風に散る火花
時はさらに進み、翌日。
体調もいくらかマシになりまともな思考が成立するようになった私とアレスの二人は、風が強くなってきた荒野を、馬と共に駆け抜ける。
季節柄仕方ないところではあるが、ここまで風が強いのは想定外だ。これも聖域結界が弱体化している弊害なのだろう。
舞い上がる土煙から視界を守るため、魔力の覆いをしているが、これが意外に魔力を食って厄介だ。
しかしそんな憂いも、昨日の半日、そして今日のこの時間までほぼ休みなく駆け抜けた事が功を奏し、ようやく荒野の地帯を抜ける。
「やっとマシになったわね。」
そして、うっそうと茂る森林地帯に足を踏み入れると、私は思わずそんな言葉を吐き出す。
「この辺りまで来ると流石に風も少ないな、わずかだが天候も分かる。」
アレスの言葉の通り、木々の隙間から垣間見える空は僅かに夕焼け色が見え隠れしていた。
それでもなお風は強く吹き、荒れた天候に私は思わず目を細めて辟易とする。
「どうする、落ち着いたところだし、そろそろこの辺りで夜を明かすか?」
「嫌よこんなジメジメした所。」
「…………。」
私の回答に、アレスは「面倒くさい」と言わんばかりの表情を浮かべる。
この男は本当に主君に対する敬意というものが足りていない。今度しっかりと時間を取って教育する必要があるわね。
それはそうと、私は思考を切り替えて口を開く。
「あともう少しでここも抜けて落ち着いた平原に出るわ。とってもお花が育てやすそうな平原にね。目的地も見えてくるし、一度そこで寝て色々作戦を立てましょう。」
先程の荒野よりはかなりマシだが、私が夜を明かすのには赤点もいいところだ。ここまで来たのならギルバード家のお膝元で優雅に休ませてもらおう。
「策はあるのではないのか?」
「大枠は決まってるわ。だから細かいところを詰めていくの。」
「具体的には?」
やけに詳しく聞いてくるなと思ったが、思い返せば今回の方針をほとんど何も伝えていない事に気が付く。
「ロストフォレストの一件、薬品の原材料は十中八九ギルバード領からのものよ。だから流通経路の特定と、それを使った領主への恫喝をするわ。」
そして私は今回のターゲットの名を口にする。
「ギルバード領の領主、ヘレン・ギルバード。ローラ・ギルバードの実姉よ。妹と違って魔法の才はそこそこだから多分荒事になっても制圧できそうだし。」
と言っても相手は流石に貴族。実力はそこらの騎士団や魔法師団と比べても頭一つ抜けている。決して油断していい相手ではない。
「本人はそうであっても、護衛はどうなんだ?聖女の肉親となれば相応に警護は堅いのではないか?」
「そうね。騎士団で言えば銀章魔法クラスがそこそこいるから、そっちの方が厄介だけど、そもそも真正面から争う気なんてないわ。」
そう、私の見立てはあくまで領主一人を相手取った場合に限る。周囲の護衛もどうにかしようとすると、アレスの力と私の祝福をフルに使う必要がある。
そしてそのやり方は、先の事を考えても、戦力の消耗を考えてもベストとは言い難い。
「となると、一番の問題点は、どうやってその領主と話をするか、だな。」
「そう、そこについての作戦会議が必要なの。」
私の考えを完全に理解したアレスは、その先の作戦にまで思考を巡らせ始める。
しかしその直後、彼は何かに反応するように表情が引き締まる。
「…………何やら騒がしいな。」
「そう?なんも聞こえないけど、どうせ祭りでもしてるんじゃない?」
まあ、街が近づいてきているのなら喧騒の一つや二つ聞こえてくるのは自然なことだ。
それに今の季節は丁度、特産の花々が咲き誇る頃だ。収穫祭の一つや二つしていても不思議ではない。
そしてまるで答え合わせをするように、森林地帯を抜けた先で平原の景色が広がる。
「暢気なものね。今から私に破滅させられるって……の……に……。」
そして悠々と今から滅茶苦茶にする脳内お花畑の貴族様の領地を見下ろし――
――そして、私はその光景を前に思考が停止する。
「…………は?」
「主君?…………っ。」
背後から聞こえてくるアレスの声に正気を取り戻すと同時、その声も直後に途切れる。
「う、っそ……でしょ……?」
私たちの視界に広がったのは、祭りでも花畑でもない、煌々と広がる赤、そして舞い上がる灰色。
「街が……燃えてる?」
花畑とは程遠い、地獄がそこには広がっていた。
「…………っ、主君!!」
私よりも少しだけ早く、アレスが行動を始める。
「ええ、行きなさい!」
この男が言う事など分かっている。故に私は続きを聞く前に送り出す事を選択する。
「貴女はどうする?」
返ってきた問いに、私はすぐに思考を巡らせる。
どうする、後から追いかけて私も助けに行くか?
そもそも今あの街で、どの程度の人間が生きている?
火の手は完全に街中に広がっている。大通りや大きな建物は念入りに燃やされているように見える。
誰が何の目的で?帝国やローラの罠?いやそれはない、あまりにもやり方が雑過ぎる上に失うものが多すぎる。
となると可能性が高いのは――
「――レジスタンス、かしら。」
「主君?」
私の思考が答えをはじき出すと、その後の行動も自然と生まれてくる。
「貴方は街の人を助けなさい。私は黒幕を探しに行く。」
私は馬に持たせていた麻袋から顔を隠すためのフードを取り出して目深に被る。
「大丈夫なのか?」
その決断に、アレスは眉を顰めて問いを投げる。
「大丈夫じゃない。けど、貴方は人を助けたいんでしょ?だから、黒幕を見つけたら合図を出す。そこからは役割交代よ。」
もしも今回の敵がこの前の爆弾魔みたいな奴だったら、私の勝ち目は薄い。
故にこの場面で私がすべきなのは、索敵と役割補完、つまりは徹底したアレスのサポートだ。それが最も効率の良い動きだ。
「無茶はするなよ。」
それに納得したアレスは一際真剣な表情でこちらを見据える。
「するわけないでしょ、そこまでしてやる義理はないっての。」
そんな軽口を叩きながら、私達は別々の道を進んでいく。




