執行までの数刻
路地裏から見上げる敵の姿、何処かで見たような構図の中、戦闘の口火を切ったのは、隻眼の男であった。
「先手を打たせてもらおう。」
突き出された刃から放たれるのは、まるで規則性のない暴風。触れたものすべてを斬り裂くような無秩序な災害。
目には見えない、だがそれは確かに周囲の壁面を斬り裂きながらこちらへと牙を剥く。
「……はあ!!」
瞬間、雪崩れ込む攻撃を前に、飛び出したアレスが魔力の障壁展開を行う。
とても無詠唱とは思えない攻撃規模、周囲の建物の壁が瞬く間に削り取られていく中で、それでもなおアレスの展開した魔力の盾は微塵も揺らぐことなく私達を守る。
しかし、このままではアレスの呪いが一気に加速する。
『浄化、創造、破壊、消尽――』
故に私は盾を張るアレスの後方から詠唱を開始する。
「…………ぐっ!?」
暴風が視界を眩ませ、全ての音をかき消す中、アレスの眼球が呪いに染まり、英雄の顔が苦痛に歪む。
『女神アルテイナの名のもとに、祝福を捧げます。』
同時に無敵の障壁に綻びが出た瞬間、私の掌から黄昏色の光が瞬く。
『——満たせ。』
日光が遮られた薄暗い路地は直後、夕焼けのような光で包まれて明るく照らされる。
「「…………!!」」
同時にすべてを食い殺さんとする暴風が一気に弾き飛ばされる。
一瞬遅れてバルタザールの頬に薄い切り傷が走る。私の目の前には剣を構えたアレスが現れる。
「…………ほう。」
「後任せた!」
にらみ合いの中で敵の注意がアレスに集中した隙を突いて、私は一気に踵を返して駆け出す。
「……仰せのままに。」
そんな言葉が強烈な衝撃音にかき消される。
それでも私は振り返ることなく駆け抜ける。
そして大通りに飛び出すと同時、私は背負っていた巨大なリュックを開けてその中にある紙の束をばら撒く。
そして割れんばかりの声で叫ぶ。
「……っ、号外っ!!号外でーす!!」
なるべく大きな声で、出来るだけたくさんの人に届くように。
大きな声で叫ぶことなど慣れていない私にとって、これが結構しんどい。
ずきずきと喉奥が痛む度に発声練習でもしていればよかったと後悔する。
「…………なんだ、これ?」
だがその甲斐もあって、街の人々の視線が次々と私に集まってくる。
その瞬間を狙って、私は目一杯息を吸い込む。
「ギルバート領の大火災、黒幕はグランツ伯爵です!反政府組織との結託が判明しました!」
「グランツ家はレジスタンスと繋がっています!!」
明快にそして端的に私は叫ぶ。可能な限り無駄な情報を排除して一発で情報が伝達するように。
同時に舞い上がる新聞には、ローラに関する情報以外の、私が得た全ての情報を詰め込んだ。
そこに市民は激しく食いつく。
「……嘘だろ?」
「どういうこと?」
「おい、それ俺にも見せてくれ!」
これでいい。帝都を襲撃したレジスタンスと、それと繋がっている彼らの情報が拡散すれば。
こうなれば奴への追及は避けられない。
あとはこの情報を一秒でも早く帝国の中枢に届けるだけ。
そのために必要なのは――
「…………おい!何をしている!」
騎士団の登場である。
「……あらあら、お早い到着じゃない?」
狙い通り、後は彼等にこの新聞を届けさせれば、あっちで話が進んでいく。
「とはいえ――」
「動くな!」
物陰に隠れる暇もなく一流の騎士たちは私の周りを取り囲む。
「――逃げ切れなきゃ意味ないわよね。」
ここは騎士団の本拠地、帝都の城下町、アレスならともかく、私一人で逃げ切れるなんて思ってない。
故に当然、用意もしている。
「こちらは帝国の騎士さま。どうかされましたか?」
わざとらしい問い掛けに対して、私を取り囲む男達は静かに剣を抜く。
当然の反応だ。爆発音の後に騒ぎを起こす人間の話などまともに聞くだけ無駄だ。
「…………分かりました、協力します、ここにある新聞も提出しますので…………。」
「…………っ、動くなと――」
私が背負っていたリュックを降ろし、胸の前に抱えた瞬間、騎士の一人はその動きごと制圧しようと前に出るが、残念ながら少しばかり遅い。
「――ローズ・アンブレラ」
詠唱と共に掌に溜めた魔力をリュックに向かって放つと、周囲に強烈な白煙が舞い上がる。
これはグランツ家に潜入する際に準備していた、魔力に反応して炸裂するけむり玉だ。
あのとき使わなかったものに加え、ここ三日で買い足した追加分もすべて、リュックの底に敷き詰めていた。それは、私の想定以上の勢いで白煙を巻き散らした。
「くっ、逃がすな!!」
その奇策を前に、騎士団のみならず、周囲の一般人すらも混乱して走り出す。
「なに!?」
「おい、何が起こった!?」
そうして生じた混沌は、舞い上がる白煙と共に瞬く間に広がっていき、百戦錬磨の騎士団たちも動揺が表に出る。
「全員動くな!!」
そんな中でも冷静な人間は居たようであり、周囲を一喝して騎士たちの動きを静止させる。
しかし、訓練のされていない一般人はそうはいかない。
「おい、止まれ。」
「いやっ、触らないで!」
騎士の一人が動き回る人間を静止させるが、腕を掴まれた女性は動転した様子でそれを振り払おうとする。
「不審者が逃げたぞ!!」
その傍らでは根拠のない自信を以って声高に叫ぶ中年の男の声が響き渡る。
混乱からくる人々の声は、さらなる混乱を招き、連鎖反応を引き起こす。
故に、早々に建物の屋根に逃げ込んだ私の姿に気付かない。
「……御機嫌よう。」
情けない騎士団の姿をこの目に焼き付けながら、静かに呟いた後、私は身に纏っていた服を脱ぎ捨てて今度は村娘風の格好に着替える。
「さ、それじゃあ行こうかしら。」
作戦の第一段階はつつがなく完了。此処からしばらくは、アレスと彼女に任せるとしよう。




