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対を為す者


 ルクローズ領、カモミールの街。



 そこはアールグレン帝国において、中心都市である帝都に次ぐほどの発展を見せる大都会。



 しかしそれだけではない。そんな側面と共に、この地にはもう一つの顔がある。



 それは、“魔法及び魔力が現実世界に及ぼす影響”についての学問、通称“魔法科学”についての研究だ。



 それが行われているのが、いま私たちがいる魔導研究機関“エルシオ”である。



 日夜特別な魔力や新たな魔法についての研究、実験、討論を重ねているこの場所に、帝国から追放されたはみ出し者の私が訪れたのには当然理由がある。



「…………。」



 なるべく目立たぬようそこそこフォーマルな格好に着替え、ロストフォレストで手に入れた二本の瓶を麻袋に携えるといった面倒な準備までして巨大な研究施設に乗り込んだ私達に、一人の女性が視線を向ける。


 ぼさぼさの黒髪と目の下にうっすらと見える隈が特徴的なその女性は、やや大きめの薄汚れた白衣の内ポケットから一本の葉巻を取り出し、指先から小さな炎の魔法を発動させてそれに火をつける。


 そして彼女は私と目が合うなり、その表情があからさまに嫌そうなものに変化する。



「……どうも。」



「――来な。」



動きが固まっていた私に対し、女性はそんな言葉を掛けて踵を返す。



「お久しぶりです。エイ―ラ様。」



 促されるままに私たちは彼女の後を追って研究所の廊下を進む。



「ふんっ、何しに来たんだい。没落者。」



 私の言葉に女性は忌々しそうに言葉を返す。



「ぼっ、……少し解析して頂きたいものがありまして。」



 あからさまに邪険に扱われている事を理解し、面食らってしまうがすぐに切り替えて本題へと入る。



「わざわざ貴族様に紹介状まで書かせて来たって事は、面倒事か。」



 そう言うと彼女は即座にそんな結論を出す。



 この人は研究者をしているだけあり、かなり聡い人だ。私の言葉や伝え方ひとつで事情を察し取ってくれる。



「……場合によっては。」



 私が躊躇いながら答えると、彼女は小さく鼻を鳴らしてアレクの方へと視線を向ける。



「そっちの男は誰だい?」



 そんな問い掛けに対して私は即座に言葉を返す。



「ただの同行者です。お気になさらず。」



 この男は良くも悪くも知名度が高すぎる。私では想像すら及ばないほどの厄介ごとを持ってくる可能性だって無きにしも非ずだ。知らないのであるならば教える必要はない。


「相変わらず食えない女だ。入りな。」


 私の思惑を感じ取ったのか、彼女は小さく舌打ちをすると、その場で立ち止まり、一つの扉に手を掛ける。



「失礼します。」



 開かれた扉を通り室内を見渡すと、視界の奥には大きな机、その手前には応接用と思われる低いテーブル、ソファが私達を待ち構えていた。


 そう、この部屋は所謂所長室というやつだ。そしてそこに自由に出入りできる彼女こそ、この施設の所長であるエイ―ラ様。聖女時代からの私の個人的な知り合いだ。



「適当に腰掛けな。」



 葉巻をふかしながら彼女は奥にあるふかふかとした椅子に腰かける。



「失礼します。」



「…………。」



 私とアレスが促されるままに手前にあるソファに腰掛けると、彼女は葉巻の火を消してこちらに顔を寄せる。




「で、案件は何だい。」



「はい、こちらです。」


 私は彼女の目の前に二本の瓶を差し出す。



「……これは?」



「中身の成分を分析して頂きたいのです。」



「瓶の内容物の成分解析ねぇ。」



 問いかけに対して私が答えると、彼女の表情が不快感で険しくなる。



「はい、お願いできませんか?」



「報酬は?」



 問いかけに対しての答えが返ってくる前に質問が返ってくる。


 まあ私と関わっているだけでリスクなのだ。文句を言うわけにもいかない。



「こちらに。」



 この返答を予測していた私は、数枚の金貨を彼女の前に差し出す。


 追放時に帝国から渡された手切れ金の約半分にも及ぶ金額だ。正直これ以上は出せない。



「……構わんが、あいにくウチはそう言うのが専門ではないんでね。今進めている研究が最優先だ。そう言ったことが出来る職員の手が空いていれば二日、空いていなければ五日は覚悟しな。」



 金額に納得したのか、彼女は不服そうにしながらもそれを受け取って私に背を向ける。



「ありがとうございます。」



 私が深く頭を下げた瞬間、彼女は私の言葉に割り込むように口を開く。


「ただし条件がある。」


「条件?」


 ダージランでの依頼に引き続き、また何か面倒な事を押し付けられるのかと身構えたが、返ってきた答えは私の予感を杞憂であると教えてくれる。



「一つ、分析中は可能な限り身を潜め、目立つような行動は避けろ。二つ、もし何かのトラブルで帝国の人間に掴まるようなことがあってもウチとの関わりは絶対に話すな。」



「これが守れるなら引き受けよう。」



 要は解析が終わるまで大人しくしていろという話だ。



「ウチは対価があれば基本的にどんな仕事でも引き受ける。が、おかげでグレーな案件も多い。お上に目を付けられる訳にはいかないんでね。」


 その気持ちは痛いほどわかるし、何よりこちらは連日の無茶で満身創痍、休ませてくれるのであれば願ったり叶ったりだ。



「何より、こっちはこっちで厄介な案件を抱えてるんだ。頼むから邪魔しないで欲しいね。」



「…………?」



 最後に付け加えられた言葉に対して、アレスが首を傾げるが私はあえてそれをスルーした。



「一つ目は可能な限り善処します。二つ目は誓って守ります。」



「良し。なら構わない。」


 そう言って彼女が指を鳴らすと、扉の先から一人の女性が現れる。



「はい、お呼びでしょうか?」



「新しい仕事だ。これの解析を頼む。」



 彼女はそんな女性に対して私が提供した瓶を差し出す。



「承知いたしました。」



「どのくらいかかる?」



「三日ほどあれば。」



 良かった、想定よりも短い。



「ならそれで頼む。」


 彼女の言葉を聞き届け、女性が立ち去ると、部屋に取り残された私達へ、ライラ様が視線を向ける。



「さ、話は終わりだ。さっさと帰ってくれ。」



 そして最後には冷淡な言葉と共に手を振りながら厄介払いされてしまった。









 そして数分後、私達は研究所を出てカモミールの街を進んでいた。



「追い出されてしまったな。」



「まあ当然でしょう、話を聞いてくれただけマシよ。」



 苦々しく笑みを浮かべるアレスへ、ため息交じりに答える。



「それで、これからどうするつもりだ?」



 これから、これからか……情報収集、人助け、この程度しか出来る事はないだろうが、なにせ今さっき注意をされたばかりだ。



「どうもしないわ、言われた通り大人しくしてましょう。」



 彼女の不信を買うわけにもいかない。ここは何もしないのが一番だろう。




「ただでさえこんな所に居るのはリスクなんだか、ら……っ!?」


 そんな言葉を吐き出したその瞬間、私の視線がとあるものを捉えてピタリと止まる。


 そして刹那の間に私は近くの物陰に自らの身を隠す。



「主君、あれは。」



 同時に、アレスも私が見つけたものと同じものを見つける。


 私達の視線の先、そこには赤い装飾が為された鎧を纏った騎士の集団がいた。



「帝国兵よ。……っ、もう、何でこんな所に……っ!」



 完全に予想外、居るはずのない人間たちの存在を前に、私の声が思わず震える。


「そこそこの数だ、実力者も数人……。」



「実力者……?……っ!?」


 アレスの言葉を聞いて改めて騎士たちの方を見ると、その中から私はとある顔を見つける。



 瞬間、私はアレスの手を掴む。



「魔力抑えて!こっち!」



 そしてその状態のまま真横の道へと入り、細い路地裏へと駆け抜けていく。



「あ、ああ。」



「主君、どういうことだ?帝国の人間は居ないのではないか?」



 私の様子から異常事態を察し取ったのか、アレスは素直に指示に従いながらも困惑の声を漏らす。



「……はっ、はっ……分かんないわよ。クシャト・アルテリア……何で彼がいるの?」



 何故、よりによって、帝国の中でも一際厄介な能力を持つ彼が来ている?


 駆け足で、その場から一秒でも早く、一メートルでも遠くへ逃げる事を考えながら、私は理解不能な状況を整理しようと頭を回転させる。



「……帝都の守りが手薄になっている以上、相当のイレギュラーか、重要度の高い案件以外で騎士団が出張るなんてまずない。」



 そしてかなりの距離を歩いて人気のない郊外までたどり着くと、改めて息を整えながら思考を回す。



「何かがあるはずよ、この街には。」



「…………。」



 そう結論付ける私の横では、息一つ乱していなかったアレスがまるで憑りつかれた様にじっと空を見上げていた。




「……アレス?」



 傍から見れば状況を理解できずただ茫然と空を眺めているだけにも見える。


 私は眉を顰めながら小さく彼に問いを投げる。



「……原因が分かったぞ。」



 私の問い掛けに彼は視線を固定したまま答える。



「……は?」



 いや、正しくは彼の視線は何かを捉えたように僅かに揺れ動いていた。


 それに気づき、私も同じように彼の視線を辿ると、そこには空を旋回する鳥類型の魔物の姿があった。



「空新聞?」


 私が問いかける間もなくアレスが硬貨を宙へと投げると、一瞬遅れて彼の手元に新聞が落ちてくる。



「読んでみてくれ。」



 アレスが手渡してきたそれは、帝国に新たに就任した聖女、つまりは私の後任についての見出しが大々的に載せられていた。


 しかし、記載されている情報に違和感はない、彼が何に引っかかっていたのか理解できなかった私はその内容を順に読み上げる。




「……新しい聖女に就任するのは、史上最年少の……スフィア・ルクローズ?」



 なるほど、史上最年少、私の記録を塗り替えるほどに若い聖女とは、帝国もかなり皮肉の効いたことをしてくれる。


 しかし、なんだろうか、この違和感は、思考が纏まらないながらも、私は何か重要な事を見逃しているようでならなかった。





 新たな聖女、史上最年少、スフィア・ルクローズ……?







 ……………………ルクローズ?




「ルクローズ、つまりここの領主の血族だ。」



「…………んんっ!?」



 その瞬間、私の声にならない声が路地裏に小さく響く。



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