金章魔法師
外に出ると鈍色に染まった空が私達を出迎える。
今日はいろいろな事があった、随分と時間が経つのが速い、なんて考えるほど落ち着いている場合ではないのだが。
エイーラ様から預かった魔道具の反応を頼りに街の中を駆け抜ける私達はそれが指し示す方向に走りながら周囲の状況に注意を払っていた。
路地裏、屋根の上、廃墟のような家の中、考え得る限りの様々な場所に目を向けながら進むその先、入り組んだ路地の薄暗い影の中で、私達は怪しい男を見つける。
「いた、此処だ。」
アレスの声に反応して踵を返す。
直後に見つけた妙に着込んだ怪しい男へ私達は急接近する。
「……っ、何者だ!?」
私達の接近に気が付いた男は咄嗟に構えを取って反応するが、少しばかり遅かった。
「正義の味方ってところよ、アレス!」
「――ああ。」
私の指示に反応してさらに加速したアレスは、私の目の前に残像を残しながら男の懐まで迫る。
「何っ!?」
そして構えた男の剣を一振りで弾き飛ばす。
瞬間、男に大きな隙ができる。
ここまでは指示通り。
「よくやったわ。」
私はその隙を突くため人差し指と中指を突き立てて魔法の構えを取る。
まずはどこにあるのか分からない首輪に流す魔力を止めなくてはまた死人が出る。
魔力の操作を乱すためには、そこから意識を切り離す必要がある。
「ラスティネイル」
私の指先からはさび付いたような黄色い閃光が四連続で放たれる。
「……っ、くそ!」
男は咄嗟に魔法で構成された盾を展開する。
私の魔法はその盾に阻まれて進行を止める。
想定以上に固い、しかし、ここで私たちの攻撃が止まる訳ではない。
「アレス!!」
「はぁ!!」
私の声に続くように再接近したアレスが剣を振り上げると、男の右腕から激しく鮮血が舞う。
「……かっ!?」
同時に男の手から特殊な装飾が為された杖が落ちる。
その杖が地面に着く前にアレスがそれを手に取る。
「……魔道具、これが元凶だな。」
「……っ、返せ!!」
「遅い。」
男は咄嗟にアレスから杖を取り戻そうとするが、一刀の元に返り撃ちに遭う。
「……がはっ!?」
男の身体は糸が切れたようにゆっくりと地面に沈み込む中で、アレスはその杖に視線を向けながら男に背を向ける。
「……なるほど。」
どさりと男が地面と衝突した音が響くと同時に、アレスは小さく呟く。
「主君、恐らくこれだ。」
「これは?」
言葉と共にふわりと投げつけられたその杖を手に取ると、私は純粋な疑問を投げ掛ける。
「魔道具の類だ、恐らく杖の先から魔力を送り出して首輪に作用しているのだろう。」
確かに、この杖からはわずかながら魔力の流れを感じられる。
つまりこれが全ての元凶というわけか。
「おっけ、じゃあこのまま拘束しておいて。」
とりあえずこれを研究所に預ければ解析も出来る、そう考えた私は杖を胸元のポケットにしまい込んでアレスに指示を出す。
「承知した。」
そう言ってアレスが男の身体を引き起こした直後、袈裟斬りにされて倒れた男の身体が小さく震えだす。
「……クックックッ。」
「何を?」
くぐもった笑い声が響く中、沿う問いを投げるアレスと男の視線が交差する。
「俺一人捕まえた所で何も変わりはしない。」
「――失敗したな。三下よ。」
瞬間、私達の耳にそんな言葉が響き渡る。
「ゴンゾ様!」
そう叫ぶ男の視線を追って目を向けると、その先、高い建物の屋根の上には筋肉質な中年の男の姿があった。
「……誰?」
「貴様らに語る事など何もない。」
私は目を細めながらそんな問い掛けを投げるが、中年の男は低く響く声で拒絶の言葉を吐き出す。
「なあ、そうだろう。」
「ええ、その通りです。」
問いかけるような言葉と、差し出された変わったデザインの杖に反応した男はアレスの手を避けるように自らの首元の服を引っ張る。
露になった男の首には、私達にも見覚えのある首輪が巻き付けられていた。
それは隷属の首輪、本来被害者とされる者たちの首に巻き付けられたそれを目にした私の思考は、一瞬停止しかける。
「……っ、首輪か!?」
「ちょ、やめなさい!!」
私達は咄嗟に男とその首を引き剥がそうと手を伸ばすが、それよりも先に中年の男が携えた杖に魔力を籠める。
「レジスタンス、万歳。」
その言葉を聞いた瞬間、私は思わず大きく目を見開く。
「……っ!」
「……カッ!?」
男が残した最後の言葉と共に、私達の目の前で人間の頭が紅の血を撒き散らしながら弾ける。
「…………。」
突然起こった惨劇を前に、私の脳はわずかな時間ながら完全に停止してしまう。
しかしながらアレスの方は違った。
「我らの望みの礎となれ。」
「……クソッ。」
最後の捨て台詞を履いて立ち去ろうとする中年の男に向かって、彼だけは咄嗟にその背を追おうと地面を蹴る。
しかしその行動を読んでいたように、中年の男が掌を拡げて構える。
「……さらばだ。」
「……っ!!」
瞬間、空中に透明な障壁が展開されると、アレスの身体はそれに衝突して空中で停止してしまう。
「……悪いが貴様と戦っている暇はない。」
「……っ。」
アレスは中年の男の言葉を無視して一度障壁から離れると、軽やかに着地をして今度は障壁を避けるように建物の壁を蹴りながら再接近する。
「バーストフィスト」
それを見た男は今度は拡げた掌を握り込んで風の魔弾を撃ち放つ。
「……っ、はあ!」
アレスは強気にもそれに対して斬撃を真っ向から振り下ろして対抗する。
「……ッ!?」
直後、アレスの強烈な一撃に耐えられず魔法が轟音を上げて爆ぜる。
「……っ、爆発!?」
周囲に広がる衝撃と共に舞い上がる砂塵に私は目を細める。
「なんだ、何が起こった!?」
直後、すぐ近くの大通りからそんな声が聞こえてくる。
どうやら今の衝撃波と爆音が届いてしまったようだ。
「……って、やばっ!」
「アレス、一旦隠れるわ!戦闘は中止よ!!」
目の前には首の弾けた死体、敵はすぐにでも逃げ出す体制、此処で誰かと鉢合わせれば、私達に疑いの目が降り注ぎかねない。
「……、分かった。」
それを理解できたからか、アレスも男を追うのを諦めて剣を鞘に納める。
「……こっちよ。」
「…………。」
そして同時に、屋根の上にまで駆け上がると、その上で身体を屈めて身を隠す。
「済まない、逃がした。」
「いいわ、まずはこっちの安全よ。」
「それより、レジスタンス、か。」
私は真下の喧騒から視線を逸らして宙に視線を送り出す。
「まさか、味方にすら容赦がないとはな。」
「ほんっと、何を考えてるのかしら……。」
どうしたって結局、しばらくは動けない。
少しばかり埃被った屋根に背を預けながら私は小さく息を吐き出す。
しばらくしてなんとか騎士団のクシャトと合流することが出来た私達は、すぐさま互いの情報を交換する。
こちらからは死体となった男とのやり取りと、その後に出てきた中年の男の存在、あちらからは魔道具と杖を研究所に送る事で解析の依頼を行ってもらっていた。
「――なるほど、犯人はレジスタンスですか。」
そんな中でクシャトは私たちが提供した情報について思考を巡らせていた。
「知っているのか?」
「ええ、と言っても僕の知っている事はそう多くはありません。」
「レジスタンス、その実態は名の通りの反帝国主義の人間で構成された組織です。」
アレスの問いに頷きを返すと、クシャトは彼らについての説明を始める。
「彼らの動きが活発化したのは、今から大体五・六年前。貴方が魔王を倒してから一年程経った頃です。」
なるほど、そうなると私が聖女になった時とも大体被る。通りで事の流れや良く分からないわけだ。
「これまでは水面下での活動がほとんどで、都度帝国の騎士や魔法師団が対応していましたが、ここにきてその動きはさらに活発化しており、対応も後手後手になっている、というのが正直なところです。」
「まさかそんな人間たちがいたとは。」
「居るのよ残念ながらね。」
何も知らなかったであろうアレスの言葉に私は頭を抱えて答える。
まったく、この男の知識の偏りはどうにかならないものか。
「彼らの目的は一体何なんだ?」
するとクシャトの口から私すら知らない情報が飛び出す。
「彼らの目的は恐らく国家の転覆と、無秩序な弱者たちの解放。」
「…………っ。」
「国家転覆、これはまた、大きく出たわね。」
なるほど、彼ら、彼女らは本気でこの国を終わらせようとしているというわけか。
「……まあこんな所です。僕が出せるヒントも出し尽くしたし、後は研究所を通して情報共有をしましょう。」
話を終えたクシャトはそう言って私達に背を向けて意味の分からない報告をする。
どういう事?こっちはそちらに頼まれて秘密で情報が行動しているのに、なぜその接触すら避けるのか。私には理解が出来なかった。
「何か不都合な事でも?」
「僕はもうこれ以上貴方達には協力できそうにないんです。」
「……?それってどういう……。」
私には訳あり顔で呟く彼の発言の意図が理解できなかった。
「監視がきつくなるんですよ。とりあえず、後の事は任せましたよ。」
「……あ、ちょ……!」
「……しぃ。」
立ち去ろうとする糧を呼び止めようと手を伸ばした瞬間、彼はくるりと振り返って人差し指を口元に当てるジェスチャーを取る。
「……っ?」
私は言葉と動きを同時に止める。
そして続く彼の発言を待っていたが、それ以上の言葉が返ってくることはなく、彼は何事もなかったかのようにその橋を再び動かし始める。
追いかけて再び呼び止めようとも思ったが、私の足はそれ以上進むことはなかった。
何か本能に近い直感がその足を止めていたのだ。
しかし、それからすぐに、その直感が正しかったことを理解する。
路地裏を抜けて大通りを進むクシャトの目の前に一つの人影が現れる。
「……お待ちしておりましたよ、ユーダ殿。」
そしてそんな言葉をかけられた男の姿を見て、私は息が詰まるような感覚を覚える。
「……っ!?」
「主君?」
同時に背後にいたアレスの身体ごと引っ張って私は路地裏の奥の方へと身を隠す。
「……静かに。」
「……彼は知り合いか?」
私の様子を見て異常を察知したアレスは、小さな声で訪ねてくる。
私は思考を整理しながら首を縦に振る。
「ええ、とってもよく知ってるわ。」
ああ、彼の事はよく知ってる。
なにせ私にとって明確な敵となる人間なのだから。
「なるほどね、確かに動き辛くなりそうね。」
「彼は?」
アレスの問い掛けに対して、私は小さな苛立ちの籠った声で返す。
「魔法師団所属の金章魔法師。ユーダ・ケイリス。グランツ家の家臣出身で、ザイオン・グランツの腹心よ。」
どうやらクシャト・アルテリアなんて比較にならないほど面倒な相手が出てきてしまったようだ。




