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神判の時・後


 しばしの沈黙の後、それを破り先に口を開いたのはザイオンであった。



「…………どういうことだ。」



 震えた声に乗った問い掛けが玉座の間に響く。



「そのままの意味です。本当にレジスタンスとの繋がりが無いのであれば、私の根拠を否定できるはずです。」



 対するモルドレッドの言葉はどこか迷いの振り切れた強さがあった。しかし同時に、わずかな震えが恐怖を滲ませる。



「……。」



 聖女の筆頭であるアグネスはその心情を推し測り、彼女を静かに見守る。


 同時に、アグネスを含めた一部の人間は彼女の意図に気付いていた。


 これはいわば公開尋問、ザイオンの答えに矛盾があれば、極論レジスタンスとの繋がりが出なくとも悪事を暴くことが可能。つまり、先程までの嫌疑と証拠の提示はこの状況を整えるためだけの下準備だったと。



「…………続けろ。」



 そして皇帝もまたその意図を理解しながら、暗にそれを許可する。


 モルドレッドは皇帝へ小さく頭を下げてザイオンへと向き直る。



「ではお聞かせ下さい。貴方は五日前、大勢の私兵を連れて帝都の南へと出向いたとの記録がありますが、これはどのような理由があっての事でしょうか?」



 投げかけられた問い掛けにザイオンは息を呑む。



「…………個人的な理由故答えかねる。」



 絞り出すような答えが口から漏れる。


 この問いに答えられない事は、モルドレッド自身よく理解していた。それ故、彼女は追及の言葉を強める。



「新たな聖女であるスフィア様がレジスタンスに襲撃された出来事も記憶に新しい、このような国の一大事に、優先すべき私用があると?このタイミングでレジスタンスと接触したのでは?」



 この問い掛けはある種の賭けであった。


 事実に基づいて話せば、ザイオンはこの日、モルドレッドの主君であるローラと会っていた。もしもザイオンがこの時に何もやましい事がないのであれば、もしもザイオンがこの問いかけで開き直ってしまえば、この追及は主君であるローラにまで及ぶ。


 つまりこの問い掛けはザイオンがこの日、ローラと別れた後に何かがあった前提での追及なのだ。


 そして、その賭けの答えはザイオンの表情が雄弁に語っていた。


 歯を食いしばり、眉を強く寄せるその姿は、誰がどう見ても言葉を詰まらせているように見えたからである。



「…………っ、口を慎め!騎士風情が!!」



 直後、追い詰められたザイオンの怒声が飛ぶ。


 同時に、彼らの前に一つの影が割り込むように前に出る。



「では私からも伺いたい。どうか質問に答えて頂けませんか?」



 会話を断ち切って響く声の主はそれまで静観を決め込んでたアグネスであった。



「アグネス様…………。」



 突然の乱入にモルドレッドは言葉を詰まらせる。


 しかし、ザイオンの動揺はそれよりもはるかに大きかった。



「……ぐ、何故、貴女まで……。」



 騎士と貴族の舌戦に割り込んだ聖女の登場に、その場が静かにざわめきだす。


 アグネスは発言を許可するように片手を上げたまま、その視線を身体ごと皇帝の方に向ける。


 静かな頷きが返ってきた事を確認してアグネスは手を下げて視線をザイオンへ向ける。



「別にモルドレッド卿の肩を持つわけではありません。ただ、私は見定めたいのです、貴方が陛下にとってどのような存在なのかを。」



 あくまで自分は中立、そして最優先は皇帝陛下であると示した上で彼女はそう言い放つ。


そしてそんな宣告はつまり、「陛下の前で隠し事をするな」という、決して無視できない牽制となる。



「…………出過ぎた真似でしょうか?」



 言い終えると同時、アグネスは皇帝へと向き直る。



「……よい。続けろ。」



「…………っ。」


 許可と後押しを得たことで、モルドレッドは再びザイオンへ視線を向ける。


 小さく生唾を呑んだ後、彼女は口を開く。



「……お答え頂けますか?」



 静かに響く彼女の問い掛け。遅れて玉座の間には冷たい沈黙が流れる。


 隠すという手段すら取り上げられたザイオンには答える以外の道はなかった。



「……我が領地内にて、特殊な鉱石の存在についての噂があった。危険性の確認をする為先んじて調査を行いました。」



 長考の後、絞り出した答えをそのまま信用する者はいなかった。



「それについての報告は?」



 皇帝は即座に横に立つ宰相に問いを投げる。


 言葉よりも先に宰相は首を横に振る。



「一切ございません。」



 その場が凍り付く。


 ザイオンは即座に膝をついて皇帝の前に出る。



「…………っ、申し訳ありません!あくまで話は噂程度、そして何よりこの現状で陛下のお手を煩わせるわけにはと思った次第であり私の判断で対応を先送りにしてしまいました。」



「…………モルドレッド、続けろ。」



 苦しいながらも筋が通っている言い訳を聞き、皇帝は冷たい視線をザイオンへ向ける。


 一方で話を振られたモルドレッドは、この場面でザイオンが嘘を吐く可能性も当然考えていた。


 彼女は一切間を開けることなく更なる攻勢に出る。



「承知致しました。では重ねて伺います。貴方はその遠征によって連れ立った私兵のすべてを失ったとの記録がありますが、この理由は何ですか?」



 事前に準備していたデータを提示しながら、モルドレッドはザイオンの言葉を引き出していく。




「それは、魔物に襲われて…………。」



 準備など微塵もしていないザイオンができるのはそこにさらなる嘘を重ねる事だけであった。



「訓練された私兵を皆殺しにできるほどの魔物がいるのであれば、それこそ報告すべきだったと思います。一つの領地内の噂話とは話が違う。」



 ザイオンからの回答はルシアとの事前の作戦会議で完全に予測済み。故にあえて矛盾を突くような問いを重ねる。



「…………それも今報告書を作成中でして…………。」



「何より、それだけの被害を出した襲撃がありながら、貴方自身は五体満足どころか、傷一つないように見えますが。」



 目に見えて言葉が弱くなっていくザイオンをモルドレッドの言葉が追い詰めていく。



「…………。」



 直後、静かに話を聞いていた聖女のうちの一人が、唸り声ともため息のとも取れるような声を上げる。



「……ミーティア様?」



 唯一それに気が付いたスフィアが、隣に立つ声の主へと視線を向ける。



 そしてついに、ザイオンの口から、彼女が待っていた言葉が飛び出す。



「しょ、証拠は!?証拠はどこにあるというのだ!!今言ったのは状況的な推測でしかない、確たる証拠の一つもないではないか!」



 苦し紛れに放たれる言葉の常套句。ルシアが作り出してくれた切り札をぶつけるために待っていた言葉は、彼女らが予測していたものと一字一句違わずザイオンの口から飛び出す。



「ならば調査をさせていただきたい。あなたの仰っている事が正しいと証明するために、貴方の無実を確かなものにするために。」



「…………うぐっ。そ、それは…………。」



 疑問だから聞いている。疑惑があるから調べたい。この場においてその論理を否定できる人間は居ない。


 故に迷いなくその言葉を向けられたザイオンは言葉を詰まらせる。


 証拠隠滅。言い訳。ザイオンの脳内に様々な思考が渦巻いていく。


 そんな思考を吹き飛ばす為、モルドレッドは切り札を切る。



「勿論、領地内で運営を担当しているマルコス様にもすでに許可を得ています。」



 ルシアが仕組んだマルコスの籠絡。


 秘密裏に進めていた策、その事実にザイオンの思考が一瞬完全に停止する。


 直後、意識を取り戻したザイオンの表情が更に険しくなる。



「マ、マルコスがか!?そんなバカな!!」



 これまで共に領地運営をしてきた弟が自分の知らぬところで、自分の情報を提供すること。それは、紛れもない裏切り行為であった。



「マルコスぅ…………!!」



 身内の協力者を失ったことで、ザイオンは声にならない声と共に怨嗟を吐き出す。


 数々の疑いを並べ、ザイオンの回答から矛盾を引き出す。そして最後にマルコスの名前を使って調査を行い、ロストフォレストの研究所の件で証拠を引っ張り出す。


 レジスタンスとの繋がりという大きな話題そのものを囮とした、まさに追い込み漁。


 ここまでがモルドレッドが準備した作戦であり、腹黒聖女の描いたシナリオであった。



「それとも、何か見られて困るものがありますか?」



 止めを刺すようにモルドレッドは、最後にそんな問いを投げる。



「人員が足りないのであれば、私の担当の聖騎士も使って下さい。人数はそう多くありませんが、明日にでも派兵できます。」



 それに追従するように、アグネスが皇帝へと進言する。



「元よりザイオン卿には様々な嫌疑が掛かっています。魔物の大規模襲撃の件、ロストフォレストの研究所の件、ルシア・カトリーナ追放の件、それらの関わりについて今一度しっかりと検証するべきかと。」



 そして、モルドレッドは、その根拠を補強するように進言を付け加える。



 しかしその言葉で、とある人物が小さくと頬を吊り上げる。



「なるほどね。」



 そう声を上げた直後、彼女・・はゆっくりと人の波の後列から歩みを進める。



「…………?」



 同時に真横を通り抜ける人影にスフィアが疑問符を浮かべる。



「……陛下、よろしいでしょうか。」



 片手を上げて声を上げるのは暗い青髪をなびかせる小柄な女性。そう、その他大勢と共に最後まで静観していたミーティアであった。



「よい。」



 進言を許されたミーティアは小さく頭を下げた後、少し気の抜けたような声で言葉を紡ぐ。



「私はモルドレッド卿の意見に賛成です。全てとは言いませんが、今回の件以外についても一度しっかりと確認すべきです。」



「特に、ロストフォレストの研究所についてはヴィルパーチでの大規模襲撃との関連性も示唆されています。今後の国防の為にも、物事をはっきりさせるべきかと。」



 その言葉はモルドレッドの言葉に牽制を加えながらも、彼女の言葉を補強するようなものであった。


 二人の聖女からの鋭い指摘に、場が一気に引き締まる。そんな中、慌てた足取りでもう一つ、人影がその中心に飛び出す。


 それは三日前に帝都に来たばかりの新人聖女であるスフィア・ルクローズであった。



「わ、私もです。この先も国を守る同志として、疑いを晴らしておくことで、互い信頼して共に責務を全うできると思います。」



 その言葉は前二人の聖女のような疑いからくるものではなく、モルドレッドのような、ザイオンを追い詰めるためのものでもない、ただ純粋に国を想うものであった。


 そのたどたどしいながらも真っ直ぐな意見が、疑いで支配されていた空気を静かに変化させていく。



「…………。」



 一瞬だけ流れる重たい沈黙。


 しかしそれは皇帝の一言ですぐに収まる。



「よろしい、では調査を命じる。」



 その言葉に、真横で控えていた宰相が頷いてその場から離れる。



「…………し、しかし。」



 それを制止しようとするザイオンの言葉が得も言われぬ強烈な雰囲気にのまれて言葉を止める。





「――ザイオン・グランツ」




 時間が止まるような感覚と共に、皇帝の言葉が落ちる。



 背筋が凍り、脂汗が額から滲む。



 そんな状況の中で、ザイオンは乾ききった口を開く。



「……っ、はいっ!!」



 間の抜けた情けない声が玉座の間に反響する。




「次はないと言った筈だ。」



 それは、もはや最後宣告にも等しい言葉。



 冷酷で有無を言わさぬ皇帝の最後の慈悲ともいえる言葉であった。



「…………申し訳、ありません。」



 ザイオンにはもはやそれ以上の言葉を紡ぐことなどできなかった。ただ、静かに俯いて、自らを裏切った弟と、自らを糾弾した騎士へと恨みを募らせる事しか出来なかった。



「…………全員、下がれ。グランツ伯爵は調査が終わるまで部屋から出る事を禁ずる。」



「……御意。…………連れていけ。」



 そんな事と共に、王の側近が崩れ落ちて項垂れるザイオンを抱え上げる。



 そんな姿をモルドレッドは横目で見る。



 張り付くような、どす黒い視線が彼女の顔を捉える。



 戦士ですらない男の恨みの籠ったそんな姿に、彼女は生唾を呑む。



「ご苦労であった。モルドレッド。主君の故郷の件がありながら、ここまでしてくれたこと、感謝する。」



 直後に正面から跳んできた言葉に彼女の意識は一気に引き締まる。



「いえ、もったいないお言葉です。」



 緊張の糸が今にも千切れそうな中、彼女は投げかけられた言葉に深々と頭を下げる。



(やり通しました。これで、大丈夫ですよね。)



「…………っ!?」



 ここにはいない協力者の顔を思い返しながら、モルドレッドは踵を返す。



しかし、その足は目の前に立つ影に反応して引き留められる。



 護衛の騎士以外の人間が退室した玉座の間で最後まで残っていたのは、ミーティア・アルスメリア。彼女だけであった。



 小さくて攻撃性もない寡黙な女性。しかし、モルドレッドはその顔を見て首を締め上げられるような感覚を覚える。



 咄嗟に息を呑んで彼女の横を通り抜けようとした瞬間、モルドレッドの耳元に平坦な声が響く。



「――よくできた演説だったね。まるで誰かと一緒に考えたみたい。」



「…………っ。」



 直後、モルドレッドはその動きを硬直させて緩やかに振り返る。



 振り返った先で、彼女の氷のような視線が静かに瞬く。



「少しだけ、腹黒さが滲んでたよ?」



 そんな問い掛けを聞いて、モルドレッドは作戦会議の時のルシアの言葉を思い出す。







場所はグランツ邸潜入の際にルシアが使用していた小さな宿屋の一室。


朝焼けが差し込む古びた部屋。そんな中で、作戦の段取りを整えている時であった。




『――ミーティアにだけは気を付けなさい。』



 記憶の片隅に響き、一際強く残った、重々しい一言。


 皇帝でも、ザイオンでもない。予想外の人物の登場にモルドレッドは首を傾げる。



「気を付ける、ですか?」



「ええ、彼女だけは、嘘や矛盾を絶対に突いてくる。」



「それは何か、魔眼のようなものを持っているから、でしょうか?」




「違うわ。問題はもっとシンプルなの。」



 魔法や特異体質についての話かと問いを投げたモルドレッドの言葉を、ルシアは首を横に振って否定する。



「ミーティア・アルスメリア、彼女は――」







 ルシアが最後に言い放った言葉を胸に、彼女は視線をミーティアから切る。



「…………失礼します。」



 そして、部屋を出た彼女は、ルシアの言葉が正しかったことを理解する。


 頬に一滴垂れる冷たい汗をぬぐいながら、再びその言葉が胸中に響く。



『――彼女は唯一、私よりも頭がいいの。』



 純粋な頭脳戦や証拠の提示では間違いなくミーティアには敵わない。



 それ故にルシアはモルドレッドに多くは求めなかった。



——何故なら、そこから先は自分でやると決めていたから。


(任せます。ルシア様。)


 心の中で呟きながら、モルドレッドは誰もいない廊下の中心で、静かに魔力を放出する。


 彼女の胸元が僅かに赤い光を放つ。







——それと同時刻。



 帝国の城の外、混乱する街の大通りでは、ルシアがその変化に気がつく。



「⋯⋯ほら、お母さんいたよ。」


「⋯⋯ありがとう、お姉ちゃん。」


 逃げ遅れた子供や女性を誘導しながら、その時を待っていたルシアは、腰にかけた小さな袋の中で光るソレ(・・)に少し遅れて気が付く。


 思わず口角が釣り上がる。


 同時に、目の前にいた助けたばかりの子供は青ざめた表情で逃げていく。




「⋯⋯上手くいったのね。」



 そんな言葉と共に取り出したのは、一つの魔道具。


 そう、それは彼女がカモミールの事件の時にエイーラから受け取った「魔力の繋がりを検知する魔道具」であった。


 その光が複数回点滅した事を確認すると、そのままルシアは赤い宝石を胸元から取り出す。



「⋯⋯それじゃ、行こうかしら。」



 モルドレッドは彼女の期待通りの働きをした。



 だから最後は、聖女が完成へと導く。復讐という名の裁きを。




——そして裁きの瞬間は、訪れる。


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