沈黙と交錯
翌日、帝都に戻ったローラは、皇帝の呼び出しを受けて急遽設けられた聖女会議の場に向かっていた。
「…………。」
苛立ちでしかめ面のまま豪華絢爛な廊下を進む彼女を城の貴族たちが避けて通る。
そして、聖女はとある扉の前で立ち止まる。
赤と金で装飾された城内でも別物の豪華さを見せる扉を開くと、彼女の視界には、黄金色の部屋の光と、そこに腰掛ける二人の聖女の姿が映る。
一人は穏やかな笑みを浮かべて静かに頭を下げる、金髪の女性、フレデリカ・ラ・ジエル。
そしてもう一人、黒みがかった長い青髪の女性、ミーティア・アルスメリア。
普段は口数も少なく、他の聖女とはかかわりを持とうとしない彼女が、この日は珍しく入室してきたローラをじっと見つめながら黙り込んでいた。
「ごきげんよう。」
「……どうも。」
静かに頭を下げるローラに、ミーティアは静かに答えを返す。
「…………。」
直後に流れる沈黙の中で、ローラは用意された椅子に腰掛けるが、その間もミーティアはじっと彼女の姿を見つめる。
「……ここ数日、随分と忙しそうだったね。」
そして、僅かな沈黙の後、ミーティアは静かに視線を逸らし、自らの爪の手入れを始めながら、そんな言葉を紡ぐ。
「いえ、大した用ではありませんわ。」
「大した用でないなら、こんな時期に帝都の外には出ないはずだよ?」
返ってきた否定の言葉に対して、ミーティアは食い気味にそれを遮る。
「…………。」
「それに最近あなたのお気に入りのザイオン卿の姿が見えないね。新しい聖女を守り切った立役者なのにね。」
青髪の聖女は、静かにそれでいて淡々と自らの考えと事実を交えてローラに問いを繰り返していく。
「…………っ、そうですね。彼の判断には感謝しなければなりませんね。」
自らが無能と断じたザイオンを、お世辞であっても称えなくてはいけない状況に、少しばかり頬を引きつらせながらも、その苛立ちを飲み込んで取り繕う。
「……そう、じゃああの判断は貴方の指示ではないんだね。」
けれど、ミーティアはその言葉の裏すらも読んで静かに結論を出す。
「元より指示など出していませんわ。使用人でもあるまいし。」
「ほとんど変わらないでしょ?」
紡がれるローラの言葉に、ミーティアは皮肉を交えながら鋭い一言を突き刺す。
「貴女、一体何を隠しているの?」
「…………。」
そして、最後にじっと視線を向けながら投げられた問いかけに、ローラは言葉を詰まらせる。
「まあまあ、よいではないですか。そろそろアグネス様が参りますよ?」
そこに割り込むように、それまで静かに状況を見守っていたフレデリカが手を打ち鳴らしてミーティアを諌める。
「…………。」
「…………。」
直後、二人の聖女は視線だけを交差させて沈黙を作り出す。
冷えて張り詰めた緊張感が場を支配するが、それはすぐに打ち鳴らされる扉の音によってかき消される。
三人の視線が一点に集まり、扉が開かれると、そこからもう一人の聖女、アグネスが現れる。
「――揃っていますね。」
「ええ、この通り。」
室内を見渡した後に投げられた短い問いに、フレデリカが笑顔で答える。
「それは良かった。ではすぐに呼び出しましょう。」
「呼び出す?」
そんな言葉にフレデリカが首を傾げて問いを投げ掛ける。
「ええ、我々の同志が先程帝都に到着しました。すぐに顔合わせをしましょう。」
その言葉と同時にアグネスは背後に立つ騎士の一人に合図を送る。
「思ったよりも早いですね?」
「状況が状況ですから、可能な限り早くこちらに招集し、帝都で庇護した方が安全と判断しました。」
「では式典も前倒ししますか?それとも中止にしますか?」
言葉と行動の意図にいち早く気が付いたミーティアが問いを投げると、アグネスは静かにそれでいて少しばかり呆れたように首を左右に振る。
「いえ、式典は予定通りに行います。明日の予定はなし、明後日は朝に聖域結界の再展開を行い、その後に式典を行います。」
そんな言葉には、裏にある皇帝陛下の意思と、それに辟易する彼女の呆れのような感情が滲んで見えた。
「明日ではなく、明後日にするのですか?かなりタイトなスケジュールですね。」
「新たな聖女、スフィア・ルクローズの魔力量がこちらの想定よりも大き過ぎたので、明日一日を使って私が調整できるよう指導します。」
瞬間、場の空気が再び凍り付いたように張り詰める。
「…………へえ。」
「…………。」
「さすがは辺境伯の血族、ですねぇ。」
静かに呟くローラと、何も口にしないミーティア、そして、少しばかり間の抜けた様子で呟くフレデリカ。三者三様の反応をアグネスに返す。
「彼女を超える最年少での聖女の就任です。それなりに規格外な点があって当然でしょう。」
彼女も何か思う所があるのか、アグネス自身もその反応に対して、この場にはいないルシアを引き合いに出してそう説明する。
そして、張り詰めた空気をさらに引き締めるように、扉がコンコンと叩かれる。
「…………おや、どうやら到着したようですね。」
「「「…………。」」」
ノックの音に反応して振り返るアグネスとは対照的に、三人の聖女は僅かに眉を顰めて扉を凝視する。
「どうぞ。」
「し、失礼します。」
そして、ゆっくりと開かれた扉の先から、まだあどけなさの残る銀髪の少女がおどおどとした様子で現れる。
「…………。」
場の緊張感は変わらない、しかし、慣れない様子で入室する彼女の姿に三人はほんの少しだけ毒気を抜かれたような表情を浮かべる。
「初めまして、スフィア・ルクローズと申します。…………えっと、よろしくお願いします。」
静かで冷たい空気の中、少女のぎこちない笑顔だけが燦然と輝いていた。




