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尽くし、尽きる


 魔法戦において互いの立ち位置、ポジショニングは勝敗に大きな影響を及ぼす。


 大地に直接干渉する土属性魔法、周囲の水を操作する水属性魔法、といった、地面に近い事がアドバンテージになる魔法を持つもの以外は、基本的に上から打ち下ろせて、足場を盾にしやすい高所を取るのがベターだ。


そして、そういった基本に忠実なユーダ・ケイリスは、隙さえあれば戦闘時に高所を取りにいく傾向にある。


 にもかかわらず、彼が地面から屋根の上に移動している姿を一度も確認できていないということは、それだけ相手からの見られ方も意識した立ち回りが出来ているという事だ。


 そして一方で、ゴンゾの方はというと、速度の遅い闇属性魔法を中心に戦闘を構築しているが、その隙を埋めるように剣術や魔力爆弾を駆使してくる。


 そして常に、挟み撃ちにならないように立ち回れている。


 どちらも戦い慣れているが故の強さ。戦闘経験のほとんどない私が彼らを打破するためには、そういった経験値・・・を上回る何かを示す必要がある。



だからまずは――



「逃げの一手っ!」



 私は彼らと距離を取る事を選ぶ。



「……っ!」


「何かと思えば……。」


二人は同時に私に向かって構えを取る。


 当然、追撃が来るだろう。


 そして私には何が来るかが見なくても分かる。


「爆弾と、火属性魔法でしょう?」



 直後、私の予想通り、背後で灼熱と衝撃が弾ける。



「アンバーレイ」


 走りながら背後に展開した障壁は、二つの衝撃波に押し出されて飴細工のように砕ける。


 爆風と共に土煙が舞い上がる。


 それに合わせて私は再度、細い路地裏に逃げ込む。



「くそっ、またか!」



 ユーダが忌々しそうに呟く。


 私が幾度となく路地裏に逃げ込むのには当然、理由がある。


 一つは単純に人目に付くところで帝国の人間と戦闘をしたくない為。


 そしてもう一つは純粋に攻撃を防御するため。


 いくら相手が強力な魔法の使い手とは言え、石造りの家を破壊しようとなると相応の火力が必要になる。


 とはいえあの二人にはそれを為し得る火力はある。


ただしそれは、使えば発動前後に大きな隙を晒す大技。使用に伴う大きな隙は、互いにもう一人の敵が見逃すはずがない。



「建物ごと破壊、は出来ない?」



 だからこれが、私にとって二人の行動を制限する強力な一手となる訳だ。



「行かせると思うか?」



 となるとゴンゾが次に仕掛けるのは接近戦。ユーダの動きは読めないが、この展開から察するに次はきっと、先回りだろうか。



 直後に視界の端から赤色の光が瞬く。



「バーンウェイブ」



「……んのっ!!」



 路地裏を丸ごと飲み込むような炎の波が迫り、私は咄嗟に前方に飛び込んでそれを回避する。


 尻餅をつき、体勢を崩した私の元に、鋭い斬撃が迫る。



「はぁ!!」



「……っ、アンバーレイ!」



 迫るゴンゾの身体に滑り込ませるように私は障壁を展開する。



「……っ、ならば、障壁ごと斬り裂いてやろう!!」


 半透明の壁に衝突して空中で留まるゴンゾは、おおきく振りかぶって斬撃で魔法を破壊しにかかってくる。



「ラスティネイル!」



 そして剣が魔法に衝突する瞬間、私は障壁を解除して至近距離からの攻撃に切り替える。



「……っ!そう来るか。」



 四連続で放たれた攻撃の一つが彼の腹部を掠める。


 ようやく私の攻撃が当たった。しかし、状況が大きく好転したわけではなかった。



「やはりここか。」



 直後に私の背後からそんな言葉が聞こえてくる。


 声の主には覚えがある。ユーダだ。



「……ちっ!!」



 背後を取られた、反撃を――



「ここで魔法を使うのか?」


 彼の言葉を聞いて私は動きをピタリと止める。


「……っ。」


 そしてゆっくりと周囲を見渡して彼の言葉の意味を理解する。



「分かっているぞ、元聖女、人前では私に攻撃をしないのだろう?」



 ここは丁度、路地裏から出て広い大通りに面した十字路。そして、周囲には見た事のある人間たちが点々と存在していた。


これは困った、人の目が集まり過ぎている。


 それにどうやら私の動きも読まれているようだ。



「あら、何の事かしら?」



 私は表情を殺した状態でそんな問いを投げる。



「貴様は市民の目がある中で帝国の人間を攻撃できない。余程綺麗に見られたいのか、さっきの説得まがいの挑発も、周囲の人間からの見られ方を気にしていたのだろう?」



 なるほど、騙し騙しやってはいたが、どうやら完全に看破されてしまっているようだ。



 彼の言う通り、私は人前で帝国の人間と大っぴらに戦いたくはなかった。もしも私が自らの意思で帝国の人間を攻撃すればそれは、聖女を剥奪された腹いせに帝国に牙を剥いた。そう受け取られかねない。


 もしもそうなれば、復讐は出来たとしても、聖女への復帰は絶望的になる。


 だから攻撃は最低限の迎撃のみに抑え、かつ人目を避けていた。



「どうでしょう?演技ブラフかもよ?」



 私はそう言って笑って見せる。


 例えこの言動が大きな意味を持たなくとも、判断力を少しでも奪う。そうすればあるいは隙ができるかもしれない。



「この状況を招いてまでする事か?」


「片腕は使えず、大通りで人の目に囲まれ、前後を挟まれたこの状況、詰みだ。」



 しかし、どうやら彼の言う通り、この辺りが潮時のようだ。


 次の一手への布石を考えていると、ユーダの方からとある提案が飛んでくる。



「ここで私に協力するというのなら、この場では殺さないでやろう。」



 自らの勝利を確信しているユーダは、表情を固めたままそんな発言をする。



「それって数日寿命が延びるだけじゃない?」



「…………。」


 私の問い掛けに返事はない、返ってきたのは見下すような冷たい視線だけであった。



「ただまあ……。」



 私はそう言って胸元のポケットに手を入れる。



「隙だらけだぞ!」



 唯一使える片手が塞がった私の元にゴンゾが剣を振り上げて迫る。



「ラスティネイル」



 直後、私は自らの服を貫通させて背後に迫るゴンゾへ魔法を放つ。



「……っ、ぶはっ!?」



 背を向けて発動を隠した完全な不意打ちが彼の腹部に突き刺さって貫かれる。



「誘いには乗っておこうかしら。」



「ほう、いい心がけだ。」



 私の言葉と共に放たれた魔法を見てユーダは揺るがない自身の優位を確信する。


 そして、その判断が攻略不能であった彼に、僅かな隙を生み出させる。



「さあ、幕引きとしよう。」



 私の背後で膝をつき、倒れまいとしている男へ止めを刺す為にユーダは肉体に魔力を流し込み、近くの建物の屋根を目指して飛び上がる。



「……っ、飛んだ。」



 戦闘中、これまで彼が見せなかった行動、自ら回避の出来ない空中へと身を晒す、この瞬間を待っていた。



「……おおおおぉぉぉぉ!!」



 私がユーダへ仕掛けようと構えたその一瞬前、背後で蹲っていたゴンゾが最後の力を込めて魔力の爆弾を投げつける。


 一瞬遅れてゴンゾの腕のあたりが小さく瞬き、爆弾は炸裂する。



「バーンプロテクト」



 しかしそれも読んでいたのか、ユーダは余裕を持った対応でその爆発を阻む。


 周囲に爆煙が拡がり、視界が覆い尽くされる。


 これ以上ないほどの好機に、私の身体は考えるよりも先に行動していた。



「もう一回よ!!」



「……っ!?」



 私の言葉に二人は同時に反応する。


 そして二人の視線が私の投げつけたとあるものに向く。



「……首輪?…………っ!!」



 それは先程の男達を撃退した際に外せた首輪。そしてその中でも、爆発の機能が残っていそうなものを胸元に忍ばせていたのだ。


 ユーダは辛うじて反応するが、それでも遅かった。


 ゴンゾの腕、手首に巻き付けられた腕輪が小さく光り、首輪は先程の球体と同じように弾ける。


 中距離からの爆発を受けたユーダは、ダメージこそほとんどなかったが、その衝撃で大きく体勢を崩す。



「くっそ、小癪な……。」



 私の騙し討ちで辛うじて生み出したユーダ・ケイリスの隙。



「がああああああ!!」



 それを狙ったゴンゾが、彼を追って飛び上がる。恐らくこれが最後の特攻だ。



「バーンウェイブ!」


「ブラックジャック!」


 苛立ちながら強引に引き剥がそうとするユーダと、一気に畳み掛けるゴンゾは、互いに必殺の間合いで魔法を構える。


「「……ッ!!」」


 闇と炎、二つの魔法が至近距離で衝突して弾ける。


 二人の身体が激しく後方に吹き飛ばされる。


「……っ!!」


 周囲に大量の土煙が立ち込める中で、ゴンゾは動きを止めることなく再接近の為に駆け出す。


「中々やるが、賊軍よ。だが貴様、連続での魔法の展開が出来ないだろう?」



 ユーダは見抜いていた、ゴンゾという戦士の弱点を。



 彼は強力な闇属性を使いこなす魔法の使い手、しかし、その一方でそれを連発できないピーキーな力だ。近接戦も爆弾を交えた攻撃パターンも、それを補うための工夫だったのだろう。



 故に次は近接か爆弾しかない。それを予想出来ていたユーダは迎撃のための魔法を既に左手に番えていた。



「ああ、だがこの距離で焼き切れるか?」



 案の定、煙の向こうから現れたのは、剣を構えてユーダへと突っ込む彼の姿であった。



「……面白い、だが……。」



 被弾覚悟のゴンゾの特攻を前に、ユーダの口角は怪しく吊り上がる。



「……っ!?」



 そして直後、彼の手から放たれたのは、煌々と燃える炎の一撃、ではなくその真逆の性質を持つ一撃であった。


 ゴンゾの腹部に広がるのは灼熱感にも似た激痛、しかしそれを追うように強烈な冷気が迸る。



「氷、属性…………か。」



 彼の横腹を貫いた巨大な氷塊がぬるりと纏わりついた血液ごと爆ぜて消える。


 そしてゴンゾは、消え入るような声でそれを見届け、力なく落下していく。



「強かった、勘もいい、…………だが、私の方が上手だ。」



 撃ち倒した敵を見下ろしながら、ユーダは静かにそう呟く。



「……っ!!」



 男の身体が地面に落ちる音に合わせて、私は全身に魔力を込めて地面を蹴る。


 一瞬遅れてユーダも地面へ着地。その音を頼りに私は爆煙の中を突き進む。


 そして、深い煙を抜けた先で、再び私とユーダは相まみえる。



「……なっ!?」



 互いに正面を向き合う形、贅沢を言えば背後を取りたかったが、虚を突いたことで生じた隙は確かに戦況を私有利に傾かせていた。



「……っ!」



 この男が氷属性の魔法も使える事は知っている、だから私はそれ対策で魔法の障壁展開を行う。



「……っ、オル・フレール!!」



 私の予想通り、ユーダは氷の魔法を形成してこちらに撃ち放つ。


 しかし予想外であったのは、その攻撃の威力であり、私の展開した障壁は容赦なく打ち砕かれてしまう。


 そして僅かに軌道が逸れた氷塊が私の脇腹を掠める。



「……ぶはっ!?…………っ、まだよ!!」



 灼かれるような痛みと共に衝撃が全身へと広がる、視界がブレて、大地が波打つ。


 しかし、それを踏み潰すように強く地面を踏み込み、私は最後の力を振り絞る。



「しつこいぞ!!」



 迎撃のためにユーダが構えた瞬間、視界の端に紅の光が瞬く。



「……っ!!」



 そして、直後に私とユーダの間に炎の魔法が波のように通り過ぎる。



「……これはっ!?」



 互いの視界が遮られ、ユーダが足を止める。



「いけっ!聖女様!!」



 その言葉に背を押されるように、私は炎の中へと足を踏み入れる。


「……はああぁぁぁ……っ!!」


 炎の魔法は直撃したとしても、一瞬であれば死にはしない、そう信じて炎の中を駆け抜けると、ようやく目の前に目標の敵が姿を現す。


「ローズ・アンブレラ!!」


「甘い!!」


 ようやく届いた間合い、撃ち放つは光属性の魔法、しかし、私の放った魔法は氷の障壁によって完璧に阻まれる。


「……っ!」


 しかし、それでも私は足を止めることはなく、更に深く、敵の懐へと踏み込んでいく。



「……なら、もう一個はどうする?」



 敵もまた百戦錬磨の強敵、魔法を極めたプロフェッショナル。たとえ完全な不意打ちだろうと、防がれる可能性は考えていた。


 故に最後の一撃に選んだのは、彼の主武装である魔法の打ち合いではなく近接戦、防がれる可能性の高い魔法ではなく、魔力によって強化されたただの拳。



「なっ……。」



 私は魔法を打った手とは逆の、魔法によってズタズタにされた左拳を握り締める。


 大技を撃った直後、勝利を確信したタイミングでの不意打ち、攻撃は来ないという油断、彼の苦手分野での勝負、そして、壊れていたはずの左腕による攻撃。この状況で生み出せる勝ち筋を全て拾い上げた。


 この腕も、視界が切れたタイミングで回復し続けていたとはいえ、辛うじて動かせる程度、二度は通じない作戦であることを考えれば、これが正真正銘、私が勝てる最後のチャンスだ。


 そんな私の渾身の一撃に、ユーダは対応することが出来ずその動きを止める。



「……ぶっ、あ!?」



そして私の拳は、彼の頬に深々と突き刺さる。


目一杯の力を込めて振り切った拳に飛ばされて、彼の身体ははるか後方にある石造りの壁に打ち付けられる。



「……がはっ!」



 そのまま地面へ落ちる彼の口から、重々しい呻き声が漏れる。



「……っ、さあ、止めと行きましょう。」


 一瞬遅れて私はその目の前に軽やかに着地をする。



「な、ぜ………?」



 受け身も取れずに衝撃を食らった彼の身体は思うように動かせず、這うように私から距離を取ることしか出来ない。


 状況を理解できていない彼に向かって私は駆け出す。


 冷静になられて魔法を使われれば、この局面でも私に勝ち目はない。


故に一秒たりとも無駄な時間は使わない。



「路地裏でしか攻撃しなかったのはわざとよ。貴方の油断を誘うためにね。」



 倒れ伏す彼の身体までの動線の中で、大きな瓦礫を拾い上げる。


 そして、うつぶせに倒れる彼の身体の上に跨って大きく瓦礫を持った腕を振り上げる。



「いい、のか?帝国を、敵に……ぶっ!?」



 そして、最後に吐いたユーダの言葉を遮るように、私は躊躇いなくそれを振り下ろす。



「問題、ないわ。ここにいる人全員、私の味方らしいか……ら……。」



 そう言い放った直後、私の身体から力が抜けていく。



「……っ、聖女様!」



意識を手放す直前に私が最後に見届けたのは、先程まで首輪をつけていた男たちが心配そうな表情で駆け寄ってくる姿であった。


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