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前を向くために


 その翌日、私達はガーデンブルグ家の屋敷に足を運んでいた。




 場所は一昨日と同じ領主が待ち受ける執務室の中。私達は朝一番からそこに通されて領主であるゴウダック様と向き合う。



 室内には一昨日と同じく、ゴウダック様と私を案内したニュオン様、そして私とアレスの四人が揃っていた。



「こちらが約束の品です。」



 前置きをそこそこに、私はそう言って正面に腰掛けるゴウダック様へ今回の戦利品を差し出す。


 コトン、と音を立てて置かれたそれは、迷宮の最深部でアレスが見つけた例の魔道具であった。



「ほう、これが紅蓮迷宮を破壊してまで手にしたものか。」



 それを見てゴウダック様は退く交じりにそんな言葉を呟く。



「申し訳ございません、冒険者狩りの“ハイエナ”と呼ばれる男たちに襲われ、撃退はしたのですが、彼らの凶行を止められず……。」



 私は内心震えながらそれらしい言い訳を口にするが、ゴウダック様はそれを鼻を鳴らして嘲笑う。



「フン、白々しい。それで、これは何なのだ?」



私がやったことがばれてる。


だが、あまり気にしていないようで助かった。


 ならば早々に話を進めさせてもらおう。



「……実際にご覧になられた方が速いかと。」



 私は隣に座るアレスへ視線を向けた後にそう答えると、正面からは訝しむような視線が返ってくる。


 そんな視線に気圧されながら私はその魔道具に手をかざしてそれを起動する。


 宝石から放たれる紅の光が周囲に広がった瞬間、宝石の中から何者かの視界の中のようなものが見える。



『――アリー!後ろだ!!』



 瞬間、映るのは薄暗いダンジョンの通路から魔物が押し寄せる光景。



『一番下で会いましょう?』



 しかし直後に視点が切り替わり、今度は崩れた瓦礫のみが映る。その奥からは私の声が聞こえてくる。



『ダンジョンが、崩れている……!?』



『ここまで来て撤退する選択肢、ある?』



『――セロ・エタニティ』



 次々に切り替わっていく視点は全て、隣に座るアレスの視点を記録したものであった。



「なんだこれは?」



 すべてが映り終わり、宝石から放たれる消えると、ゴウダック様は眉を顰めながらこちらに問いかける。



「魔道具の性能を調べるために、少しばかり使わせてもらいました。」



「ならなぜこんなものを見せる必要がある?こんなものを見せて、何がしたい。」



 私はその理由を答えるが、どうやら彼はその内容が気に食わなかったようであった。


 すると、それまで黙っていたアレスが私の代わりに答える。



「したいことは特にありません。ただ、私達が見たものを貴方に見せたかっただけです。」



「貴方が統治する街の最後のダンジョンは、こうやって攻略されたのだと。」



「意味が分からない。説明しろ。」



 アレスの発言に対して彼は怒りではなく困惑の表情を浮かべる。



「初めてこの屋敷へ来た時、我々は貴方が元冒険者であることを聞きました。そして冒険者が嫌いであることも。」



「…………。」



 アレスの言葉に彼の表情が僅かに動く。


 まるで触れられたくないものに触れられた時のような、そんな複雑な表情であるように見えた。



「貴方が冒険者を辞めた理由も、冒険者を嫌う理由も私達には分かりません。想像もできない事情もあるのでしょう。」



 まあ正直ニュオンさんのケガが何かしらの原因となっている事は想像できたが、敢えて口にしない程度の気遣いはこの男にもあったようだ。



「けど、もしかしたら貴方は冒険者の思い出に何か後悔を残してきたのではないですか?」



「…………何故そう思う?」



 敢えて遠回りに尋ねる彼の問い掛けに、アレスは窓の外へと視線を向けて答える。




「その思い出に後悔が無いのであれば、きっとそこから目を逸らすことはないと思います。」



「後悔……?」



 その言葉の意味が私には分からなかった。


しかし、彼の視線と言葉の真意を考えると、私は少し遅れてようやくその意味に気が付く。


 同時にアレス本人の口からそれが語られる。



「あの壁は、この街の冒険者を見ないようにする為の物なんですよね?」



「かつての自分を思い出さないように、冒険者だった自分を思い出さない為の物だったんですよね。」



 アレスはそれを指して、思い出から目を逸らす、と口にしたのだろう。



「…………。」



 その言葉に対して、ゴウダック様は黙り込む。



「俺はそれを思い出して欲しかった。」



「思い出させて何になる?後悔が強くなるだけだろう。」



 アレスに対する彼の言葉が強くなる。と、同時にその言葉からアレスの考えが正しかったことが分かる。



「後悔で終わらせない為に、俺と冒険しませんか?」



「貴方が、貴方と彼がやり残したことを、やり切れるように、俺は手助けをしたい。」



 そんな馬鹿正直で真っ直ぐな彼の提案を聞いたゴウダック様は小さく鼻を鳴らしながら視線を逸らす。



「フンッ、没落者が何を言うと思えば……。」



 確かに彼の言う通り、今の私達は追われる立場、そんなことを軽々と口にできるような立場ではない。


 しかし、アレスはそんな事など全く気にすることもなくその場から立ち上がる。



「その件であれば問題ありません。」



「わが主はいずれ必ず、聖女として返り咲くでしょう。その時にはまた、俺と冒険に行きましょう。」



 その言葉には何の確証もない、根拠もない、けれど本当にそうなるのではないかという説得力があった。



「……アレス。」



 私は思わずそんな彼を見上げてその名を呼ぶ。



「こんな老いぼれを連れて冒険などできるとでも?」



 そう呟く老人の顔には既に、現役時代を想起させるようなギラギラとした熱が宿っていた。


「問題ないです。俺は彼女がいれば誰にも負けない。」



「アレス・イーリオスの名のもとに、誰も死なせません。」



 無意識のうちに誰かの心を引き付けて、誰かの感情を動かして、そして誰かの希望になる。



そうか、これが本来の彼の姿、英雄の姿という訳か。



「ふん。まずは自分たちの立場をどうにかして見せろ。」



 アレスの話が終わると、ゴウダック様は息を吐いて冷静になる。


そして、中心にあるテーブルに一枚の封筒を投げる。



「これは。」



「紹介状だ。無実を証明するのに必要なのであろう?」



 それを手に取って問いかける私に対して彼はギラついた笑顔で答える。



「……っ、大切に使わせていただきます。」



 私は溢れ出しそうになる喜びを抑え込んで凛とした声色で答える。



「勝手にしろ。用が済んだなら早々にどこかに行け。」



「失礼いたします。」



 最後にそう吐き捨てたその背中に頭を下げて私たちは部屋を出る。



「…………。」



「ニュオン。」


 私たちが立ち去り、沈黙が流れる執務室の中で、ゴウダック様は窓の外に視線を向けながら小さく執事の名を呼ぶ。


「はい。」


 執事の男は短く答える。



「あの塀、壊しておけ。それと――」



「――明日から少し運動に付き合え。」


 その瞬間、執事の男の表情が嬉しそうな笑顔に変化する。



「そうですね。それでは片手で握れる剣を探しておきましょう。」





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 屋敷を出た私たちは、軽快な足取りで街を歩く。


 ああよかった。面倒な事はありつつも、これで目的は達成だ。


 そんな事実もあって上機嫌で足が跳ねる私の背後からアレスの声が聞こえてくる。



「済まなかった。」



「……ん、なにが?」



 私が振り返ると今度は逆にアレスが私から視線を逸らして口を開く。



「勝手な事をした。しなくてもいい世話を焼いた上に、隠していた俺の身元まで。」



 確かに私は彼の考えを認めて記憶を保存することは許可したものの、名を明かす事、冒険の約束をすることは許可していなかった。


 彼の独断専行、対応を間違えれば二人とも破滅する可能性もあった。


 言いたい事もあったし、思う事もあったが、今回だけは小言を言う気にはなれなかった。



「……まあ、悪い事は起こらなそうだし、結果オーライならいいわ。」



 あれがこの男(えいゆう)なりの人の救い方なのだろう。


 今日の私は機嫌もいいし、今回ばかりは特別に許してやるとしよう。




「次から気を付ける。」



「はいはい、よろしく。」



 それでも頭を下げる生真面目な英雄に対して、私は適当な返事を返す。



「……ん。」


 その直後、顔を上げたアレスがそんな声を上げる。



「どうしたの?」


「あれは……。」



 私の声に反応して彼が指差したその先には、何やら大きな人影が現れる。



「あら、アリーじゃない。」



 私が見つけたその人影の正体は、カゴいっぱいに食料を詰め込んで街を闊歩するアリーの姿であった。



「お、聖女様か。」



 アリーはこちらに気が付くと山のように積まれた食料の横から顔を覗かせる。



「何でこんな所に……っていうか、その抱えてるの……ご飯……?」



 私は困惑しながらも彼女の抱える大量の食糧に言及する。



「おう、そうだよ。」



 そう答えながら彼女は笑顔で答える。


 まさかこの女もアレスと同様、満腹という概念が存在しないタイプの人間なのだろうか。



「使い込み過ぎじゃない?うちのアレスより食べるじゃない。そんなに食べられるわけ?」



「まあ飽きたら誰かにくれてやるよ。それより、そっちの目的は上手くいった?」



 アリーはこちらの問いを軽くスルーして問いを返してくる。



「ええ、おかげさまでね。」


「それは良かった。」


「それじゃ、私はご飯食べるから、またどっかで会ったらよろしくね。」



 私の返事を聞いて満足げに笑みを浮かべた後、彼女は方向を変えて町はずれの方向につま先を向ける。



「それはいいけど、そっちはスラムしかないんじゃない?」



 私はわざとらしく問うと、彼女は振り返って照れ臭そうに笑顔を見せる。



「さあね、私は方向音痴なんでね。」



 そんな言葉を最後に、一人では食べ切れない程の大量の食糧を持ったアリーはスラム街の中へと消えていく。




「……不器用な人だったな。」



「ええ、けど嫌いじゃないわ。」



 いつかの時、彼女は言った、「人としてまっとうに生きるには金が要る」と。


 どうやら彼女は私たちが思うよりも遥かに高潔な人間であったようだ。



「さ、私達もご飯を食べたら出発よ。」



「ああ、次の目的は……。」



 私はアレスの言葉に頷きを返す。



「ええ、当初の予定通り、研究所のある街に行くわ。」



「目的地はカモミールの街、国内で最も“魔法科学”が発展してる街よ。」



 空は快晴、心地の良い風に包まれながら、私達は冒険者の街を後にする。


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