三つ巴
小さな通路全てを覆い尽くす炎の大波、それに対して私は咄嗟に右腕を前に突き出す。
「アンバーレイ!」
直後、私の肉体は展開した障壁ごと後方に押し飛ばされる。
「脆い!!」
「……っ、あっづ!?」
砕かれた障壁の奥から、更に炎が迫る。
私は咄嗟に肉体に魔力を流し込み、思い切り真横に飛び退く。
豪炎は細い通路の形のまま大通りに噴き出し、私の目の前の景色を真っ赤に染め上げる。
「……やっぱりとんでもないわね、金章。」
地面を転がりながら距離を取った私はその尋常ならざる攻撃力に驚愕する。
「……っ、ちぃ!」
一方で私の巻き添えを食らったような形で魔法の射程内に入っていたゴンゾは展開していた障壁を解除しながら忌々しそうに呟く。
「随分無作法だな。」
男はそう呟くと、ユーダに対して、再び私に放ったものと同じ、魔力の爆弾を射出する。
「ダウンミラージュ」
しかしユーダも一流の戦士、即座に熱気の障壁を展開して攻撃に備える。
「……ッ!!」
炸裂する爆弾が彼の姿を包み込む。
「……これは。」
しかし、その先に立つユーダは崩れ去る足場からひらりと飛び降りて無傷で着地をする。
「なるほど?例の首輪と同じ素材か。」
「都合がいい、ターゲットと元凶、どちらもいるのなら早々に叩き潰そうか。」
そして、狙いを私一人から、私たち二人の殲滅へと移行する。
「都合がいいのはこちらも同じだ、金章魔法師。貴様を殺して革命の足掛かりにして見せよう。」
対するゴンゾも引く気はないらしく、身に纏う殺気をさらに燃え上がらせて答える。
敵が二人に増えた、と絶望しそうになるが、考え方を変えればこれはチャンスかもしれない。
「ヘルファイア」
「シャドウバーン」
なぜならこの通り、私へ向いていた矛先を逸らしやすくなるからだ。
「「……ッ!!」」
容赦なく放たれた二人の魔法が大通りの中心で衝突すると、周囲の建物の一部が弾き飛ばされるほどの衝撃波が広がる。
あらかじめ距離を取っていた私の身体はさらに遠くへと押し込まれていく。
「……と、と、ならこのまま……。」
私はその勢いのまま路地裏へと再び転がり込もうと方向転換する。
「……逃がすか!」
しかし、間髪入れずに巻き上がった土煙の中から紅色の魔法が飛んでくる。
「……っ、ちぃ。なら!」
前方を通り過ぎる魔法に足を止められ、私は逃げ込むのを断念して振り返る。
「お止め下さい。ユーダ様!」
そして、喉の調子を確かめた後、できる限りの透き通った声を張り上げて彼の名を叫ぶ。
「…………。」
「今街は混乱の中に在ります!我々が争っている場合ではないのです。」
この局面での説得などもちろん通じるはずがない、当然これは挑発だ。
「黙れ!喧しいぞ!ドブネズミ!!」
私の白々しい演技に腹が立ったのか、ユーダは語気を強めながらそう叫ぶ。
そうして一時的に冷静さを失ったユーダへ、球状の爆弾が迫る。
「隙ありだ。」
「隙など無い!」
そう言ってユーダが手を横薙ぎに振うと、炸裂した爆弾がその爆風ごと炎に包まれて吹き飛ばされる。
「……まあ止まる訳ないか。」
流石は帝国トップクラスの実力者、この程度では揺さぶりにもならない。
「お前も逃げるな。」
「…………っ。」
立ち止まった私へ、今度はゴンゾが魔法の構えを取る。
「シャドウバーン」
間髪入れずに放たれる魔法、これを利用させてもらおう。
私は同時に駆け出しながら魔法の準備を取る。
「アンバーレイ…………ぐっ!?」
辛うじて差し込んだ障壁越しに私の身体へと衝撃が届く。
しかし狙い通り、私の身体は先程とは別の道から、路地裏の奥へと押し込まれる。
「ラスティネイル」
そして、全身が再び路地裏に入り込んだタイミングを狙って魔法を撃ち放つ。
私の狙いは、隙が生じたばかりのユーダ。
幾つかに分割されて放たれた琥珀色の閃光が、彼の眼前にまで迫る。
「ダウンミラージュ」
しかし、私の攻撃は蜃気楼のように揺らめく炎の障壁によってそれぞれ阻まれる。
見ると彼の作り出した障壁は彼の身体を丁度覆い尽くせる程度の大きさであり、その耐久力は中距離から放たれた私の魔法では壊しきれないほどの固さを誇っていた。
「……やるわね。」
範囲を絞って効果を引き上げる、やっている事は私と同じだが、それにしても判断が速い、流石は魔法使いのトップといったところか。
「さあ、次だ。」
それと同時、彼の手が宙で何かの紋章を刻む。
掌印と紋章による詠唱の省略、それに気づいた私は咄嗟に肉体強化を施して後方に飛び退く。
「――させると思うか?」
「……っ、しつこいぞ!!」
度重なる介入にしびれを切らしたのか、ユーダは私に向けていた魔法の照準をゴンゾの方に切り替える。
「――――ッ!!」
直後、雪崩のように進軍する炎の波がゴンゾへと襲い掛かる。
同時にその余波が周囲に広がり、私の元に迫る。
「アンバーレイ」
私はそれに合わせて光の障壁を展開する。
「……っ!!」
再び私の肉体は後方に押し込まれるが、先程とは違い、展開した障壁は砕かれることなくその形を保持していた。
炎が止まり、焦げ付いた石畳が私の視界に映る。どうやら魔法の余波だけで路地裏から別の大通りにまで押し出されてしまったようだ。
「――まだやるか?」
沈黙が拡がる大通りに、低く、冷たい声が響く。
「…………なるほど。」
大通りで一対一の状況、これはまずいかもしれない。
「返事がないなら、終わりにしてやろう。」
「……っ。」
ユーダの手から再び強烈な炎の魔法が飛び出す。私は合わせてアンバーレイを展開する。
タイミングは掴んだ、大技の後で威力も落ちているこれは防ぎ切れる。
「ユーダ様!これ以上は――」
「――黙れっ、白々しい演技を止めろ!!」
攻撃が収まったタイミングで再度言葉を掛けようとするが、男は額に血管を浮き上がらせながら私の言葉を両断する。
まあこれ以上挑発してもあまり意味はないし、この局面で演技をする必要性もない。
「……あら、ひどいわ。」
私は表情をスッと元の状態に戻して皮肉げに答える。
「貴様が命を狙われる理由は良く分かっているだろ。」
「……一応聞くけど、誰の差し金?」
高所から見下ろすように言い放つ彼に、私は攻撃を止めて問いを投げ掛ける。
「わが主君の命だ。」
「そんなの分かってるわよ、誰がその主君様に命令したの?って話よ。」
彼の主がザイオン・グランツである事など少し調べればすぐに分かる。
私が聞きたいの更にその奥、恐らく彼と結託しているであろう他の聖女の存在についてだ。
「そんなものはない。」
当然彼もそれを素直に言うはずもなく、私の問いはあっさりと受け流される。
「……はぁ、情報はなし、か。」
「分かったのならすぐに死んでくれ。」
落胆する私に向かってユーダは容赦なく魔法の準備を始める。
この立ち位置、距離が近い。
「……嫌よ。」
「……遅い!」
私は咄嗟に踵を返して駆け出すが、それよりも早く彼の魔法が私へと迫る。
魔力を纏った私の肉体であっても、どうやら放たれた魔法よりは早く動けないらしく、その距離は徐々に狭まっていく。
しかし、私もそう簡単に食らってやるつもりはない。
「……アンバーレイ」
炎の波が私の眼前にまで迫ったあたりで私は背後に障壁を展開する。
同時に強引に地面を踏み込んで急旋回しながら真横にあった細い道へと飛び込む。
「……っ!!」
咄嗟の対応であった為、完全に避け切ることは出来ず、私の左足が一瞬炎に包まれる。
しかし焼け焦げたのは靴だけ、中の足は火傷もなく動かせる。
「……ハッ!当たんないわねぇ!!」
私は万全をアピールするために全力で挑発して見せる。
「待てっ――ッ!!」
まんまと挑発に乗り、冷静さを失いかけた瞬間、彼の目の前で複数の爆弾が爆ぜる。
「…………ちっ、本当にしつこいなお前は。」
ユーダはそれを危なげなく防ぐと、爆弾が飛んできた方向へぎょろりと視線を向ける。
「……待つのは貴様だ。」
視線を移すと、彼の背後には全身をわずかに焦がしながらもいまだ継戦の意思を見せるゴンゾの姿があった。
「平民ごときがっ……!!」
大通りで再び展開される三つ巴の構図、互いの必殺が阻まれた事で戦況は膠着状態に入る。
静かに怒りを燃やすユーダの表情を見て、私は努めて冷静になる様に意識しながら思考を回す。
「……戦闘は成立する、けど。」
相手は帝国でも指折りの実力を持つ金章魔法師、それと爆弾と闇属性を使いこなし、剣術まで扱ってくるレジスタンスの男、純粋な戦闘力で言えばこの中では私が最弱、あちらの二人はユーダがやや優勢といったところだろう。
単騎ではどちらが残っても対処できない以上、私に残された勝ち筋はユーダとゴンゾの同士討ち、しかし、双方から狙われている以上、下手に隙を晒せば集中砲火を受けるだろう。
だがしかし、“勝たなくていい”どころか“逃げ切れば勝ち”である私と、“なんとしても倒したい”彼らでは前提条件からして違う。
加えてユーダは私達を倒した後に事態の収拾に動かなければいけない。つまり戦力を温存しなければいけないのだ。
複数の条件が重なり、辛うじて成立する戦闘だ。けれど、このまま牽制と防御を繰り返し、着かず離れずの距離を維持すれば、アレスの方が先に片を付けてくれるはず。
「けど、どうしようかしら。」
しかし、それだけではダメなのだ。
私にも、もう一つやりたい事がある。
「それじゃ、まずは勝たないと、ね。」
その為には、目の前の敵から何とか逃げ切りたい、或いは撃破したいのだ。
方針を決めた私は全身に魔力を込めて肉体強化を施す。
「……っ。」
「……なんだ?」
互いが動けずにいる中で、私の身体が輝き出すと、二人は私に警戒心を割き始める。
「さ、決着をつけましょう?」
降り注ぐ殺気の中で、私は口角を吊り上げてそう宣言する。




