エルグ族
広場で主君と別れた俺は、建物の上などの高所から魔法を行使していた人間を撃退して回っていた。
「……がはっ!?」
首輪だけを斬られた男たちは、まるで糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。
少し遅れて俺の視界の端に赤い鎧を纏った兵士たちが現れる。
「……次だ。」
「いや、いや、助けてっ…………。」
瞬間、俺の耳には消え入るような悲鳴が聞こえる。
来たばかりの兵士たちには聞こえていない、俺が行くべきか。
俺はこの場を兵士たちに任せ声の方へと急ぐ。
「逃げるな!!逃げないでくれ!!」
「いや……っ、ああ……。」
高く飛び上がると、視界の先には必死で逃げ惑う少女の姿と、それ以上の必死さで追う首輪をつけた男の姿があった。
無理もない、彼らもまた命を握られている側だ。
「はあ!!」
けれど、だからこそ俺はそこに割り込むように剣を振り下ろす。
「……っ!!」
振り下ろされた一撃は男の首輪だけを破壊する。
「く、首輪がっ!?」
これでもう誰かを襲う必要はない。
俺は少女と男に視線を向ける。
「今のうち逃げろ!」
「は、はい……!」
二人はそれぞれ別々の方向に駆け出して消えていく。
「ここだ、ここに居るぞ!!」
それを見送った俺の背後から、首輪をつけた男たちが現れる。
「……くそっ、数が多いな。」
「うおおおおお!!」
俺が再び武器を構えると、男たちは一日の形相で襲い掛かる。
「……ッ!?」
瞬間、俺と敵の間に強烈な雷が落ちる。
「……っ!?これは……!?」
「苦戦しているようですね、英雄様。」
「……クシャトか。」
遅れて聞こえてくる声に反応して屋根の上へと視線を向けると、見覚えのある男が姿を現す。
「手伝いますよ。」
屋根の上から飛び降りて軽やかに着地をしたクシャトの額には僅かに汗が滲んでおり、その焦りが窺い知れた。
「……助かる。」
俺達は互いに背中を合わせて構える。
首輪をつけた男たちは即座に俺たちを取り囲むように陣取る。
「構いませんよ。それより、貴方の主君はどこですか?」
彼の疑問もよく理解できる、しかし、俺だって彼を完全に信頼しているわけではない。
故に俺は事実を伝えるのは控える。
「所用で少し外している。そちらの戦力はどうなっている?」
「一割は周辺の調査、二割は聖女の護衛、五割は広場の鎮圧です。」
返す言葉で問いを投げ掛けると、彼はその戦力の配分を事細かに伝えてくる。
しかし、今聞いた限り、これではトータル八割、すべてではない。
「残った二割は?」
「他の現場に行ってます。緊急事態故、総力を出し尽くしています。」
「そうか。」
ある程度暴れて、後は帝国側の態勢を整うのを待つつもりであったが、どうやらあちらも余裕がないらしい。
「我々の役目は此処を制圧する事です。できますか?」
「できるできないではない。…………やるぞ。」
想定外ではあるが、引けないのであれば最後まで戦うだけだ。
「……さっすが英雄、それじゃ、やりますか。」
そんな彼の言葉と同時、首輪をつけた男たちは我々に向かってなだれ込む。
「…………っ、ああ!」
俺は彼の言葉に答えながら彼らを迎え撃つ。
一人、また一人と襲い掛かる男たちに対して、俺は一つ一つ、丁寧に首輪だけに狙いを定めて切り落としていく。
「……っ、とはいっても、どうします?このままじゃジリ貧ですよ?」
同じように首輪だけを狙いながら切り払っていくクシャトは、余裕そうな表情で問いかけてくる。
「研究所の記録は見たか?」
「ええ、魔道具の杖で首輪を起動しているんですよね?」
そこまで理解しているなら問題ない、俺はさらに言葉を続ける。
「そうだ。つまり、首輪の効果を作動させるためには、外部からの介入が必要になる、ということだ。」
「外部からの介入ですか、では起動さえるためには、少なくともこの現場を見ている必要がある、と。」
「或いはそれ以外の人間ごとまとめて切り捨てる選択をする必要がある。」
そう、つまり相手がやけを起こしていない限り、首輪の起動のタイミングは、必ず何か兆候がある可能性がある。
「なるほど。」
それを聞いたクシャトは、俺の言葉の意図を察して笑顔を向ける。
「つまり、周囲から見えないようにすれば首輪が起動する可能性は減る。」
「……はあ、そういう事ですか。」
俺の言葉でその意図を察した彼は、ため息交じりにそう答える。
「頼めるか?」
「いいでしょう。」
瞬間、クシャトはそう言って両腕を前に構えて魔法を発動させる。
「――陽炎日和」
「これは……。」
詠唱の直後、彼の掌から膨大な量の水蒸気が溢れ出す。
周囲は瞬く間に水蒸気、もとい深い霧に包まれて全員の視界を塞ぐ。
「これなら周囲からは見えないでしょう?」
「ああ、やるぞ。」
そして俺たちはほぼ同時に前に出る。
「「…………っ!!」」
敵が死ぬ可能性が消えた俺たちの刃は、ためらいもなく彼らの首輪目掛けて迫る。
「う、うわああああああ!!」
二つの殺気に充てられた彼らは、その身体を硬直させる。
おかげで随分とやりやすい。
俺とクシャトは、一気呵成に攻め込み、敵の首輪だけを斬り捨てていく。
「かっ……はっ!?」
瞬く間に倒れていく人々、それでも増え続ける敵の姿に辟易しながら俺たちは刃を振う。
そしてそれから数分して、ようやく俺たちは剣を収める。
「……はぁ、はぁ……全員首輪は取れたか?」
地面に転がる男たちの上で俺たちは息を切らしながらようやく一息つくことが出来た。
「ええ、一人残らず、ですね。」
俺から少し遅れて権を鞘に納めたクシャトは、ため息交じりにそう答える。
彼の魔法の影響か、幸いにも俺達が相対した敵は、誰一人途中で倒れることなく制圧することが出来た。
「……はっ、それならいい。」
「……辛そうですね大丈夫ですか?」
息を切らしながら膝をつく俺の姿を見て、クシャトはそう問いかける。
多少ではあるが魔力による肉体強化も使った、どうやら俺の肉体に染み付いた呪いが激しく反応してしまったようであり、肉体が激しい痛みを発する。
しかし、呪いのことを言うわけにはいかない、俺は無理やりにでも平気であることをアピールしようと顔を上げる。
「問題ない……?これは……。」
彼の言葉に答えようとした瞬間、俺は目の前に映った光景に思わず言葉を止める。
何故なら俺の目の前に転がった、先程まで首輪をつけていた男の姿に俺は違和感を覚えてしまったからだ。
そしてその答えは、俺ではなくクシャトの口から話される。
「ユーマン族とは違う種族、ですよね。アルフ族でしょうか?」
ユーマン族とは違う種族、というのは合っているが、少しばかり答えは違った。
「いいや、耳に特徴がない、年齢の割に低身長、筋密度の高さ、色素の薄い髪色……これは、エルグ族だな。」
俺たちと比較したときに少しばかり目立つ低身長と強い筋力、そして肌の色に近い髪色、その全ての特徴を持つ種族、それこそがエルグ族であり、アルフ族と比較して魔力の平均が少ない彼らは、魔道具の開発や特殊な武器の製造に精通している種族であった。
「初めて見ました。レジスタンスは他種族すらも使役してたのか。」
確かこの国の法律では他種族の入国を禁止しているはず、つまりレジスタンスの人間はこちらの想像以上に厄介な事をしているわけだ。
そんな思考を巡らせていると、クシャトもまたそれに気が付いていたのか、倒れ伏す男に対して視線を向ける。
が、俺はすぐにそこから視線を外す。
「気にはなるが、今はそれどころじゃない……次だ。」
「…………ええ、行きましょう。」
そう言って意思が一致した俺たちは、再び路地裏を抜けて街の中へと走り抜ける。




