極彩の魔眼
「新しい聖女、か。」
私が新聞を覗き込む横で、彼は視線を近くの大通りに飛ばしながら呟く。
「まさかこの街の人間だとは、なかなか皮肉めいた運命だな。」
「ええ、そうね。けど、これで彼らがこの街にいた理由もわかったわ。」
私はそう答えながら新聞に書かれた新たな聖女の名前に目を向ける。
「彼らがここにいた理由、速い話がこの子の護衛ね。」
よくよく思い返してみれば、私が聖女となり身を寄せていた修道院から帝都に移る際にも、今の騎士団長と数名の護衛があったと記憶している。
「護衛、か。やたら騎士や魔法使いがいたのはそういうことか。」
「ええ、本来なら金章以上の人間が一人二人出張って来るものだけど、今回は状況的に難しかったのか、それが居ないっぽいわね。」
騎士団、魔法師団にはそれぞれ上から白銀、金、銀、銅、鉄とクラス分けされている。
金章以上ともなれば国内では十人前後、白銀に限って言えば三人しかいないレベルと言えば、聖女に対する帝国の丁重さが分かるだろう。
しかしながら今回に限っては私が離脱した影響もあり、それがないのだ。
「なら護衛としての力はそれほどと言うことか?」
「そう。……って言いたい所だけど、一人厄介なのがいたのよね。」
「クシャト・アルテリア、だったか?」
厄介という言葉に反応したアレスは先程の私の言葉を振り返ってそう問いを投げる。
「そ、まだ若手だから銅章騎士だけど、実力は金章騎士いや、ハッキリ言って団長、副団長にも近いレベルね。」
「騎士団らしく魔力による肉体強化も上手だし、実用レベルの魔法は雷、水、それと氷の三種類ある歴とした三重適性よ。」
ダージランの街で出会ったアリーとは違い、有する属性のすべてが実用レベルで使用できる彼の実力は帝国内でも折り紙付きと言って良いだろう。
「それぞれの噛み合わせが良い分、相手にすれば情報以上の厄介さだろうな。」
「そう言う事、だから適当に寝っ転がって事が済むのを待ちましょう。」
実際に戦ったとして、私とアレスの組み合わせならば、負ける事はないだろうが、そもそも彼と顔を合わせる事を避けたい故に私たちが選択する行動は一つであった。
「帝都にこの子が到着する日から逆算すると、多分今日か明日には出て行くでしょうから、それまでは宿屋にいましょ。」
そう言って私は路地裏の曲がり角へ顔を出した瞬間、その奥の大通りで物珍しいものを見つける。
「……ん?」
「…………はっ、はっ。」
一瞬ではあるが私の視界を横切った、ボロボロの服を着た人間は、その首元に重々しい拘束具を身に着けていた。
「首輪?」
「どうした、主君。」
立ち止まった私へ、アレスは不思議そうに問いを投げる。
「いいえ、なんでもないわ。すぐにここから――」
「――ちょっと待ってよ。」
瞬間、私の言葉を遮る様に若い男の声が響き渡る。
「…………主君、どうやらこれは……。」
振り返ったアレスの声色が低くなる。
ああ、この声には聞き覚えがある。
私は振り返ることすら出来ずに頭を抱える。
「……最っ、悪。」
「初めまして、君たち、ちょっと話を聞かせてくれるかい?」
この声は間違いなく彼だ。
まさかあの一瞬の間に見つかるとは思っていなかった。
「…………。」
「どうする、主君。」
「話をしてくれるのなら乗りましょう。」
もうここまで来たら如何に話を大きくしないかを考えるしかあるまい。
話し合いや賄賂の一つ二つ程度で解決できるならありがたくそれに乗せてもらおう。
私は小さく咳払いをした後に振り返って声の主の目を真っ直ぐに見据える。
「ご無沙汰しております。クシャト様、お話とは何でしょうか?」
そして笑顔を張り付けながら返事をする。
「ご無沙汰?……ああ、その太陽のような輝きは、ルシア様でしたか。お久しぶりです。」
すると男は一瞬呆気にとられたような表情を浮かべた後に感情の感じられない笑顔を張り付けて言葉を返す。
「隣の彼の色が強すぎて、上手く認識できてませんでした。」
この感じ、どうやら私に興味がないようだ。つまり、目的は私じゃない?
「それで、話というのは…………。」
こちらの言葉に割り込むようにそう返す彼が指差したのは私、ではなくその隣に立つアレスであった。
「貴方の事ですよ。アレス・イーリオス。」
それを聞いた瞬間、私たちの警戒が一気に引き上がる。
私の付き人が彼であることは既に周知の事実である可能性は高い。そこに関して特段驚くことはない。
問題は彼があのアレス・イーリオスであると分かった上で彼に用があると言い切ったことに対する得体の知れなさであった。
「貴方のその色、始めて見ましたが、まさか本当に噂通りだとは思いませんでした。」
「……色?」
彼の発言に、アレスは首を傾げて問いを返す。
「英雄の伝説は本当だった。こんなに素晴らしい事はない。」
「……何が言いたい。」
発言ごとに圧が増してくる彼の雰囲気に何かを感じ取ったアレスはいっそう低い声で短く尋ねる。
「深い意味などありません。ただ、戦ったら楽しそうだと思ただけです。」
「……どういうことだ?」
「彼、戦闘狂なのよ。それも相当の。」
意味が分からない様子のアレスへ、私は頭を抱えながら説明する。
「なるほど、それは厄介だ。」
それを聞いた瞬間、アレスも何かを察したように目を伏せ、そして腰に下げられた剣に手を掛ける。
「きゃああ!?」
しかしながら、そんな緊張感の中で、私達の思考に割り込むように悲鳴が響き渡る。
「「「…………!?」」」
私達は三人ともほぼ同時、声のした大通りの方に視線を向ける。
「これは……?」
「はあ、またか。」
動揺する私たちの横で、クシャトがため息交じりに呟く。
「行きましょう。って、もう行ってる。」
私は一瞬遅れて視線を戻すが、その時には既に二人は声のする方に向かっていた。
「ちょっと置いていくな!」
短い路地裏を駆け抜けていく二人の背を追いながら私はそう叫ぶ。
「…………はあ、どうなってるの?」
「主君、あれだ。」
通路の奥で立ち止まる二人の後ろから私が顔を出すと、その先にはごく普通の街娘を片腕で締め上げながら、周囲に魔法を振りまく男の姿があった。
「あれ、さっきの。」
よく見るとその男の首には拘束具がはめ込まれており、それが先程私が目にしたものであることを理解する。
「く、来るな!俺から離れろ!!」
ボロボロの身なりをした男は、荒い息で言葉を吐き出しながら、挙動不審な様子で周囲を警戒していた。
「人質を取っているな。」
「アレス、止めれる?」
周囲の人間は未だ混乱して動けずにいる、被害が広がる前に制圧するため、私はアレスへ視線を向ける。
「ああ、もう少し距離を詰めれれば…………ん?」
アレスが臨戦態勢に入ったその瞬間、彼の身体の前にクシャトの手が割り込んでくる。
「…………ここは僕が。」
「…………?」
クシャトに制されたアレスは、一度私の顔に視線を向けて一歩引き下がる。
「適性魔法は炎だけ、ですか。これなら問題ないでしょう。」
大通りに出たクシャトは、暴漢の姿を一瞥した瞬間にその男の適性を看破して見せる。
その様子を見てアレスは一つの予想を口にする。
「あれは、魔眼か?」
魔眼。それは、魔法や魔術とは違う、生まれつき備えられた“特別なものを視る眼”であり、心臓から眼球に魔力を通す事でその力を発揮する、特異体質である。
「ええ、彼の眼は“極彩の魔眼”、人の身体から溢れる微弱な魔力を色で識別できる。」
そして、相手の魔法を看破したその眼も、彼の強さを支える重要な要素の一つなのである。
「その色はその人間の適性魔法に影響される。私なら神聖魔法と、光属性が混ざって、太陽の光みたいな色になるらしいわ。さっき言われたみたいにね。」
どうも二重適性以上の適性を持った人間相手ではその色を正確に見通すことは出来ないらしいが、それでも相手の魔法適性を看破できるのは、この魔法文明の中では尋常ではない情報のアドバンテージとなる。
加えてそう簡単には変容することができない魔力を視認できるという事は、どれだけ完璧な変装をしようと絶対に惑わされることが無いという副産物まであるという事だ。
アレスが目を付けられたのはこれが原因だろう。
「帝国の騎士団です、魔法を止めてください。」
私が説明していると、クシャトは挙動不審な暴漢に向かって歩み寄っていきながらはっきりとした口調でそう言い放つ。
「だ、ダメだ!それをすると殺されちまう!」
男はまるで何かの怯えているような様子でそう話すが、クシャトの圧は収まる事はなく、逆にさらに大きく膨れ上がっていく。
「では、無力化しましょう。」
「う、うわああああああああ!」
そんな言葉と共にクシャトが剣を抜いて迫ると、暴漢は錯乱して魔法を周囲に乱発し始める。
「いやぁあぁ!?」
「ちょ、これ!?」
人質となった女性が悲鳴を上げ、周囲にいた人々も状況を理解してその場は混乱状態となる。
「……っ、落ち着け。」
そんな中でアレスだけは冷静に暴漢へと接近して懐にまで潜り込む。
「……なっ!?」
そしてそのまま拘束されていた腕を弾き上げて人質となっていた女性を奪い返す。
「……へぇ?」
「いいですね、そのまま抑えておいて下さい。」
そして身一つになった男へ、クシャトが迫る。
「……何を言っている?」
「言ったでしょう?斬るって。」
短い会話のあと、クシャトは剣を抜いて男の真下まで潜り込む。
「やめろ、殺す気か!?」
「嫌だ、嫌だぁぁぁぁ!!」
アレスは咄嗟に二人の間に割り込んで止めようとするが、乱発された魔法から女性を守るので精一杯な様子であり、押し返されてしまう。
「そんな訳、無いでしょ!っと。」
アレスの言葉を無視して振り上げられたクシャトの刃は、容赦なく男の首元を切り上げる。
「…………かっ!?」
男の身体が一瞬遅れてビクンと跳ねるが、そこから鮮血が弾けることはなく、静かにその身体が地面に沈み込んでいく。
そして乱暴に地面に沈み込んだ男の身体から、カランと切断された首輪がはがれて転がってくる。
「首輪だけを?」
「よし、どっちも無事かな。」
呆気にとられる周囲を差し置いて、クシャトは転がった首輪を拾い上げて満足そうに笑みを浮かべる。
「それは…………。」
「僕らは“隷属の首輪”と呼んでいます。今これを首に着けた人間が暴れる事件が増えているらしくて、その対処に追われているんですよ。」
私の言葉に対して、彼は軽い説明を口にする。
迷いのない行動は、情報が揃っていたが故に対処が慣れていたという事だろう。
「この街の研究所にも依頼を出しているけど、如何せん民間の研究所だから仕事が遅くて。」
「民間の研究所……。」
なるほど、ライラ様が言っていた“厄介な事案”とはこの事だったか。
「僕の本来の任務はこれじゃないし、援軍を呼びたい所なんだけど、今ちょうど人手が足りていなくて、対処が後手後手になっているんです。」
「理由は当然知っていますよね、聖女様。」
そして最後に付け加えるように皮肉たっぷりの視線を私に向けてくる。
「……ご迷惑をおかけしています。」
私の非は全くもって無いが、とりあえず謝っておこう。本当に不本意であるが。
「本当に今は魔物の手だって借りたいくらい……あ、そうだ。」
「貴方達、ここに居ることバレたら困るんでしょう?」
するとそんな私の態度に何かを感じ取ったのか、クシャトはこちらに気持ちの悪い笑みを浮かべてくる。
「…………。」
私はささやかな抵抗のつもりで視線を外す。
「ちょっと手伝ってくれません?」
ああ、またもや面倒ごとに巻き込まれてしまいそうだ。




