、私は身に纏っていた服を脱ぎ捨てる。






――――――



 それとほぼ同時刻。


 帝都の中心、城内のとある一室では、華やかな装飾には似合わない乱暴な音が響く。



「…………くそっ!」



 そう叫びながら金の装飾の為された椅子を蹴り上げたのは、ルシアのターゲットとされたザイオン・グランツであった。


 皇帝より直々に待機を命じられ、監視付きで客室用の一室へと閉じ込められた彼は、一人取り残された部屋で動揺に揺れていた。


 そんな中で彼の脳内に渦巻くのは、自身を裏切った弟への怒り、生意気な女騎士、そして、いつまでも自身の目論見を打ち砕く腹黒聖女への憎しみであった。



 握りしめる拳は激しく震え、ふつふつと湧き上がる怒りはその眼を激しく揺らす。



「……どうする、どうしたらいい!?どうしてこうなった!?」



 しかしそんな怒りはいつまでも続くことはなく、広い室内にとりとめのない言葉が響く。


 レジスタンスに出した目撃者であるルシア・カトリーナ殺害の依頼は今、帝都に混乱をもたらしている。


その混乱の中で、彼女がばらまいた新聞が自身を追い詰めている。


 このままでは確実に自身の悪事は白日の下に晒される。


 これほどまでに完璧にこちらの行動を利用して追い詰めてくる聖女の狡猾さに苛立ちを募らせながら、同時に、真綿で首を締められるような恐怖がザイオンを追い詰める。




「……っ!?」



 直後、ずどんと室内に響く鈍い衝撃音が、彼の心臓を跳ね上げる。



「な、なんだ!?」



 息を呑むと同時に、視線は音のなったバルコニーの方へと反射的に動く。


勢いのままに音のする方へと駆け、バルコニーへ飛び出す。


彼の視線は真横の壁に突き刺さる一本の弓を捉える。



「…………こ、れ…………は?」



 動揺し、身じろぎしながら半歩下がった直後、ザイオンはそこに結びつけられた紙の存在に気が付く。


 それを手に取り、目を通したザイオンは、強く歯を食いしばる。


 そこに書かれた内容は、グランツ家とギルバート家のパラダポピィとロスリリィ、二種の花の交易の証書と、端の方に小さく書かれた「ルシア・カトリーナ」の署名のみ。


 ただそれだけの内容。しかし、それだけの内容がザイオンにとってはこれ以上ない程に重たい意味を持っていた。




「…………っ、く、このっ……!」



 つまりそれは、ルシア・カトリーナが帝国に対する反逆行為の証拠を所有しているという事。


 つまりそれは、ルシア・カトリーナが自身の領土に於いてこの証拠を手に入れたという事。


 つまりそれは、裏切者の弟が裏でルシア・カトリーナと繋がっているという事。


 身内への協力を仰げない中で、ルシア・カトリーナという天敵に、魔物に対する秘密裏の研究と、レジスタンスとの繋がりという、反逆罪の証拠を握られているという事。


 瞬間、彼の視界は一気に歪み出す。



「う、あ……。」



 どうすることもできない、どう足掻いても、避けられない絶望にめまいがする。


 そんなザイオンの意識に強く割り込む声があった。



「――聞きましたか?あの件。」



 噂話のような声色でありながら、妙に強く響くその声は混沌とした思考を切り裂いてその意識を引き付ける。


 そして、その声に追従するように若い男性の声が響く。



「ええ、グランツ家の国家反逆容疑の件ですよね?」



「…………っ。」



 想定外のタイミングで放り込まれた言葉が、再びザイオンの心臓を締め付ける。



「なんでも、当主代理のマルコス様から、直々の証言があったそうで。」



「ご本人からのものですか?」



 そんなザイオンの動揺を知ってか知らずか、彼らの会話は流れのままに進んでいく。



「ええ、どうも兄であるザイオン様の悪事に耐えられなくなったそうで……色んな証拠や証言をすでに提出済みだとか。」



 首に添えられた手の力が一気に強くなる。



 突き付けられた刃が一気に眼前まで迫る。



――そんな感覚。




「…………はぁ、はっ…………はぁ……!!」




 呼吸が速くなる。


 視界がぐにゃりと曲がって激しく揺れ動く。


 全身から力が抜けていく。




「ほう、ですが先程追及されたばかりと聞いてますよ?」



「証拠隠滅を防ぐために先手を打っていたらしいですよ。なんでも、もう証拠はとっくに全部揃っているとか。」



 想定外に重なる想定外が、思考の余裕を奪っていく。



「早ければ明日にでも、いや、もう実は提出されている可能性も……。」



「そ、そんな…………バカなっ…………!」



 腰が抜けた状態で、ずるずると引き下がっていくザイオンは、声にならない声を上げる。



「そうなれば証拠次第では即日処刑もあり得ますよね?」



「しょ、処刑!?」



 そして、徐々に明瞭となり始めた末路が、一気に現実として彼の眼前に現れた。




「ええ、あるいは今日にでも……。」






「ああああああああ!!」



 それを聞いた瞬間、ザイオンは、駆け出していた。


 どたどたと扉を押し開けて廊下の奥へ駆け抜けていく足音が周囲に響く。



「……っ、行きましたか。」



 それを聞き届けた噂の主は、モルドレッドであった。


 ザイオンが監禁されていた部屋の直下に広がるバルコニーで、息を潜めていた彼女の言葉は、冷静さを失ったザイオンをさらに追い詰める作戦での為の行動あった。


 そして、それが上手くいったことで、彼女は胸を撫で下ろし、息を吐く。


そんな彼女の目の前で、静かな笑みを浮かべる男が口を開く。



「――こんな感じで良かったです?」



 直後に彼女の心情とは対照的な緩い声色の問いが飛ぶ。



「ええ、ありがとうございます。……クシャト様。」



その声に振り返ると同時に、彼女は声の主である青年、クシャト・アルテリアへと頭を下げる。



「まさかザイオン様を追い詰める最後の一手が精神攻撃とは、貴女もなかなか性格悪いですね。」



 張り付けたような笑顔と、どこか興味のなさそうな眼をしていながら、青年は芯を食ったような言葉を紡いでいく。


 そんな言葉を前にモルドレッドは、言葉を一つを飲み込んで、複雑な表情を浮かべる。



「…………誉め言葉と受け取っておきます。」



 そんな彼女の表情を見て、クシャトは表情を変えぬまま話題を変える。




「というか、これ絶対裏に彼女がいますよね?」



 一瞬、モルドレッドの呼吸が止まる。


 しかし、飲み込んだ空気を吐き出して、すぐに切り替える。



「…………まあ、分かりますよね。」



 協力を申し出た時点で、ルシアから協力するように指示を出された時点で、モルドレッドはこうなる事は想定していた。彼女・・がある程度人となりを理解している相手という事は、その逆もまた然り。


少しばかり不意打ちのような形で言われたとはいえ、冷静さを失うほどの事ではなかった。




「まあ、今回は貸しにしときますよ。貴女ではなく、彼女の方にね。」



 しかし、動揺を収めたばかりのモルドレッドへ、クシャトは冷たい笑みを浮かべながらそんな言葉を投げる。


 瞬間、彼女の背にゾッと冷たいものが走る。


 恐怖ではない。しかし、腹の底が読めない不気味さが心の奥に引っかかる。



「今更ですが、何故メリットの無い作戦に協力を?」



 そこに導かれるように、彼女の口はそんな問いを投げ掛けていた。


 しかし、返ってきた答えは、想定したよりもずっとシンプルであった。



「この貸しを使って、もう一戦したいのでね。全力の彼と。」



 どこか遠くを眺める目が、強い熱を映し出すその姿に、青年の強い感情を汲み取る。


 恐らく彼女もまた、こうなることが予想できていたのだろうとモルドレッドは理解する。




「とにかく、ありがとうございます。」



 そんな彼へ深く頭を下げると、モルドレッドは会話によるロスを埋めるように駆け出していく。


 庭園を抜けて、長い廊下を進む。


 すれ違う貴族たちが、彼女の必死さに眉を顰めて道を譲る。



「…………っ。」



 そうして進んだ先に。彼女は一つの人だかりを目にする。



「……ザイオン様!?」



 視界の先には監視の衛兵に捉えられ、激しく身なりが乱れた情けない男の姿があった。



「わ、私は、違うんだぁ!!」



 慌てふためき、言葉を詰まらせながら首を横に振る姿は、伯爵家の人間とはとても思えない惨めさが滲んでいた。



「落ち着いて下さい!どうされたんですか!?」



 そんな彼をなだめる声すらも、ザイオンは、拒絶して抜け出そうとする。


 耳を裂くような絶叫と、鈍く響く床を蹴る衝撃が周囲に野次馬を引き寄せていく。




「私は騙されたんだ!あの女にっ!」




「いったい何を!?」



 ザイオンと兵士たちの嚙み合わない会話。その中にモルドレッドは深く息を吐き出した後、毅然とした態度で割り込んでいく。



「ザイオン様、それは、レジスタンスとの関わりを認める、ということでよろしいのでしょうか。」



 あえて強い言葉で、核心に迫るように言葉を投げる。




「……っ、黙れぇぇぇぇぇぇえぇ!!」




 すると直後に目を真っ赤に血走らせたザイオンの叫びが一際強く周囲に響き渡る。


 同時に、野次馬の中から投げ込まれた小さな球体が、現場の中心に転がる。



「……っ!?」



 一瞬遅れて球体から黒い煙が巻き上がる。不自然に広がるひどく濃い黒煙がザイオンやそれを取り押さえていた兵士達を包み込んでいく。



「ごほっ、これは煙玉!?」



 突然の介入にせき込みながら周囲を見渡してそれを投げ込んだ犯人を捜そうとするが、モルドレッドの思考は即座にザイオンへと引き戻される。



「…………っ、しまった!」



 廊下一面、視界いっぱいに広がる黒煙の先で、一人自由となったザイオンがふらつきながら逃亡する姿が映る。



「くそっ、追ってください!!」



 そんな叫びは、混乱する兵士たちの対応をわずかに遅らせる。


 動揺する彼らの姿を見て、彼女は一瞬の逡巡の後、自らの足を動かす。


 先ほどの煙玉から舞い上がった黒煙は、どれだけ進んでも追いかけてくる。途中すれ違う人間は、その煙を火災によるものだと勘違いした様子であり、混沌と化した人混みが追跡の足を引っ張る。




「…………っ。」



 そうしてザイオンとモルドレッド城の外にまで飛び出す。日の光を浴びながら目を細めるモルドレッドが目の当たりにしたのは、肩で息をしながら立ち尽くすザイオンの姿であった。



「き、さま……は……っ。」



 彼の視線を追って視線を上げると、城の門の奥、正面の建物の屋上には、逆光に照らされ、強烈な悪意を孕んだ一つの影が、そこに立っていた。




「――御機嫌よう、ザイオン様?」




 窮地に立たされた悪徳貴族の前で、腹黒聖女の純黒の笑顔が異様な輝きを放つ。


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