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抵抗


 翌朝、窓から差し込む日差しと、その奥から聞こえてくる鳥のさえずりに誘われて目を覚ます。


「ん、んん……。ふぁぁ……。」


 まどろみの中で徐々に現実へと引き戻されていく意識の中で、身体を無理やり引き起こして伸びをする。


 覚束ない足取りで窓へと歩み寄り、カーテンを開くと、視界に飛び込んできた景色を見て、私はとある違和感を覚える。


「うわ、寝すぎた。」


 日が高過ぎる、村の人間の動きが活発過ぎる。


つまり、今は昼、或いはその前後であることがすぐに理解できた。


「まずったわね。立ててた予定がいろいろと崩れちゃった。」


 当初の予定では日の出とほぼ同時に目覚め、出発の準備をする予定であったものの、現時点で既に大幅なロスをしていることから、私は予定の変更を余儀なくされていた。


「今日の所は買い出しとかしてこの村に留まる?それとも……。」


 そんなことを考えながら、思考を回していると数秒もしないうちに腹の虫が暴れ始める。


「修道服は……うーん、生乾き。」


 今日はどうやら昨日と違い、滑り出しから躓いてしまったようだ。いや、もしかしたら昨日の夜、洗濯を忘れた時から歯車が狂っていたのかもしれない。


「……まあ、何はともあれご飯ね。」


 上手くいかない事が重なっているものの、私の精神はそう悲観的に考えることもなかった。


 悲しいことに、良くも悪くも時間はいくらでもある。最悪今日はしっかりと体を休めて、明日ここを出ても、誰も文句など言わないのだ。



「さて、ご飯出してくれるかしら……。」



 そうなると、喫緊の問題は朝食だ。果たしてこんなにも遅い時間に、朝食の要求は通るだろうか。いや通そう、腐りかけのパンなんていつ出しても変わらないだろう。


「……ん?」


 そうしてまだ見ぬ朝食に思いを馳せていると、一瞬遅れての宿の外から爽やかな昼下がりには似つかわしくない叫び声が聞こえてくる。


「……悲鳴?」


 嫌な予感がする。


 今日の私の良くない流れはまだ続きそうだ。




―――――――――――――――――――――――――――




 昨日は変わった人に出会った。


 呪いが見えるにもかかわらず、俺に恐れない女性ヒト


辛辣で手厳しい女性ヒトであったが、彼女の少しだけ濁った碧い眼と、肩まで伸ばした金色の髪、堂々とした立ち振る舞いは、本物の聖女であると錯覚させるような何かがあった。


 十年前、初めて戦場に立ったあの日から、俺の中で安心して眠った記憶がない。


 けれど、何故だか分からないが昨日はいつもより、よく眠れたような気がする。




「……悲鳴?」


 そんなことを考えながら、静かな荒野を眺めていると、村の中心の方から女性の悲鳴が聞こえてくる。


「一体何が……?」


 悲鳴のした方向に向かって行くと、視線の先では男女を問わず、こちらに向かって逃げ惑う様が見られた。


「助けて!!」


 ふらつきながら飛び込んでくる少女を抱きとめると、その少女に問いを投げかける。


「落ち着いて、何があったのか教えてくれ。」



「む、村に、魔物っ、魔物が!」



 両肩を掴み正気に戻るよう軽く揺らしてながら投げかけた問いに、少女は言葉を詰まらせながら答える。


「魔物?それならば用心棒がいないのか?」


 魔物の襲撃など、このような小規模で防壁の一つもない村であればそう珍しくない。


何より、たとえ小規模な村といえど、本来であれば、腕利きの用心棒の一人や二人が居てしかるべきである。


 故に彼女のその慌てようが俺には理解できなかった。


 そして同時に嫌な予感が頭を過る。


 もしも、用心棒がいたうえで、これほどの騒ぎになっているのであれば?


 それはつまり、本来想定すらしていない規模の災害が今、この村を襲っている事に他ならない。


「とにかく安全なところに逃げるんだ。」


「は、はい。」


 そんな予感を必死に振り切りながら、少女に逃げるよう促し、初めに聞いた声のした方向へと駆け出す。


「……こっちか。」


 その先にある十字路を曲がった先、俺の視界に映ったのは、数えるのも億劫になるほどの膨大な魔物の群れであった。


「……っ!?これは……?」


 そしてその中心では、この村の用心棒と思われる男たちが、雪崩のように詰めかける魔物の対処に追われている姿が見えた。


「逃げろ、早くここから離れるんだ!!」



「なぜ、これほどの魔物が!?」



 俺の予想は当たっていた。


 視界いっぱいに広がる魔物の群れ、これほどまでの数はそうお目にかかれるものではない。


 必死に応戦している用心棒たちも、その流れをまるで止め切れてはおらず、その抵抗も焼け石に水であった。



「きゃあ!?」



 しかしその思考も、直後に響き渡る女性の悲鳴にかき消される。


 声のする方へと視線を移すと、その先には地面にへたり込んで動けずにいる女性と、そこに向かって大口を開けて襲い掛かる狼のような魔物の姿があった。


「危ない!」


 気付いた時には走り出していた。


 俺に何ができる?本当に戦えるのか?そんなことを考えていたような気がしたが、久しぶりに戦いへと赴く俺の身体は、予想に反してしっかりと動いてくれた。


「ガァ!!」


 容赦なく食らいつく魔物の牙を、抜身の剣で受け止める。



「ぐうっ、……逃げろ!」


 自身の力の衰えか、魔物の強さ故か、構えた剣が妙に重い。


 長くはもたない事を悟ると俺はすぐに背後にいた女性にそう言い放つが、背中に感じる気配は一向に動く様子がなかった。


「こ、腰が抜けて……。」


「……くっ、はあぁ!!」


 彼女の言葉を聞いて思考を切り替えると、目の前の魔物の攻撃を強引に逸らし、僅かにできた隙を突いて彼女の身体を抱え上げる。



「誰でもいい!!この人を、連れて行ってくれ!」



 そして魔物の群れから距離を取ると、近くにいた民衆に向けてそう叫ぶ。


「あ、ああ、分かった!」


 その中のうちの一人、ガタイのいい青年が俺の言葉に動揺しながらも、こちらに駆け寄ってくる。



「ありがとうござ―――――ひぃ!?」



 青年に抱えられて安堵したような表情を浮かべる女性は、ゆっくりと顔を上げて例の言葉を呟くが、俺と目が合った瞬間に、その言葉は途切れる。


 ああ、顔を隠していたフードが取れてしまっていたか。



「怖がらせてしまって済まない。早く行くんだ。」



 俺は咄嗟にフードを深く被り直し、呪いに強く侵されたこの醜い顔を隠して彼らを見送る。



「あ、ああ、分かった。」



「ありがとう。……さて。」



 走り去っていく村人たちにそう言って振り返ると、再び眼前に迫る魔物の群れに視線を移す。


 狼、亜人、果ては低空を飛行するコウモリ、統一性すらないその軍団に俺は強い違和感を覚えながらも、それを深く考えている余裕はなかった。


「……自然発生でこれほどの量の魔物は見たことがないな。」



――やれるのか?今の俺の力で?



そんな思考が否応なしに俺の脳内に溢れる。


先程の魔物との鍔迫り合いで、俺自身の力不足は嫌というほど理解させられた。この数、この状況を打開する策は俺には見つけられなかった。


「いや、迷っている暇はない。死んでもここは止める。」


 それでも、勝ち目が薄くたって、何もせずに逃げることは出来ない。俺が命をかけてこの村の人々を守る。



「ガアアアアアア!!」



 キンと耳に響く叫び声と共に、魔物達は栓を切ったようにこちらへと雪崩れ込む。



「……うおおおおおお!!」



 こちらも負けじと声を張り上げながら、力いっぱい剣を握り込み、奴らを迎え撃つ。



「……ッ!はあ!!」



 正面、それと左右それぞれから二匹ずつ、無秩序に迫る魔物達の身体を、順番に剣を振い両断する。


「……ガア!?」


 魔物たちは一瞬動きを止めてうめき声をあげると、ほぼ同時に地面に落ちていく。



「はぁ、はぁ……。」



 しかし想像以上に肉体への負担が大きい。肺に空気が上手く出入りしていない。まるで水の中にいるようであった。



「……うぐっ!?」



 瞬間、視界が折れ曲がるような感覚と同時に全身に激痛と脱力感が奔る。



(体がっ、重い……。)



 ここに来て俺に肉体を蝕む呪いが肉体を流れる魔力に反応してさらに激しく暴れ出し、猛威を振るう。



「ギャアアア!!」



 視界は完全に歪み、手足の感覚が激痛に支配され、まともに機能しなくなり、意識が曖昧になってきた頃、俺の耳に、再び魔物の鳴き声と、村人の悲鳴が響く。



「…………!!」


(ここで倒れて、何が英雄か、誰一人救えずして、何が英雄か!)



痛みを振り払うように拳を握り締め、それを自らの顔面に叩き込み、強引に意識を現実世界へと引き戻す。



「なんの……これしき!」


 痛みは上書きした、意識ははっきりとしないが、手足が動けば戦える。



「……おおおおぉぉぉぉお!!」



 そして襲い来る魔物たちへ再び剣を振り下ろす。


「…………ッ!?」


 爆ぜるように斃れる魔物の群れを無視し、俺はさらに歩みを進める。


 そしてふらつく身体を無理に推し進めていると、大地を揺らしながらゆっくりと動く大きな影を視界に捉える。



「貴様が……首領か?」



そう言って頭を持ち上げると、その視界の先には、民家の屋根など軽々と超えるほどの巨大な魔物が立ち尽くしていた。



「…………まだだ。お、俺は……戦えるぞ。」



 呪いの影響で激しく息を切らしながら、巨大な魔物にそんな啖呵を切った直後――



「……ッ!?」



――俺の視界は急速に揺れ出し、暗転する。



「が、は……。」


(なんだ?何が起こった?俺は……。)



全身に響き渡る衝撃、ガラガラと目の前で崩れる建物、伸ばした手には木目調のクローゼットがある。そこまで情報を集めて、俺は初めて自身が吹き飛ばされたことを理解する。


暗転する視界の中で、かろうじて確認できたのは、手を振り払ったような体制を取っている魔物の姿であった。



「ひいい!?」



 立ち上がろうとする中で聞こえた悲鳴に振り返ると、その先には怯えた様子でこちらを見る老夫婦の姿があった。



「すまない、ご老人。壁を壊してしまった。」



「……安心してくれ、魔物は俺が、すぐに。」


 そういって立ち上がるが、再び全身の力が抜けて頭から崩れ落ちて倒れる。一瞬遅れて視界がどろりと垂れた血液で真っ赤に染まる。



「……ッ。」



(くそ、身体が、動かない…………。)



 地面に手を突いて体を起こそうとするが、腕に上手く力が入らない上に、床に広がる血液でつるりと滑り踏ん張りが効かない。



「魔物め、妻や娘はやらせんぞ!!」



魔物?俺のことを言っているのか?



 言葉の意味が理解できずにいると、ふと視線の先に映った割れた窓ガラスを見て、俺はその言葉の意味を理解する。



 そこに反射して映る自身の顔は、呪いの影響で顔の半分が黒く爛れたように変色しており、魔物と見間違っても仕方のない醜いものであった。



「……ちが……おれ……。」



(大丈夫、俺が……全部………………。)


 弁明しようとも思ったが、うまく口が回らない。身体を起そうにも地面についた手もずるりと滑り、再び地面に頭が落ちる。



 打ち所が悪かったのか、視界が少しずつ、暗く……。









 ――どれほどの間寝ていたのだろうか。


 全身が激痛に苛まれる中で、重たい瞼を開けると、視界は先程までと変わり映えしない瓦礫の山を移す。


 そして、少し遠くから先程と変わらない村人たちの悲鳴が聞こえ、俺は意識を手放してからそう時間が経っていない事を理解する。


 先程までとは違うのは、守るべきはずの老夫婦が居ない事、そして、その代わりにこちらに歩み寄ってくる薄汚れた黒い靴を履く人の足元だけであった。



(あ、し……?だれ、が?)



「――随分と無様な恰好ね。」



 肉体に残った僅かな力を振り絞って顔を上げると、とある女性の顔が映る。


 緩いウェーブのかかったブロンドの髪を肩まで伸ばし、少し濁った碧眼と白い肌を持つ、顔立ちの整った仏頂面の女性。俺はこの人に見覚えがあった。



「その声は、昨日の……。」



「昨日振りね。英雄様。」


 持ち上げた視線の先に立つのは、昨夜の川辺で話をした女性であった。



「その格好……。」


ただ、彼女のその姿は、昨夜の村娘のような風貌とは違い、どこかで見たような修道服を纏った姿であった。



 その姿はまるで――



「ええ、貴方のよく知っている聖女様よ。元だけどね。」



 生乾きの修道服を纏った金髪の女性は、そう言ってこちらに向かって手を伸ばすと、彼女の言葉を証明するように俺の身体が薄緑色の光に包まれる。



 暖かく、それでいて柔らかい。全身に走る痛みが少しずつ小さくなって消えていく。



(回復魔法……か……。)



 光に包まれた俺の身体は時間経過と共に少しずつ軽くなり始める。


 今は未だ動かせないが、数分も待てばまた戦える。彼女には感謝しなくてはならない。しかし、まずは俺を救ってくれたこの人から逃がさなくては。



「そうだったか、ならば、早く逃げるんだ。君もこのままでは魔物に襲われてしまう。」



 そう思い俺は体を起こして忠告をするが、彼女は俺の言葉など意にも介さず、涼しい表情のまま口を開く。



「必要ないわ。魔物は全部あなたが倒すもの。」



「そうしたいのだが、今の俺では精々時間稼ぎ位が関の山だろう。」



 そこまでこの力を信用されたのは久しいな、などとも思ったが、そこまで出来るだけの力が無いのは、俺が一番よくわかっていた。



「だからその間に逃げるんだ。なるべく多くの人を連れて、此処から離れてくれ。」



 だからこそ、目の前にいる一人だけは守る。そんな決意で手元にある剣に手を掛けるが、それでも彼女はその場から立ち去ろうとはせず回復を続けていた。



「いやよ。私はまだやることがあるから。」



 彼女の意志は固く、決して戦場から逃げ出そうとはしなかった。



「やること?」



「ええ、私の目的のために必要な事よ。」



「だからその為に戦って、勝って、生き残りなさい。」



 俺が問い返しても、彼女は自身の思惑を口に出すことなくただ短く、俺に勝利せよと命じてくる。



「善処しよう。」



 彼女は頑なだ。今ここで言い合いをしたところで、何も起こらない。だからこそ俺はその言葉を否定も肯定もせず受け流す。



「そんな弱気な答えは聞きたくないわ。貴方が本当に英雄様なら、どんな逆境に立っていようとバカみたいな笑顔で人を救うべきよ。」



 随分と夢見がちな発言だ。そう思ったのと同時に俺は何も知らない彼女のその発言に少しばかりの苛立ちを覚える。


 俺だってすべてを救いたい。目の前にいる人間を一人残らず救い上げ、そして俺自身も生き残ってこの先も見ず知らずの人を救いたい。かつて得たはずの力を、かつて確かにこの手にあったはずの力を、誰かのために使って平和のための礎となりたい。


 けれど、俺にはもうそれは出来ないんだ。だから、せめて残ってしまったわずかな力で、一つでも多くの命を救いたい。



「だから、今の俺にはその力は――」



「――だから、その力を貸してやるって言ってるの。」



少し強い口調で彼女の言葉を否定しようとした瞬間、まるでこちらの発言を予知していたかのように、まるで俺の思考を見透かしたような表情で、俺が全てを言い終える前にその答えが返ってくる。



「……力……を?」



「そう、私ならその呪いを解呪してやれる。呪いさえなければ、貴方はあんな奴らに負けない。違うかしら?」



 ああ、きっと救える。この呪いさえなければ、かつての力さえあれば、それを振えるのであれば、俺はきっとこの村を救える。けれど、なぜこの女性は、見たこともないはずの俺の力をここまで信頼しているのか、それだけが分からなかった。



 意味が分からず呆気に取られていると、彼女は回復の魔法を止める。



そして、一瞬遅れてその対の手には金色の光が灯る。



「そんなことが出来るのか……!?」



「出来る。少なくともこの場を切り抜ける力を与えられるわ。」



 俺が顔を上げてそう問いかけると、彼女は得意げに笑みを浮かべて、手元に取り出した黄金色の光を一度拳を握って消失させる。



「ならば――」



「――けど、条件があるわ。」



 体を起こして話を聞こうとした瞬間、彼女は俺の肩に足を乗せてその動きを制する。


そしてまるで子供に言い聞かせるように、一言一言を強調しながらこちらの顔を覗き込んでくる。



「……条件?」




「ええ、貴方、私の下僕になりなさい。」



 自信と好奇心に満ちた彼女のその笑顔は、黒々と輝いており、その様相はまさに悪魔のようであった。



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