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孤独な覚悟

――翌日


 馬車を走らせた私たちが辿り着いたのは、グランツ領、キーモンの街。


 街の外壁は淡い灰色の石で組まれ、夕暮れの日を反射して鈍く光っている。


 通りを行き交う馬車の車輪音や、人々の呼び声が、街門の外まで絶え間なく流れてきた。


 この地に足を踏み入れるのは久しぶり――でもない。ついこの間来たばかりだ。


 あの時はロストフォレストには立ち寄ったが、まさか街にまで足を踏み入れるとは思わなかった。


 それにしても、流石は伯爵領の中心。街の規模もなかなかのものだ。門前には荷車を引く商人や、兵士に呼び止められて立ち話をする旅人の姿があり、遠目にも活気が分かる。



「ようやくついたな。」



「ええ、無駄に遠くて腹が立つわ。」



 車輪の揺れでまだ体が微かに揺れている。


 街の規模も豪華さも、気に入らない点しかない。私は漏れ出しそうになる小言を飲み込んで、小さくため息を吐き出す。



「では早速、中に。」



「入る訳ないでしょ。」



 何の気なしの真正面から乗り込もうとするアレスの動きを私は即座に止める。



「……?」



「忘れたの?私たちは今最もザイオン・グランツに嫌われてて、最も警戒されてるの。そんな中で貴方みたいに無駄に目立つ人間が入れるわけないでしょ。」



 その上あんな事件があった後だ。警戒度は恐らく最大、まともに入ることができるとは思わない。



「ではなぜここに?」



「目立つのは貴方だけよ。私は適当に服装とかいじればなんとかなるし。」



 疑問を投げ掛けるアレスに対して、私は荷物からいくつかの服と薬品を取り出して答える。




「ということは……。」




「今回も別行動よ。」


 そして何かを察したアレスの問い掛けに続けるように短く答えを示す。



「…………。」



 これ以上ない位アレスの表情が険しくなる。




「安心なさい、今回は流石に戦闘はないわ。潜入して、情報を盗み取ってくるだけ。バレたら速攻で逃げるつもりだし。」



「では俺は外で待機でいいのか?」



「まっさか、尊敬すべき主殿が身を粉にして働いてるのに、下僕が待っているだけなんて、そんな可哀そうな事しないわ。ちゃんと仕事は振ってあげるから安心なさい。」



 すると今度は呆れたように息を吐きながら口を開く。




「それは下僕冥利に尽きるが、本当に大丈夫か?」



「大丈夫よ。任せたいのは逃走経路の確保と、潜入中の露払いだけ。難しくないでしょう?」



 投げかけられた疑問に準備を進めながら答えるが、当の本人は何やら納得いかない様子で言葉を続ける。



「それは良いが、俺が言っているのはそっちじゃない。」



「…………何が言いたいの?」



 言葉を探すように沈黙が落ちる。


 刹那、馬の鼻息と、遠くの街鐘の音だけが間を埋める。


 煮え切らない態度にしびれを切らした私が強い口調で問いかけると、アレスの大きく息を吐いた後、真っ直ぐにこちらを見据えて口を開く。



「正直、俺は貴女の大丈夫は信用していない。」



「もしまた無茶をするなら、今度は無理やり止める。反論を聞くつもりもない。」



 少し驚いた。この男がここまではっきりと自己主張をするのは初めてだったから、私も思わず一瞬言葉を詰まらせる。



 けれど、そこで止まるつもりもない。



「生意気言うじゃない。下僕のくせに。」



 少しばかり強い言葉で牽制してみるが、それでもアレスの表情は変わらない。



「どうとでも言うといい。俺は貴女の母から託されている。」



 母、ね。


やはりこの男にあの人を会わせるべきではなかった。


 今更になってそれを余計に強く考えてしまう。


 誰が為に戦い続け、英雄とまで呼ばれるようになった男に弱みを見せてしまえば、きっと私はこの男に取って“守るべき対象”になってしまう。


 そうなってしまえば、きっとこの先の行動に強い抑制が掛かってしまう。今の状況のように。


 だがそうなってしまったのであれば仕方ない。その英雄の慈悲すら利用してしまえばいいだけだ。



「…………あっそ、なら、もう一つ仕事をあげるわ。」



「…………ん?」



 どうせ私は普通の聖女じゃない。正道なんて歩むつもりはない。



「ちゃんと私の事を守ってみせなさい。英雄様。」



 善意すらも利用してやる。



「…………ああ、分かった。」


 私の飛ばしたそんな指示に、アレスは何かを飲み込んだ表情で真っ直ぐにそう答える。



「待機場所は任せる。逃走は街の東側、外壁を飛び降りてくるから、明日の日没にそこから私を確認できる位置で待機してて。」



「露払いはどこまでしていい?」



 私が強引に話を切り替えると、アレスは静かに問いを続ける。



「レジスタンスと思われる人間全てよ。負けそうになったら逃げてもいいし私を呼んでくれても構わない。」



「特に左目に傷のある男は絶対通しちゃ駄目よ。」



「例のバルタザールとかいう男か。」



 そう、あの男だけは正直一対一で勝てる気がしない。故に可能ならアレスに止めておいて欲しいのだ。



「ええ、何か分からないことある?」


「先に正体が割れた時はどうする。」


「一度街を出て近くの森に潜伏するわ。そして時間になったら街の東側に向かう。」


「あくまで合流の時間はずらさない、という事だな。」


 良し、ちゃんと私の言葉の意図まで理解できている。



「時間前にたまたま合流出来たらそれが一番いいんだけどね。」



 まあ、最初からそんなつもりが無いのだから、そんなこと言ったってしょうがないのだが。



「じゃ、行ってくるわ。馬車は任せるわ。」



「ああ、気を付けて。」



 最後にそんな言葉を背に受けて、私は静かに髪をくくり上げる。


 日も落ちて、足元から伸びる影が眼前の外壁にまでかかる。


 そして小さく息を吐き、自分と同じ大きさの影を軽く睨み付けた後、高く聳え立つ外壁に向かって飛び上がる。



「……さて、と。」




 悪いわねアレス。



 私、本当は情報収集だけして帰るつもりないの。


 情報収集だって逃走経路だって、潜伏場所だって、もっと考えればよい手段はきっとたくさんある。


 本当はもっと作戦を立てて、もっと安全に動くこともできるけど、それじゃあ貴方はきっと私を助ける余裕ができちゃうから、半端な作戦しか立ててあげられなかった。


 貴方が復讐を嫌がっているのは知ってる。


 だから無理に付き合わせたりしない。けど、私はやめるつもりもないの。



 だからこの復讐は私一人でする。



 明日の内に、この箱庭の中で、あいつとの因縁は終わらせる。


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