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想定外


 アレスと別れた私は、その足で新たな聖女様がいるであろう領主の屋敷へと向かっていた。


「はっ、はっ……遠すぎ……。」


 かなりの距離を走り抜けた。にもかかわらず、私の視界の奥に存在する大きな屋敷へたどり着く気がしない。


 あまりに遠いその距離に私の心も折れかけた頃、視界の端に何かが割り込んでくる。





「うああああああ!!」



 一瞬遅れて男性の悲鳴が私の耳に届く。


 同時に私の視線もその現場を捉える。


 声の主はどこにでもいるような普通の青年、そしてそれを追う首輪をつけた人間達の姿に私の表情は思わず小さく歪んでしまう。


「俺たちを助けてくれ!!」


「ひい!?」


 追いかけている方が助けを求めているという奇怪な状況、それを理解できてしまうからこそ私の足は止まってしまう。


「…………助けてくれ、ねえ。」


 思考を巡らせる。


 今この場で彼らを見逃して屋敷へ向かうのと、彼らを止めて追いかけられている青年一人救う事、どちらが私にとってメリットになりうるか。


 どちらが私の名声に繋がるのか、と言われれば恐らく多くの者の注目が集まる屋敷に向かうのが効率が良いだろう。


 しかしそんな思考と同時に、私は、他の可能性にも目を向ける。


 名も知らぬ青年一人助けるか、新しい聖女を助けるか。あるいは――




――全員を救うか。



「…………くくっ。」



 最高高率、というならそれが最善に決まっている。


「そんなに言うなら私が救ってやろうじゃない。」


 同時、私はその場から踵を返して首輪をつけた男たちに向かっていく。



「…………はあ!!」



 掌から放たれる赤黄色の光は男たちの背後で炸裂して彼等を吹き飛ばす。



「「「「…………っ!?」」」」



 当然その場にいた人間たちは動きを止めて振り返る。


 降り注ぐ視線の中で、私が一番に狙いを定めたのは最後尾で青年を追っていた男だ。


 私は前を行く男に人差し指を突き出す。


 それと同時に足元に転がる瓦礫の一つを拾い上げて速度を上げる。


「ラスティネイル!!」


「…………っ、かぁ!?」


 直後、私の放った閃光は、狙いを定めた男の膝と、周囲にいた複数人の人間の足を破壊する。


「く、だけろ!」


 そして、膝を破壊されて崩れ落ちた男へと馬乗りになってその首輪に瓦礫を叩き込む。


「……っ、がはっ!?」


 首輪は鈍い音を立てて砕けた後、カランと地面に落ちてその力を失う。


 しかし首輪を砕かれた男は、その恐怖で意識を手放していた。


 人の顔を見て失神するとはなんとも失礼な男だ。



「……っ、次!」



 そんな私の言葉で、困惑していた男たちは堰を切ったように雪崩れ込んでくる。



「うあああああ!!」



 死への恐怖からか、一心不乱に襲い掛かってくる彼らであったが、実際は、その一人一人が強者であるわけではなかった。



「ちぃ!!」



 私はその数の多さに苛立ちながらも、その一人一人を捌いていく。



「邪魔を、するなぁ!!」



 キリがない、これでは倒しきれない。


 それにこの圧力、命が懸かっていることもあり、必死さが違う。



「……っ、こ、の!!」



 私は襲い来る敵の一人を捕まえて、近くの壁に叩き付ける。



「……ガッ!?」



「動かないで、って言っても聞かないわよね。」



 うめき声を上げる男に私は人差し指を突き立てる。


 此処が私の必殺の間合い。



「……っ、ひい!?」



 同時に、それを理解している男の顔が青ざめる。



「ラスティネイル」



 私は容赦なく魔法を撃ち放つと、周囲に閃光が迸る。


 直後にバギンと鈍い音が響き、機能を失った首輪が地面へ落ちる。



「…………っ、ぷはぁ!?」



 死を覚悟していた男は自らの生存を確認して震えながら息を吐き出す。


「……はあ、はあ、く、首輪が…………?」


 そんな男を横に投げ捨てて私は踵を返す。


「さあ次、っといいたいところだけど……。」


 しかし、このままではここから一生動けない、もっと効率の良い方法が必要だ。



「なら、こうするしかないか。」




 故に私はハイリスクハイリターンな手段を取る。




「……当たっちゃったらごめんなさい。」




「ラスティネイル!」



 直後、私は両手の指先を突き立てて駆け出す。


 私が選択したのは、イチかバチかのラスティネイルの乱発。


 動き回る彼らの首輪だけを狙い撃つ、私の魔法の精度を完全に信頼しきる大きな賭けだ。



「……っ!!」



 私は限りなく魔法が狙いから外れぬよう、両の手に力を込める。



 四方八方に撃ち放つ閃光が、有象無象の首輪を次々と破壊していく。



「う、うわああああ!?」



「ちょこまか、動くなっての……!」



 そして、気が動転している人間に対してはぎりぎりまで距離を詰めて魔法を放つ。



「うわああああああ!?」



 恐怖で表情が引き攣る男の首元に魔法を放つと、男は訳も分からず防御の姿勢を取る。


 もう遅い、それにもう興味もない。


 状況すらまともに把握できていない彼らを放って、私はさらに人混みの中を駆け抜ける。



「……っ、これは!?」



 数瞬遅れて、彼らはようやく自分たちの首元に着けられた首輪が取れている事に気が付く。



 同時、私は視界に映るすべての人間の首輪が外れた事を確認すると、ゆっくりとその足を止める。



「く、首輪がっ…………取れてる?」



 彼らが互いに喜びを分かち合っているその中心で、私は喋るも出来ずにその場に立ち尽くす。



「…………はぁ、はぁ……。」



 ああ、苦しい。



 連続での魔法の使用と魔力による肉体強化での全力疾走、決して強くない私の肉体がそれに耐えきれるはずもなく、私の肺は回復の為に全力で空気の出し入れを行っている。



「やった、俺、自由なんだ。」



「…………貴方達を縛るものは取っ払ってあげた、これで、自由になった。」



 呼吸がようやく安定してきたことを自覚し、私は彼らに向かって話しかける。



「あ、ありがとう?」



 助かったこと以外はあまり状況を把握できていない彼らに苛立ちを覚えつつ、私は笑顔を張り付けて彼らに歩み寄る。



「――それで、さ。ちょっと力を貸して欲しいんだけど。」



「…………?」


 少しばかり警戒している彼らの姿を見て私は自分の笑顔の胡散臭さ辟易する。


 しかし言葉を止めず、そのまま話を続ける。



「貴方達の首輪は外れた、けど、首輪をつけた人間はもっといるはずよ。」



「この首輪は強い力を加えれば壊せるはず、首ごと持ってかない自信がある人間は他の人たちを助けてあげて。」



 そう、この方法ならばより多くの人間を救うことが出来る。


 私が助けた人間が、他の人間を救う。


 つまり私の名のもとに、たくさんの人間を救うことが出来るという算段だ。



「な、なんで……。」



「逃げたければ逃げていい、けど、貴方達に他者を救う慈悲があるなら、助けてほしい。」



「お願い、私の顔に免じて、助けてあげて。」



 私は深々と頭を下げて彼らにそう伝える。



「あんた、何者なんだ?」



「ルシア・カトリーナ、一応、元聖女よ。」



 返された問い掛けに私は満を持して自らの名を口にする。



「せい、じょ?」



 この感じ、聖女の事をあまり理解していないのか、あるいは私の発言を信じていないのか、そうなると彼らの協力を得るのは難しいだろう。



「どちらにしてもここはいずれ騎士が来る。ここからどうするかは貴方たちに任せるから、行きなさい。」



 私は重たくなった自身の身体を引き摺る様に屋敷のある方向へと歩みを進める。


「あ、ああ……。」


「……ああ、それと。」


 空返事をする彼らに対して私はふと言い忘れていたことを思い出して振り返る。



「……?」



「死んじゃダメよ?」



 私の頼みで動いた人間が大勢死なれては、私が活躍を主張しづらい。それになんだかとても寝覚めが悪い。


 だから私はそんな言葉を投げ掛けた。…………のだが、彼らの反応は私が思っていたものとは少しばかり違った。



「……っ。」



「聞いたかお前ら、聖女様が戦ってるんだ!俺たちも恩に報いるぞ!!」



「おおおおおおおおお!!」



 いったい私の発言の何が琴線に触れたのか、彼らは突然やる気を見せると、そのまま結束して通路の奥の方へと消えていく。



「……っは、単純ね。」



 思わぬ形ではあったが、私の目論見は上手くいった。


 わざわざ足を止めて一戦交えた甲斐があるというものだ。


 となれば後は新しい聖女の様子を見に行くだけ、ではあったが、私は遠巻きに聞こえてくる爆発音を耳にして一度足を止める。



「……屋敷の前が騒がしくなってる、今行くのは無茶かしら。」



「……なら、此処は一旦身をか、く――」



 私が方向を変えて小さな路地裏に入ろうと視線を切り替えた瞬間、その先で立ち尽くす一人の男の姿を捉える。



「……誰?」



 統一感のない防具に左腕に着けられた小型のボウガンのようなものが目立つ体格の良い男。



 見覚えのある人間だ。



「…………ッ!!」



 そんな私の思考を斬り裂くように、私の背後から強烈な爆発音が響き渡る。



「「……っ!?」」



 私は同時に音のした方へと振り返る、それと同時に、視界の中心に小さな影が飛び込んでくる。


中心に見覚えのある宝石のようなものが嵌め込まれた拳大の玉、それ自体は初めて見るものだ。


 しかし、嵌め込まれた宝石には見覚えがあった。


 そう、あの首輪(・・・・)に嵌め込まれたものと同じ宝石だ。




「アンバ――」




――いや間に合わない。




「……こん、のっ!!」



 私は咄嗟にその玉を魔力を込めた拳で叩いて弾き飛ばす。


「……ッ!」



 吹き飛ばされた玉は私の頭上で弾けて激しい爆風をまき散らす。



「……きゃっ!?」



 不意打ちとはいえ咄嗟に反応することが出来た私は、爆発と同時に後方に飛び退くことで衝撃からのダメージを軽減させることが出来た。


 やはり予想通り、あの玉は首輪と同じ機能があったようだ。


 形状や使用するタイミングから察するにさしずめ魔力を込めた爆弾といったところだろうか。



「……対応するか。」



 つまらなそうに呟く男に苛立ちを覚えながら、私はゆっくりと立ち上がる。



「……あの爆弾、首輪と同じ素材よね。」



「ああ、そうだ。」



 投げかけた疑問に対してあっさりと答えが返ってくる。



「なら、この騒ぎの元凶も貴方でいいのかしら?」



「……そうだ。」



 これは都合がいい、まさか敵の方から姿を現してくれるとは思わなかった。


 一つ文句があるとすれば、何故アレスの方ではなく私の方に来てしまったのかという事だけだ。



「貴方…………何者?」



 私の問い掛けに対して、男の表情が怪しく変化する。



「俺の名前はゴンゾ。レジスタンスに所属する者だ。」



「我々の邪魔をする貴様を殺しに来た。」



 そんな言葉と共に、男はゆっくりと腰に掛けられた長剣を抜く。



「あっそう、それは困ったわ。」



 吐き捨てるように呟いた私の言葉と共に、男は一気に地面を蹴って駆け出す。



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