気を付けて
崩落に巻き込まれた私たちは、一つ下の十一階層と、二つ下の十二階層の二つに分断されてしまった。
「……危っ、な。」
二人がかりで辛うじて近くの壁に掴まることが出来た私たち二人は、完全に崩れ切った瓦礫の上へとほぼ同時に着地をする。
「今の何?罠か?」
「……いえ、多分戦闘の余波で建物にダメージが行ったんでしょう。もともとかなり脆かったみたいだし。」
私は近くにあった瓦礫のかけらを手に取って軽く力を込めると、かけらはボロボロと少し硬めの土のように崩れていく。
水分を含んでいるのか、少々柔らかすぎるような気がするが、このレベルの劣化があるのであればあの崩落にも納得がいく。
「派手に暴れ過ぎたって事か。」
「そ、だから……ん?」
納得したアリーへ私が忠告しようとした瞬間、私の耳にかすかに小さな声が響く。
「……ア、…………ルミア。無事か?」
それを聞いた瞬間、私は真っ先に声の元へと駆け寄っていく。
「アレキサンダー、無事!?」
そして声に聞こえた壁の方に私が声を張り上げると、先程以上に明瞭な返答が返ってくる。
「ああ、問題ない。メーニィ殿も無事だ。」
「良かった、ケガはない?」
「問題ない、どうやら相当運が良かったようだ。」
この声色を聞く限り、どうやらあちらも大事に至ってはいないようで私も思わず胸を撫で下ろす。
「それよりどうする、ルミア。」
「どうするって、この瓦礫除けちまえばいいんじゃない?魔法かなんかで。」
私への問い掛けを遮ってアリーはそんな提案をするがそれをすぐの拒否される。
「駄目だ。さっきも言ったが、今回は運が良かっただけだ。変に刺激して崩落を拡大させれば今度こそ完全に下敷きになる。」
「…………。」
「ならどうする。」
彼の言葉に納得しつつ思考を巡らせていると、今度はアリーの視線が私の方に向いている事に気が付く。
「……ま、互いに別々の道を進んで合流するのが現実的ね。」
「こっちは可能な限りすぐに十二階層に向かうわ。そっちは十一と十二階層をつなぐ階段を目指して。」
そして私は出した結論を目の前の女と壁の向こうにいる男どもに伝える。
「そこで合流するわけか。」
真っ先に私の意図に気が付いたアレスが相槌を打つ。
「ええ、階段以外での合流は現実的じゃない。一番怖いのは互いが入れ違いになって時間をロスする事。だから確実に存在する中継点を目指すわ。それと――」
「一時間経って来なかったら先に進んで頂戴。」
私がそれを伝えた瞬間、隣にいた女の表情が激しく変化する。
「なっ……!?」
「……へ?」
直後、アリーとメーニィの二人の間抜けな声が私の耳に届く。
「いいのか?」
一歩遅れてアレスの落ち着き払ったような問いが聞こえてくる。
「ええ、各階をつなぐ通路が一つしかないとは限らないし、言ったでしょ、一番怖いのは時間をロスすることだって。」
「どうしても会えない時は、一番下で会いましょう?」
瞬間、隣にいた女の表情が再び変化する。まったく忙しい女だ。
「はっ、まあそっちの方が面白いか。」
「しかし……。」
分かりやすく乗っかってくるアリーとは裏腹に、メーニィの方はどうやら何か言いたい事があるようであったが、私はあえてそれを無視する。
「それと、理解してると思うけど、十一階層と十二階層から互いに合流しようと思うと、当然、どっちかはさっきの彼らとかち合う事になるだろうから、気を付けなさいね。」
「分かった。気を付けよう。」
その言葉にはアレスだけが答える。
「…………さっき言ったこと、忘れちゃ駄目よ?」
続けて投げた問い、これはもとより彼に向けた言葉だ。
「ああ、分かっている。」
当然、彼だけがそれに答える。
「じゃ、頑張って。」
「互いに。」
そして私たちは最後に短いやり取りを交わすと、それを最後に彼の言葉は聞こえなくなる。
「…………さ、行きましょう。」
彼の気配も完全に消えたことを確認すると、私も振り返って歩み始める。
「本当に行けんの?」
すると、彼女は前を行く私に向かってそんな問いを投げ掛けてくる。
「まあハイエナに当たったら私達じゃ勝ち目が薄いでしょうね。」
「それはない、別にこっちの心配はしてねえっての。」
私が答えると、彼女は不機嫌そうにそう答える。
「あっちは大丈夫なのかって聞いてんの。」
「それこそ心配してないわ。今はどうやって合流すべきか考えなさい。」
あの男の心配など、それこそ時間の無駄だ。懸念事項についても既に忠告はしている。私がするべきは何としてもこの女と共にアレスと合流する事だけであった。
「…………。」
納得がいかなそうな女に対して、私はあえて話題を切り替えるような提案をすることに決める。
「それより、一つ面白いこと考えたわ。耳を貸しなさい?」
「…………?」
そうして私は間抜けな表情を浮かべる彼女へ軽く耳打ちをする。
主君らと別れて数分ほど歩いた頃、俺とメーニィ殿の二人は、少しばかり狭い通路を黙々と進んでいた。
永遠にも思えるような長い道と、その先に続く暗闇は嫌が応にも歩く気力を削がせる。
それに何より、先程からフロア一帯の湿度が増したような気がする。
今すぐに何か起こる事はないだろうが、良い兆候ではないのは確かだ。特に後ろにいる彼などは体調を崩してしまってもおかしくはない。
「ど、どうしましょうか?」
すると沈黙に耐えかねたのか、隣の彼が不安そうな様子で口を開く。
「どうもこうもない、さっき話した通りだ。」
俺はその質問の意図にまでたどり着けず、思った通りの言葉を彼に伝える。
「けど、その、大丈夫なんですか?」
なるほど、そういえば彼は先程から主君にスルーされていた。心配が表に出てきているのだろう。
「問題ない。この階層のレベルであれば俺一人で対応できる。」
「それよりもそちらは大丈夫か?」
俺は彼を安心させるために断言するような口調で答えた後、少し振り返って様子を確認する。
「はい、なんとか、ですけど。」
すると彼は先程よりも元気な様子でぎこちない笑顔を向けながら答える。
この調子であれば問題なさそうだ。
「少し急ごう。走りながら話をする。」
俺は視線を前方に戻してそう伝えると、振り返らぬままその一本道に向かって駆け出す。
「は、はい。」
そんな返事の直後、彼が俺の背後をついてきている事を背中で感じ取る。
「そうか。メーニィ殿、貴方は……。」
小さく呟いた瞬間、目の前の道が一気に拡がって俺たちは大きなスペースに飛び出す。
同時に視界の奥には複数人の人影が映る。
「と、やはりこうなるか。」
「ひい!?」
俺が小さくぼやいていると、背後から分かりやすい悲鳴が聞こえてくる。
「下がっていてくれ、メーニィ殿。」
俺は腰に掛けられた剣を握り込む。
瞬間、俺の脳内に主君の言葉が反芻される。
――後ろには気を付けて。
「――さようなら。」
そんな言葉が聞こえると同時、俺は目の前の敵から視線を切って振り返る。
「……っ!!」
直後、どこからか飛来した雷撃が俺の頬を斬り裂き、視界の下半分が一瞬、真っ赤に染まる。
「……なっ!?」
それでも俺は掴み上げたこの腕を離すことはなかった。
俺の背後で縮こまっていたはずの男の腕は、俺に掴まれて自由を失った男の腕は、放たれたばかりの魔法の残滓で小さく雷が瞬く。
「殺気を向ける相手が違うのではないか?メーニィ。」
俺の視界には醜く歪んだ男の顔が映る。




