敵の正体
――翌日
壮絶な死闘の果てに勝利を手にした私は、傷の治療もそこそこに、エルシオの研究所へと足を運んでいた。
「その、なんだ。よく生きてたな貴様。」
そう言って私に言葉を投げるエイ―ラ様の表情は、どこか引き攣っているように見えた。
「辛うじて命は拾えました。」
私だって自身の傷の状況は理解している。
左腕はズタズタに斬り裂かれ、骨まで折れてる。それに全身は所々に火傷を受けて痛むし、腹部の刺傷も決して浅くない。まともに動けていること自体が奇跡みたいなものだ。
「まあいい、話を聞ける状況ならどうでもいいさ。」
「これが調査の結果だ。」
「ありがとうございます。」
そんなやり取りもほどほどに、彼女はそう言って一つの紙の束を投げ渡す。
「…………それにしても随分と手酷くやられたな。」
ぎこちない動きでそれを受け取る私の姿を見て、彼女は呆れたように呟く。
「突然の事だったので最適な動きができたとは思ってません。それよりも、これは?」
私の言葉に反応して、彼女はこちらに背を向けながら煙草の火をつける。
「ああ、そうだな。まずは首輪の件だが、大方の予想通り、魔力に反応して爆破する宝石と、起爆するための魔道具、これらがセットになって運用されていた。」
彼女の言葉と共に資料に視線を流していくと、先に発見されていた杖の他に、荒い線で描かれた手甲のような魔道具のイラストが目に入る。
なるほど、起爆時に男の手元で光っていたのはこれだったのか。
「それと、使い手はやはりレジスタンスの人間で間違いない。貴様が倒した男が、随分と正直に話してくれたそうだ。」
「そうでしたか。」
昨日は気にしている余裕が無かったが、やはり捕まっていたか。余計な事を話していないといいのだが、これ以上はもう彼を信用するしかない。
「今回の首謀者はこのガンドレッドを、陽動役の三下には分かりやすく杖を持たせていた。小賢しいが、相応に効果的だったと思う。」
「ええ、これが無ければ被害は拡大していたでしょう。」
「想定していた運用ではなかったが、役に立って何よりだ。」
逆探知の魔道具を持つのが面倒でアレスに預けていたが、図らずもそれが残党を掃討する際に大いに役に立った。うっかりミスであったが結果オーライだろう。
「それと、操られていた人間の多くは、近くの山村や集落から拉致されてきた魔力の適性のある人間だった。」
「関係のない人間を、首輪で無理やり、か。」
私が呆れたように呟く中で、エイ―ラ様はさらに口を開く。
「使い捨ての戦力を集めるという意味では無慈悲なほど効率的だな。だが、それよりも問題なのは、そこの彼が対峙した方だ。」
「エルグ族、ですよね。」
私は、昨晩の内に聞いていたアレスが見た戦士たちについて話をする。
「その通り、いくら反帝国主義の人間のした事とはいえ、対応を誤れば国際問題になりかねない。恐らくこの件は帝国側も本気で動くだろう。良かったな、あちらも貴様に構っている暇はなくなるはずだ。」
確かに、この人の言う通り、恐らく帝国は今、私に構っている暇など無いだろう。
「なら、このまま姿をくらますのが良いか?」
「まさか、そんなもったいない事しないわ。」
アレスの言葉に私は首を左右に振って答える。
「この混乱に乗じて、私の敵を潰すことにしましょう。」
私の笑顔に、目の前の男は引き攣った表情を返す。
「一体どうやって?」
「忘れたの?私たちがここに来た本来の目的。」
「ロストフォレストで得た薬品の成分分析、だったはずだ。」
私の問いに、アレスは自信の無さそうに答える。
「そう。その結果次第で私たちの敵がはっきりするはずよ。」
「…………?言っている意味が……。」
言葉を省き過ぎた。これでは理解できないのも仕方あるまい。
少し考えた後、私は自身の考え、この後の計画を彼にも理解しやすいように脳内で変換する。
「薬品の成分が分かればその元となった素材にも目星が付けられる。そうなれば生産地、原産地まで辿って行ける。」
「ねえ、そうでしょう?エイ―ラ様?」
「……本当に気持ちの悪い女だ。」
そう言うと彼女は、笑みを浮かべる私へ、蔑むような視線を向けて紙の束を投げ渡す。
「どうも。」
軽く会釈をしてそれを受け取ると、私はその資料に視線を落とす。
「薬液の正体は貴様の予想通り、魔物に対する活性剤と、暴走を抑える鎮静剤で間違いない。」
「……魔物を狂暴化させた成分は、最上部にある超高濃度のアンメタン、だろうな。」
私は資料を流し読みしながら、読み終えた物をアレスに手渡していく。そしてアレスもそれを読み始めた頃に、彼女は口を開き始める。
「それ以外の成分としては……カブルイン、アールヌチン、バンタミ?てことは植物由来?エイーラ様、該当する物ご存じですか?」
アンメタンは幻覚効果のある薬物に入っているような成分で、それ以外のものは、基本的な食物にも含まれているような栄養素だ。そこまでは分かったが、該当する食品、あるいは植物を特定するまでには至らない。
「流石の博識、聖女様にふさわしい、が。そこまで情報が揃っているのなら答えは一つだ。」
「…………?」
私が首を傾げると、彼女は一枚の絵画の模写を手渡し、その中にある、とある花を指差す。
「パラダポピィの花だ。」
「…………っ!?」
「パラダポピィの花?あれはそんな危険な代物ではないのでは?」
その答えに私は思わず言葉を失う、しかし隣に立つ戦士は眉を顰めながら疑問をぶつける。
「本来ならな。アレの十や二十程度であれば、せいぜいちょっとした精力剤や強壮剤程度の効果しかない。が、数値を見てもらえばわかる通り、各成分の濃度が尋常ではないレベルで高い。」
「成分を濃縮したということですか?」
彼女の説明に、珍しくアレスが質問を返す。
「どうやったかはまだ分からないが、これほどの濃度、もし人間にでも打とうものなら、数秒で心拍数の増大、果ては心臓破裂、だろうな。」
「そんなものを打っていれば、魔物とはいえただでは済まないのでは?」
「だからこそこっちの安定剤を使って調整しているのだろう。」
アレスの真っ当な疑問を暗に肯定しながら、次に彼女は手渡したもう一本の赤色の液体が僅かに入った瓶を取り出して説明を始める。
「成分としては紫色の方とは反対の鎮静効果がある。なにぶん量が少なくてな、分析には苦労した。」
「エイーラ殿が直々に分析をして下さったのですね。忙しい中で申し訳ない。」
「気にするな、どちらにせよ国からの申請で私くらいしか暇なのがいなかっただけだ。」
彼女は煙草を吹かしながらアレスの言葉を受け流すと、ちらりとこちらの方を向く。
何かを察したのか、煙草から口を離し、鎮静剤についての資料をテーブルに広げ、資料の一つを指差す。
「ちなみにこっちの薬品にはロスリリィの花の成分が含まれていて……。」
「…………ありがとうございます。エイーラ様。」
私をその言葉を聞いた瞬間に彼女の言葉に割り込む。
「おっと、これ以上の情報は不要か。」
そう、これ以上の情報はもう必要ない。
何故なら、もう答えに辿り着いたのだから。
「ええ、パラダポピィにロスリリィ、生育条件の違うこの二つの花を栽培できる地域は、この国では一か所しかありません。」
私の出した結論がどうやら正解であったのか、彼女は黙って私の言葉に頷く。
「帝都北西部、ギルバード領のみです。」
「……まさか。」
ギルバード、そう、私の大嫌いな、ローラ・ギルバードの家系だ。
「そうよ、これでやっと私の命をしつこく狙ってきたのか説明がつく。」
私の事が嫌いなのはもちろん、何よりもこんな人間が自身の弱点ともいえる悪事の本拠地の近くをうろついているのであれば、消したくなる気持ちも分かる。
しかし、その目論見は英雄の存在によって儚くも潰えた。
図らずも私達の行動は一番の天敵を追い詰めていたのだ。
「次の行き先が決まったか、策はあるのか?」
「いいえ、策はないわ。けど、急ぐわよ。宿に戻って準備をお願い。それと、エイーラ様。」
敵の姿とその弱点がはっきりした私はすぐさま行動を始める。
アレスが部屋から飛び出していくのを見送りながら、私はすぐに視線を会話相手に戻す。
「なんだ?」
話は終わったものだと思っていたのか、エイーラ殿は少しばかり訝しげに問いを返してくる。
「紫色の液体の方を小さな容器に移し替えてもらって良いですか?」
「全部か?」
その問いに私は首を横に振る。
「いいえ、コップ程度の容器を二つ、量自体は物が判別できる程度でいいです。余ったものに関してはそのままの容器で構いません。それと、検査結果の複製もお願いします。」
「何をする気だ?」
あまりにも要求が具体的だったのが気になったのか、彼女の表情はさらに険しく強張るが、私は小さく笑みを返す。
「大したことではありません、ただ、少しばかり悪だくみを。」
そう、これは少しばかりの悪巧み、ほんのささやかな嫌がらせと洒落込もうではないか。




