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神判の時・前


 ルシア・カトリーナが帝国騎士との逃走劇を演じ、身を隠したのと同じ頃、帝都の中心にある城の内部では、彼女の宿敵であるザイオン・グランツを中心にもう一つの騒動が巻き起こっていた。



「どういうことなのか説明してもらおうか、グランツ伯爵。」



 眼が眩むほどの一際豪華な装飾を為された玉座の間で、そう呟くのは、アールグレン帝国皇帝、レイノルド3世。


 静かで低く響く彼の声が静かに部屋の隅にしみ込む中、その手に握られていた一枚の新聞は、くしゃりと乱暴な音を立てる。


 そして彼の目の前には、動揺に揺れる目をしたザイオン・グランツの姿があった。



「そ、それはですね……。」



 言葉を詰まらせる彼を取り囲むように、周囲には騎士団、魔法師団の長達と公爵家の面々、そして待機を命じられたローラ・ギルバートを除いた四人の聖女の姿があった。


 あらゆる派閥、あらゆる思想を持つ人間がこの男一人の為に一堂に介しているのには当然理由がある。


 それは、たった今皇帝によって握り潰された新聞の一面に映る情報。レジスタンスとグランツ家の繋がりが、看過できない情報であったが故であった。


 貴族同士の権力争いや小競り合いではない、スラム育ちの聖女を追放した時とは訳が違う。


 レジスタンス、つまり反政府組織でありカモミールの街を襲ったテロリストと結託しているとなればそれは、帝国全体を敵に回す行為と言って差し支えない。


 故に伯爵家の地位があれど、言葉選び一つ間違えれば、ザイオン・グランツといえど、処刑は免れない。


「…………。」


 どこか歯切れの悪いザイオンが作り出す凍り付いた空気に、帝国の権力者たちですら口を挟むことは許されない。何故なら、玉座に腰掛ける皇帝の眼光は傍から見ても虫の居所が良くなかったから。


 むやみに横槍を入れれば、その怒りが自身に向きかねない事を彼らは理解していた。




「――少し、よろしいでしょうか。」



 今にも崩れそうな張り詰めた空気の中で、その沈黙を破ったのは、最もザイオンに近い位置で待機をしていた一人の男であった。


 鎧を纏い重厚な雰囲気を纏う壮年の騎士、この空気の中でも眉一つ動かさずに皇帝に意見するその男の名は、ランスロット・ヴレイス、帝国騎士団の団長にして、当代唯一の「白銀騎士」の称号を持つ男だ。


「許可する。」


 ぎょろりと向けられる皇帝の絶対零度の視線を受け流しながら、壮年の騎士は深く頭を下げて口を開く。


「今回のグランツ卿の疑惑について、私の部下に話したい事がある者がいます。」


「後にしろ。」


 その進言に対し、皇帝は有無を言わさず切り返すが、ランスロットは一切の動揺を見せることなく続けてみせる。


「ですが証拠がある、とも言っていますが。」


 その言葉を聞いた瞬間、皇帝とザイオンの二人の表情が僅かに変化する。


「間違いはないな?」


「私も目は通していますが、どうか判断は陛下にお任せしたい。」


 嘘なら殺すと言わんばかりの強烈な圧に対し、もはや皮肉にも聞こえるほどの余裕をもって男は答える。



「……通せ。」



「では失礼します。」



 そんな言葉と共に、ランスロットは鞘に納められた剣の切先を小さな動きで床に叩き付ける。




「――来なさい、モルドレッド。」



 一瞬、部屋全体が震えた後、ランスロットは静かに呟くと玉座の間の扉がゆっくりと開かれる。



「…………。」



(ここで、話をするのか。)



 その先から顔を覗かせた騎士、モルドレッドは目の前の景色から放たれる重々しい空気に息を呑む。


 緊張で思わず吐き出しそうになるが、彼女は飲み込み、呼吸すら忘れて震える足を前に進める。



「……ん、んっ。」



「……はっ。」



 そうして無意識にランスロットの目の前辺りで足を止めると、彼の咳払いでため込んでいた息がまとめて体外に吐き出される。


 咄嗟に視線を向けると、ランスロットが彼女の顔を見て静かに微笑む姿が見える。


 その姿でなんとか跳ねる心臓を抑え込むと、モルドレッドは一度大きく息を吐き出して皇帝の目を真っ直ぐ見据える。




「お時間をいただき感謝いたします。帝国騎士団、銀章騎士、モルドレッドでございます。」



 こんな短い言葉を吐き出すだけでも声が震え、喉が渇く。全身に力を入れていなければ今にも崩れてしまいそうなほどに身体が震える。



「モルドレッド卿よ、グランツ伯爵の疑惑に対する証拠とはなんだ?」



 深々と頭を下げる彼女に向けられた言葉は、本題を急かすような皇帝の言葉であった。


 少しばかりペースを崩されながらも、モルドレッドは即座に用意していた紙の束をランスロットに手渡し、彼越しにそれは皇帝の手に届けられる。



「……これは?」



「一つはグランツ領内のロストフォレストの研究所で採取された薬液の成分表。二枚目はその材料に関する情報、そして最後はここ数日間のザイオン様の行動記録になります。」



 それは、モルドレッドが予めルシアから手渡されたもの。ルシア・カトリーナがここまでの十数日の間に命をかけてかき集めた全てが簡潔にまとめられた情報の塊であった。



「…………。」



 彼女の言葉を聞いたザイオンは、漏れ出しそうになる言葉を飲み込んで、静かに皇帝の反応を伺う。


 そして、数多の視線を向けられながら情報を読み込む皇帝は、紙の束に一通り目を通すと、ゆっくりと視線を上げてモルドレッドを睨みつける。




「——貴様、莫迦にしているのか?」




 重く響くその声に、室内の空気が一気に引き締まる。



「確かにここには貴様の言った情報が書かれている、が、この男とレジスタンスとの繋がりを証明するものは一つもない。これのどこが証拠なのだ。」



 皇帝の逆鱗に触れたモルドレッドは、心の奥底で、グランツ家の内部で聞いたルシアの言葉を思い出す。






『――その情報は、あくまで足掛かりにしかならないわ。』




 そう、それは、彼女がルシアから作戦の全容を聞いた時の会話。



「足掛かり、ですか?」



「ええ、これは確かにザイオンの悪事についての確かな証拠。だけど、これだけじゃ情報不足。理由は分かるわよね?」



 モルドレッドの問いかけに、ルシアは丁寧に答えながらもどこか皮肉の混じった問いを返す。



「ギルバート家との関わりを徹底的に伏せているから、ですよね?」



 そう、それは主君を守りたいモルドレッドが話を進めやすいようにあえて情報の一部を削っていたからに他ならない。


 ロストフォレストの件の一つをとっても、研究所から回収した薬品の材料をグランツ家が各所から取り寄せていた事実がセットになってようやく確たる証拠になる。しかし、その取り寄せ先であるギルバート家の存在を隠せば、情報は完全にはならない。


「ご明察。だからこれだけじゃ情報としてはパワー不足。あいつを追い詰めるには、もう一歩足りないわ。」


「ではどうすれば……。」


 ザイオンに届くあと一歩、それがどうしても手に入らない。その事実に、モルドレッドは静かに眉を顰める。


 しかし、ルシアの中には既に答えが出ていた。


「本人にボロを出させるしかない。徹底的に追い詰めて、あいつの口から出た言葉を証拠にしてやるのよ。」


 皇帝陛下の前で、たくさんの貴族に囲まれながら審問を行う。


 ルシアが与えた情報は、その状況を作り出すための足掛かりだった。


「大丈夫、状況は私が作り出す。…………とは言っても、これを証拠として持っていけば、きっと陛下はブチ切れでしょうね。」


「……私死にませんかそれ?」


 続けて漏れ出したルシアの本音を聞いて、モルドレッドの顔が青ざめる。


 しかし、ルシアは静かに首を横に振る。


「それはない。あの人も一国の長。頭に血が回っていても、論理的に話せば極端な行動はとらないわ。」


 それが例え、決定的ではない証拠を渡されたとしても、殺されることはないとルシアは確信していた。


「まあ、早い話、そこから先は貴女の話術次第よ。」


「私の、話術ですか……。」


 現場にいないルシアにできるのは、事前準備と舞台設定のみ、そこから先、ローラを守りザイオンを蹴落とすためには、唯一そこに立つことが許された彼女の奮闘が必須なのだ。




「ええ、任せたわよ。モルドレッド。」



 故にルシアはあえて穏やかな笑みで彼女の背中を押してみせる。






――最後に投げかけられたそんな言葉を思い返しながら、モルドレッドは静かに目を閉じる。


(感謝します。ルシア様。)


 心の内でそう呟くと、彼女は真っ直ぐな視線を返しながら、口を開く。




「いいえ、証拠になります。最後の証拠は此処で作り出すのです。」



 そして覚悟を決めたモルドレッドは動揺の一切を演技の仮面で覆い隠して断言する。




「……ほう?」


 皇帝もまた、彼女の雰囲気の変化を感じ取って静かに耳を傾ける。



「ザイオン様、これらの疑惑について、お話しいただけますね?」



 帝都を襲うレジスタンスの襲撃戦、その戦火が広がる傍らで、玉座の間を舞台にした静かな戦いの口火が切られる。


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