落石注意な防衛戦
私達は土壁によって要塞となった迷宮の道を駆け抜けていく。
もちろん敵への挑発を欠かさず行いながらだ。
しかし私の中には、一つ。どうしても気になってしまう事があった。
「バーカ、ボケ!うんこたれ!」
この女、語彙が終わってる上に、下品すぎる。
思い切り煽れとは言ったが、これはひどい。
「もういいわ。聞こえてないでしょうし。」
私は呆れながら彼女を制止する。
「……って、行き止まりだ!」
すると正面に向き直った彼女がそんな事に気が付いて声を上げる。
「こっちよ。」
前すらまともに見えてなかったのかと呆れながら、私は彼女の襟首をつかんで左側に伸びる横道に引き込む。
「うおっと。」
飛び出した先には、これまでの入り組んだ通路とは違い、ただひたすら長い直線が続く道が待つ。
リスクはあるが作戦の為にはここを通るしかなかった。
「後ろ、警戒して。」
私は息を切らしながら横を走るアリーに言葉を投げる。
「分かって――」
「――――――」
彼女の返事に重なるように、私の耳に小さな声が紛れ込む。
「「……っ!?」」
瞬間、私達の間を強烈な雷撃が通り抜ける。
「おい、今なんか……。」
「ええ、威力がおかしかったわ。」
私達はほぼ同時に足を止めて振り返る。
「ようやく止まりましたか。」
立ち止まるメーニィの下卑た笑みが不気味さを加速させる。
「なんだか様子がおかしかったからつい、ね。」
今の魔法、これまでの彼の魔法とは比べ物にならないほどの威力があった。
直撃すれば恐らく一撃で戦闘不能になりかねない程の、想定外の火力。
それを前に私達は作戦の軌道修正を余儀なくされる。
「おかしかった、ですか。クックックッ……。」
私の言葉を聞いてメーニィはくぐもった笑い声をあげる。
「やってる事は貴女と同じですよ。元聖女サマ。」
瞬間、心臓を掴み上げられたような感覚に陥る。
そうか、私の魔法を見ただけで看破されたか。
「燻んだ閃光」なんて通り名が広まっている時点でこういった事態も予想していたが、こんなアウトローにまで名前を知られているとは正直思っていなかった。
「聖女?何言ってんだ?」
一方で隣にいる女はそんな事など興味といわんばかりに素っ頓狂な表情を浮かべている。
説明をするのも面倒だ、このまま彼女に乗っかってしまおう。
「さあ?気でも狂ったんじゃない?」
私は呆れたような表情を作り出し、嘲るような態度で言い放つ。
「誤魔化し方が雑だぞ!」
「ラスティネイル」
そんな彼の突っ込みに重ねるように私は魔法を放つ。
「うおっ!?」
しかし私の攻撃はまたしても彼らに届かず途中で消失する。
少し遠いと思ったがやはり届かない。
出来ればこれで一人二人倒しておきたかったが、そう上手くはいかないか。
攻撃を諦めて私は先程の攻撃の正体を探る事にする。
「同じと言っても貴方の制約は魔法放出の形式を単一化して威力を上げてるんでしょ?取り回しの悪さっていうデメリットとの釣り合いが取れてない。」
出力の為に手数を減らすような安直な手を使っている彼と同一視されるのは心外だ。
それに、彼の説明では私たちの疑問は解決されない。
「何より、自らの魔法に制約を課してるのなら、ここまで急に威力は上昇しないわ。」
そう、制約を課して魔法の型を定める行為は、あくまで「安定した高出力」を実現させるものだ。先程のように「突然出力を飛躍的に向上させる」なんてことはできない。
すると私の考察に対してメーニィはくすくすと笑い声を上げる。
「釣り合っていない、ですか。それはそうでしょう。」
「私の制約は破るためにあるのですから。」
否定とも肯定とも取れる言葉の直後、メーニィは両腕を胸の高さあたりまで上げて魔法の構えを取る。
先程とは違う魔法の構え、それに気が付くと同時に、私の耳には先程と同じ小さな声が紛れ込む。
「――――」
「…………?」
魔法の詠唱?いいや、先程聞いた彼の詠唱よりもはるかに長い。
そんな思考が私の脳内を通り過ぎた瞬間、視界の中心で激しく雷光が迸る。
「ライトニングボルトォ!!」
先程までとは一線を画す強大な魔力の炸裂、それを目にした瞬間、私は声を張り上げる。
「……っ、防御!」
私とアリーはほぼ同時に魔法の障壁展開を行う。
「「……ッ!!」」
重ねられた二つの障壁と雷撃が衝突する。
……が、しかし私たちの展開した障壁はあっけなく砕かれてしまう。
「うわっ!?」
「……きゃ!?」
私とアリー、二人の成人女性の肉体は、その余波で激しく後方へ吹き飛ばされる。
「なんなんだ、この威力。」
彼女の言う通り、先程よりも魔法の威力が跳ね上がっているのは間違いない、しかし直接やり方を見る事でようやくその仕組みが分かった。
「意図的な制約の破棄、ね。」
「ええ、その通り!」
「私の魔法は常に片手で一小節の詠唱で放っている。」
「その制約によって上昇した威力で、両手で、二節以上の詠唱を行えば、その威力は倍では収まらない。」
つまり自らで掛けた制約によって威力が上昇した魔法を、さらに後付けで詠唱や儀式を上乗せすることで本来ではあり得ない威力を実現させているという訳か。
「さあ、続けるぞ!」
私の思考が完結すると同時、彼らの攻撃が苛烈さを増し始める。
「シャドウバーン!」
「アントッパ・フラン!」
「……っ、もう一回防御よ!」
再び襲い来る炎と闇の魔法に対抗して私達も構える。
「アンバーレイ!」
「バーンプロテクト!!」
下っ端と思われる有象無象の攻撃は、私達の障壁によって阻まれる。
しかし当然その奥にはメーニィが構える。
「わが手に宿る雷の魔力よ、大地のマナと混ざり合い、世界へと権限せよ。」
なるほど、これが本来のこの魔法の詠唱という事か。
「ライトニングボルト!!」
「左右に回避!」
四度目の雷撃が放たれると同時に私たちは回避の選択を取る。
「「……っ。」」
「あっぶねえ。」
改めて私たちの横を通り過ぎる雷撃を見て、思わず私の頬に冷たい汗が伝う。
「もっかい下がるわよ!」
間髪入れずに私たちは再び彼らに背を向ける。
「時間稼ぐんじゃないのかよ!」
「あの威力相手は無茶でしょ!」
あらかじめ決めた作戦に反する行為に文句を言うアリーであったが、正直あんなのをまともに相手してたらリスクが高すぎる。一つのミスで敗北するような選択は取りたくはない。
「それに、アレはそう長くは続かないわ。」
「……どういうことだ?」
「魔法における制約や型ってのは、肉体に打ち方を馴染ませる反復練習の側面もあるけど、一番は『私はこうやって魔法を打ちます』っていう世界に対する約束事みたいなものよ。」
その約束が成就することで初めて世界からの魔法のバッグアップを受ける事ができる。それが現代魔法学における常識であり、より複雑な“魔術”の原型とされている。
「そんなもの本来は簡単に破れるものじゃない。」
もし仮にそれが簡単にできるのであれば、より複雑な魔術は成立しなくなってしまう。
だからこそ、私はあの反則技には何かしらの欠点があると考えていた。
「約束を破る、か。」
「最初から破る前提だったとしても、型の崩れた魔法は必ずどこかで綻びが出る。」
アリーの言葉に続けるように私はその予想を口にする。
「その綻びが生じるまで、逃げに回れば……。」
「ええ、絶対に形勢はこっちに傾く。」
「だからあっちも焦ってるんでしょうね。」
その証拠に必死に追ってきている割には魔法はあまり飛んできていない。恐らく魔力を温存しているのであろう。
「うおっと、なるほど、よく考えてるねインテリ聖女様は。」
そんなアリーの言葉に、再び私の心臓が跳ね上がる。
「…………貴女、聖女が何なのか知ってるの?」
私はため息交じりに問いかける。
「いや全然。」
「……あ、そう。」
もうこの女と会話すること自体が無駄なのではないかと考え始めるが、むしろ今は無関心の方が動きやすいのではないかと思い直す。
「ライトニングボルト!」
そして襲い来る雷撃に対して今度は別の手を打つことにする。
「アリー、土属性攻撃で迎え撃って!」
「わかった、よ!!」
瞬間、アリーが地面に手を突くと周囲の壁や床が激しく波打つ。
「ジャイブ・ロック!」
「……ッ!!」
そして天井と床からせり出した複数の土壁が魔法の軌道を逸らし、私の真横の壁に雷が突き刺さる。
「もうちょっとね。」
先程よりも威力が落ちてる。これなら対抗できるようになるのも時間の問題だ。
「こっちよ。」
「うおっ!?」
私はアリーの首根っこを掴んで再び横道に飛び込む。
「くそ、こんなにくるくる回ってたら道が……。」
「私が分かってるから大丈夫よ。それよりほら、もう一回。」
文句を言うアリーを一言で黙らせながら再び背後に注意を向けさせる。
「ちぃ!」
再び土壁と雷撃の衝突が巻き起こり私たちの身体は激しく吹き飛ばされる。
「くそ、キリがない!」
「いいえ、もういけるわ。そろそろ倒してしまいましょう?」
苛立ち始めたアリーを諫めると、彼女の表情が一気に明るく変化する。
「いいね、どうやる?」
「私の合図で天井を落としなさい。」
「……は?」
しかし今度は私の指示を聞いて一気に呆然とした表情に切り替わる。
感情の起伏が激しい人間はこれだから面白い。
「防御は私がするから、よろしく!」
しかし今はこれを楽しんでいる暇はない、私はすぐに敵の前に飛び出す。
「あ、ちょ……。ああ、もう!」
背後からは混乱しながらも素直に指示を聞こうとする彼女の声が聞こえてくる。
「ライトニングボルト!」
「アンバーレイ!」
直後、飛来した雷撃に対して私の障壁魔法がその進行を阻む。
二つの魔法が衝突して周囲には激しい衝撃音と爆風が響く。
「……ッ!!」
両腕が痺れ上がるような感覚が走る、がしかし今回は防いだ。
「はっ、やっぱり威力が落ちてる。」
「今よアリー!」
呆気にとられるメーニィの顔に張り付けられた小さな絶望を味わいながら、私は背後にいるアリーに最後の指示を飛ばす。
「打ち砕け、流星の一撃!」
「――ドラゴスタ!」
そして彼女が生み出した巨大な岩の塊は、ハイエナ達の目の前に落ち床面を突き抜ける。
「こんなもの……っ、何が!?」
メーニィが再び攻撃の態勢を取ろうとした瞬間、迷宮全体が激しく揺れ動く。
「やっと、始まったわね。」
彼らの足場に徐々に亀裂が走り、細かな落石が見えたことで、私は自身の狙いが成功したことを確信する。
「何をした!?」
安堵したような私の口ぶりに、メーニィは激しく動揺して声を荒らげる。
「さあ?私達の戦闘に耐えられなかったんじゃない?」
「耐えられない?いや、まさか、そんなことをしたら目的の宝ごと……。」
ここまで来て彼はようやく私の意図に気付いたようだが、しかし残念、少し知識不足だ。
「その感じだと最初の説明も聞いてなかったのね。」
私は揺れる足場の上でため息交じりに呟く。
「街の職員が言ってたはずよ。この迷宮は渓谷のせり出した地形を利用して作られたもので、すぐ下にはかなり大きな川が流れてるって。」
「だからこの階層あたりまでは真下が川になってるから崩落してもお宝にはノーダメージって事。ま、そうならないように重心も傾けてるしね。」
「まさか途中の土壁も……。」
「そ、上手に崩壊する為の細工よ。」
これ以上ない丁寧な説明、これを聞いて今度は横の方が騒がしくなる。
「おいおいおいおいおい!?まさかお前!」
「……ほら、もう始まってるわよ。」
騒ぎ立てるアリーを無視して、私は崩れゆく足場を指差す。
「……っ!?」
「……正気ですか貴女!?」
問い掛けるメーニィの顔には先程までの余裕は既になく、取り乱したように私に問いかける。
「最初から言ってたわよ?まともに戦うつもりはないって。」
「こうなれば魔法の威力も人数差も関係ないでしょう?」
そんなやり取りの最中でも崩壊は容赦なく進んでいく。
「……イ、イかれてるっ……!」
顔面が恐怖に染まる彼の目を真っ直ぐに見据えながら、私はさらに追い打ちをかける。
「まあほんとに一応だけど、下は川だから運が良ければ生き残るんじゃない?」
「……た、助け――」
一心不乱にこちらに駆け寄ってくる男たちの進行を、私は光の魔法で阻む。
「ふふっ、ダ・メ。」
そして全力の笑顔で答えた後、私は踵を返す。
「それじゃ、御機嫌よう。」
そんな言葉の直後、私のすぐ後ろの床からダンジョンが崩壊して外の景色を映し出していく。
「くっ、そああああああああああああああああああああああ!!」
怨嗟のような、悲鳴のような彼の声を聞き届けながら、私は崩れるダンジョンを悠々と歩く。
そしてそれについてくるようにアリーが笑顔でこちらに駆け寄ってくる。
「思ってたより容赦ないねアンタ。死んだんじゃないかあれ。」
「あんなの冗談に決まってるじゃない。このダンジョンに潜れる時点であの程度じゃ死なないでしょ。」
もっとも、あんなクズどもの生死などどうでもいいが、こんな小競り合いで死なれては寝覚めが悪い。だから今回は殺しまではしない。
「それより、ボディガードを探すわよ。……アレキサンダー!!」
過ぎたことはすぐに忘れて私は仲間の名を呼ぶ。
「……ルミア!!」
すると予想に反して私達の立つ遺跡の縁のすぐ近くから返事が返ってくる。
どうやら彼も崩れた遺跡のギリギリのところで助かっていたらしく、互いの声が外の空気を介して行き来するのを感じる。
「あら、結構近くにいたわ。」
「無事か!?」
拍子抜けした私の声とは対照的に、返ってきた心配の声は真剣そのものであった。
「ええ無事よ。そっちは?」
「崩落に巻き込まれたが、なんとか。」
「巻き込まれて何で助かってんだよ。」
アレスの発言を聞いたアリーは、呆れを通り越してドン引きの表情で呟く。
「そういう生き物なんでしょ。気にしない。」
私は既にその辺の疑問は投げ捨ててる。気にするだけ時間の無駄だ。
「今からそっちに行くわ。待ってなさい。」
何はともあれ全員無事で突破出来た。
これで安心して下の階層に行けそうだ。




