再びこの地へ
マルコス・グランツとの密談から三度ほど夜を超えた朝、私とアレスの二人が歩くのは、呆れるほどに平和な大通り。
ここはアールグレン帝国のおひざ元である、帝都。
あの日私が追放された、すべてが始まったこの土地で、私は不快感に顔を歪ませながら人混みをかき分けて進んでいた。
「まさかこんなに早く帰ってくるとはね。」
あの時思い描いていた状況とは程遠い帰還。あの時のように城を見上げながら重たい荷物を担いで、私は自分自身に呆れながら一人小さく呟く。
しかしそれにしてもあまりにも人が多い。
「作戦の実行には最悪な時期ね。」
現在帝都は新たなる聖女、スフィア・ルクローズの就任式典のお祝いムード一色であり、国中が彼女に対する歓迎を示すため、平時以上の盛り上がりを見せていた。
レジスタンスによるルクローズ領の襲撃事件、そしてギルバート領の大火災。
事件に次ぐ事件で開催が引き延ばされた彼女の就任記念式典も、ようやく四日後に迫ることとなり、国内の盛り上がりも一際大きく膨れ上がっていた。
帝国どころか国民を敵に回している私がこの状況下で、なぜわざわざ帝都に来たのか、その答えは至極単純であった。
「新聞いかがですかー?」
そう、新聞配達である。
というのは冗談であるが、元聖女であり国家の嫌われ者である私が真正面から帝都に入るのはあまりにも自殺行為であったことから、それを隠す為に選んだ変装がこれであったのだ。
「あら、お兄さんかっこいい。一枚頂こうかしら。」
「ありがとうございます!」
何とも言えない感傷に浸っている私の横では、同じく変装したアレスが次々と仕入れていた新聞を売りさばいていた。
「……初めてなのによく普通に売れるわね。」
「ああ、意外と売れるものだな。空新聞がない分、需要が高いのだろう。」
理由は絶対にそれだけではない、がそれを言うのも癪なので私はその言葉をスルーして口を開く。
「売れてるのは良いけど、警戒も忘れないでよ。」
「分かっている。しかし、本当にこんな所で戦闘になどなるのか?」
「なる。そうなるように状況を整えたんだから。」
今回の作戦の前に、私はアレスに対して、マルコスやモルドレッドとの取引については全て説明をしていた。そしてここに至るまでの行動やこの先起こるであろう出来事についても正しく行動ができるようにと予測も交えて伝えていた。
「何をしたのかは分かったが、それでどうなるんだ?いったい何をするつもりだ?」
しかし、当の本人はそれらの作戦の因果関係について理解が出来ていない様子であった。
「はあ、じゃあ分かりやすく教えてあげる。」
状況的にまだ余裕がある事を確かめ、私はアレスを路地裏に誘導しながら改めて説明を行う。
今現在、この帝都には、実家を燃やされて居場所がここしかないローラ、マルコスに縛り付けられているザイオン、そして新聞配達してる私が揃ってる状況だ。
ローラは家族を殺したのは私の仕業だと思っており、ザイオンはレジスタンスを使って自分がそれを行ったことを隠したいはず。
「まず、作戦は覚えてるわね?」
ここまで整えた条件を前提に、私は短く問いを投げる。
「ああ、この街でザイオン・グランツの差し向けるレジスタンスを待ち構える。でよかったか?」
「ええ、そうよ。こっちは今ローラが得る情報を操作できていて、二人の居場所を抑えてる。」
そんな言葉と共に、私達は路地裏の奥で足を止めて一休みする。
「そして何より、私はザイオン・グランツとレジスタンスの関わりを知ってる。」
要するに私は今、奴の一発で首を飛ばせるレベルの明確な弱点を持っているという事になる。
「だからモルドレッドに頼んで、その情報をザイオンに流している。あっちは今頃大焦りでしょうね。」
想像するだけで漏れ出てきてしまう笑みを隠す事すらせず話していると、アレスは苦々しい表情で口を開く。
「口止めの為、というのは分かるが、流石に無理があるのではないか?そんな無謀な事――」
「――するのよ、ああいう追い詰められた人間はね。そもそも、冷静な判断ができるのなら、レジスタンスとなんて組んでないでしょう?」
ロストフォレストの研究所の件、魔物を活性化させる薬物の解析結果、その材料をギルバート家から大量に仕入れていたという物的証拠、そしてギルバート領でのレジスタンスとの邂逅、これだけ条件が揃えば、ザイオン・グランツは間違いなく口封じのために必ず私を狙ってくる。
それが例え、新たな聖女の誕生に浮足立つ帝都の中心であったとしても、こちらがあえて変装して懐にまで潜入している状況だとしても、今の彼にそれ以外の選択肢は見えてない。
「間違いないな。となると、帝都に縛り付けたのはこの脅迫を成立させるためか。」
「まあそうね。理由はもう一個あるけど、その認識で間違いないわ。」
もう一つの目的を言っても良かったが、変に情報を足して負荷を掛けたくなかった故、私はアレスへの情報の開示はある程度調整していた。
そしてそれをあらかじめ伝えていたこともあり、私達は互いに軽くスルーして話を進める。
「早い話、整えたかった条件は三つだけ。一つはローラを蚊帳の外に追い払うこと、もう一つはこの帝都にザイオン・グランツを縛り付けること、そして最後に、この帝都でレジスタンスと邂逅すること。」
「……なるほどな、それで、結果はこれか。」
そして、視線を上げて一点を見つめるアレスに気が付き、私は作戦の成功を予感する。
すべてを理解し、そして心構えまで既に整えた彼の姿にこれ以上ないほどの頼もしさを感じながら、私は彼の視線を追って建物の屋根を眺める。
「…………。」
そこに立つのは、隻眼の中年。私がギルバート家の屋敷で出会ったバルタザールであった。
「……ね、完璧な計算でしょう?」
「ああ、文句のつけようもない。」
そして腰に掛けられた剣を抜きながら、アレスは口を開く。
「バルタザール、で合ってるか?」
「如何にも。」
二人の戦士の殺気交じりのやり取りの中には、既に私の存在感はなく息が詰まるような緊張感だけが張り詰めていた。
「勝てそう?」
「否は許されないのだろう?」
私の問い掛けに、アレスは視線を敵に固定したまま、不敵に笑って見せる。
「良く分かってるじゃない。」
そんなやり取りの後、私達は魔法の構えを取る。




