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手のひらに祈りを


 街へと降りた私は、真っ先に大通りの中心へと足を踏み入れる。


 炎が上がり悲鳴がそこかしこから聞こえてくる。


私の視界を覆うのは、灰と赤。その奥からかすかに覗くのは暴力的に破壊された街の残骸と、逃げ惑う人々の姿。




「ひどい有様ね。」



 口をついて出たのは、そんな素直な感想だった。


 あまりの惨状に私は思わず足を止めそうになるが、自身のやるべき事を思い出して、再び加速して街の中心を翔ける。



「ママぁ……。」



「…………っ!」



 しかし直後に、私は耳に響く幼い声に足を止める。


 反射的に振り返ると、視界のその先には、まだ歩き方すらも拙い少女が裸足のまま泣きわめいている姿が映る。



「ママぁ、どこなのぉ?」



 可哀そうだが、今この街にはアレスがいる、彼ならきっと今生きている人間は全員助けられる。


 そう言い聞かせて前に進もうとした瞬間、ガラリと何かが崩れる音が聞こえる。



「……っ!」



 反射的に駆け出すと、私の勘は的中していたようであり、少女の頭上から崩れた屋根の石材が降り注ぐ様子が見えた。



「ああもう!」



 我ながら良い反射神経だが、少女との距離は十メートル弱、走っても間に合わない。


 咄嗟に私は自らの肉体に掛けた魔力強化を解除し、指先に魔力を込める。


 ラスティ・ネイルで落下物ごと破壊する。そう決めて照準を定めた瞬間、私の視界の端に何かが通り過ぎる。



「主君!」



 直後、落下する石材を粉微塵に砕きながら、先程別れたばかりのアレスが少女を抱えて割り込みに来る。



「……っ!アレス!」



「街は気にするな!早く屋敷へ。」



 私が反応した直後には彼はすぐにその場から駆け出して別の建物の中へと飛び込んでいく。



「……はっ、誰に命令してんのよ。」



 こういう時のこいつは本当に、腹が立つほどに頼りになる。が、これでは効率が悪い。



「アレス!魔法を使いなさい!」



「……っ、……大丈夫なのか?」



 直後、私の叫び声にも似た指示に反応してアレスは二人の老人を抱えて建物から飛び出してくる。


 私の指示を完璧に理解したのか、アレスは心配そうにこちらを覗き込んでくる。


 アレスに魔法を使わせる、それはつまり、少しばかり予定よりも早いが、聖女の祝福(きりふだ)を使う必要があるという事だ。



 敵の姿も見えず、病み上がりで正直本調子ではない。しかし――



「迷ってる場合じゃないでしょ。ほら、来なさい。」



 想像以上に被害が大きいこの現状、温存している余裕はない。



「分かった。」



 私の意図を察したアレスが歩み寄ってくると、即座に術式を展開する。



「満たせ。」



 肉体からあふれ出る力がアレスの中へと沈み込んでいく。



「……っ、行ってくる。」



 術式が完了し、彼に掛けられた呪いが一気に沈み込むと、アレスは振り返る事もせず燃え盛る町の中へと消えていく。



「無茶はしないでよ。」



 徐々に小さくなっていく背中を見送った後、私も同じように目的の屋敷にまで駆け出す。



「…………っ。」



 そして視界の奥にそれを見つけると、そのままスピードを落とすことなく外壁の門を抜ける。


 そして、建物の眼前にまで到着すると、一度その足を止めて周囲を見渡す。



「誰もいない。」



 街の人間はともかくとして、見張りすらもいない事に違和感を覚えながらも、私は目の前にある屋敷へと警戒心を強めながら歩みを進める。


 そして再び立ち止まると、私は眼前に聳える巨大な扉を見上げる。


 大きく、豪華で厳重な扉、貴族様の屋敷に相応しい玄関だ。


 しかし燃えている建物の扉だ、下手に触って火傷などしたくない。少々行儀が悪いが、私は扉を蹴り開けるようにそっと足を添えると、扉はあっさりと外れて倒れる。


 壊れている?


 そんな思考に被さるように、私の目は建物の中にあるとある影を捉える。



「…………あら。」



「……ほう?」



 互いが互いの存在に気が付いたのはほぼ同時。


 目の前には筋骨隆々で左目に傷を持つ中年くらいの男の姿があった。



「初めまして、貴方はこの街の人間、ではなさそうね。」



 あまりにも一般人とは言い難い佇まいと、戦闘慣れしていない私でも肌で感じられるほどの殺気。間違いなくこの男がこの大火事に関わっている。


 しかし、あまりにも突然の邂逅、アレスを呼び出す方法すらまだ考えていなかった私は、情報収集を始める。



「それは貴様もだろう?ルシア・カトリーナ。」



 返ってきた答えに私の心拍が強く跳ねあがる。



 平静を装いながら頭を回す。



 そして、私の頭は思っているよりも冷静に次の言葉を紡ぐ。



「私を知ってるって事は、レジスタンスかしら。」



「バルタザール、お前の言う通りレジスタンスの人間だ。」



 隻眼の男はそう言って殺気を強めると、ゆっくりと振り返り、こちらに歩み寄ってくる。



「面倒な仕事を押し付けられて辟易していたが、思わぬ幸運だ。」



 病み上がりで調子は上がらないが、もはや交戦は避けられない。



「あら、私のファン?サインはあげないわよ?」



 挑発を返しながら、重さの残る右腕に魔力を込める。



「ならその首だけでも貰っていこう。」



「それは一点物なの。貴方じゃ末代までかけても釣り合わないわ。」



 互いに言葉を交わす中で、その距離はじりじりと詰められてくる。



「なら力ずくで奪うのみ。」



「やれるものならどうぞ?こっちにはアレス・イーリオスがいる。」



 男が腰に掛けられた剣を手に取った瞬間、私は挑発のつもりでそんな言葉を投げる。



「呪われた英雄に何ができる、と言いたいところだが、元とはいえ聖女と組まれると分が悪いか。」



 瞬間、男の動きがピタリと止まり、抜かれかけた剣から手を放す。



「…………。」



 この男、アレスが呪われている事を知っている?それに聖女わたしとの相性が良い事まで理解している。


 疑問と動揺で眉を顰めていると、男は私の戸惑いとは裏腹に、静かに踵を返す。



「まあいい、目的は既に達した。互いに立場がある以上、いずれどこかでまた出会うだろう。」



 そう言って立ち去ろうとする男を止めようと思考を巡らせた瞬間、私の身体は直前の彼の発言に引き留められる。




「目的は、達した?」


「……っ。」


 その言葉の意味に疑問を持った瞬間、私は男とは反対方向に駆け出していた。


 いやな予感がする。


 それが何なのか、私の理性はとっくに気が付いていた。けれど、知らないふりをして足を進める。


 構造も分からない屋敷の中を、大まかな知識を頼りに駆け回り、彼女・・がいるであろうその部屋を探し回る。


 そして、一際豪華な扉を蹴破った先で、とうとうそれを見つけたしまった。





「……くっ、やられた。」



 木製のデスクと赤いソファがあるその部屋の中心で、血だまりを作りながら倒れる女性の姿。


 見覚えのある赤茶色の髪、けれどそれは私の知っている女ではない。


 こうなる可能性は街が燃えているのを見た瞬間から理解していた。けれどこれは、想像していた通り最悪の展開だ。



「ちょっと、起きなさい!寝たら死ぬわよ!!」



 咄嗟に私は彼女を抱え上げて回復の魔法を施しながら声を掛ける。


 僅かに開かれた瞼でこちらを眺める女性の顔は、私の嫌いな女とよく似た顔をしていた。



「…………う、ああ……ロー……ラ?」



 辛うじて意識を繋ぎ留めていた女性はかすれた声で妹の名を呼ぶ。



「……違…………っ。」



 私は咄嗟に否定しようとするが、直後に掌から伝わるどろりと重たく生温かい感触に言葉を遮られる。



「この、光……ああ、ローラ……来て、くれたのね。」



 髪色も背丈も何一つ違う私に妹を重ねている辺り、もうきっと目もほとんど見えていないのだろう。



「…………っ。」



 私は静かに言葉を飲み込んで少しだけ低い声を作る。



「ええ……ローラが助けに来ましたよ。だから安心してください。」



「…………ごめんね、ローラ。私、貴女に幸せになってほしかっただけなのに、やり方が分からなくて…………それであんな人たちの力を借りて…………。」



 あんな人たち――きっとレジスタンスの事なのだろう。


 死に際の言葉に嘘があるとは思わないが、妹の為によりにもよって、あんなイカれた連中と手を組むあたり妹に似てこの女も相当頭が悪いのだろう。



「…………グランツ家には、気を付けて。あの人は、レジスタンスと…………ごふっ。」



「……っ。」



 直後、彼女の口からこぼれた言葉に私は思わず息を呑む。



「レジスタンスと繋がりがあるんですね。」



「……。」



彼女からの返事はない。


しかし、確かに聞いた。グランツ家とレジスタンスの繋がり。



「……分かりました。お姉さま、私が仇を取ります。だからどうか――」



 命の灯が消えかけた女性への最後の慰めの言葉を掛けようとした瞬間、私の言葉は遮られる。



 同時に弱々しくも確かな強い意志で、私の手に何かが握り込まれる。



「――ありがとう…………優しい、人。どうか…………あの子を…………。」



 そんな言葉を最後に、ヘレン・ギルバードは静かに息を引き取る。



「……っ。」



 目から光の消えた彼女の顔から視線を離し、自らの手を見ると、そこには小さなお守りのようなものが握り込まれていた。



「……ああもう、何でこうなるのよ。」



 ざらりとした何か不快感のような感情を胸に、私の口はそんな言葉を吐き出していた。


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