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紅蓮迷宮


 冒険者とは、魔法文化の発達とともに生まれたものであり、魔法や魔力による肉体の強化を生かした高い戦闘能力を生かした職業、あるいは生き方のことを指す。



 かつての冒険者はその実力を示すことで貴族や有力者に自らを売り込み、護衛や魔物の討伐、今回のようなダンジョンの攻略を行い、その報酬を得て土地から土地、国から国をまたいで金を稼ぐような生き方をしていた。



 そして文明が発達した今、冒険者の「冒険」の要素は薄れていき、彼らは国内の各領地の中に存在する冒険者ギルドが管理するようになり、そこから出された依頼を受けて日銭を稼ぐ傭兵のような立ち位置に収まったのだ。



力だけを糧に武功を示し続ける「生き方」から、危険が伴いながらも明確な「職業」として成立した変化の中で、その敷居は徐々に下がっていき、現代ではその数を徐々に増やしていっている。



 そうなると、どのようなことが起こるかというと……。




「メーニィと申します。よ、よろしくお願いします。」




 明らかに経験不足な中年の男。そう、こういうことが起こるのだ。










 只今ここはダージランの街の郊外、下方に巨大な川が流れる峡谷の上に存在する此処は、今回攻略するダンジョン、「紅蓮迷宮」の入口前。



 迷宮に入るにあたってギルドにてメンバーの募集を行った翌日、私たちはギルドから紹介された男と顔を合わせたのだが、どうにもその男を私は信頼できなかったのだ。


 私自身決して戦闘経験が多いというわけではないが、この男は一目見て弱いとわかる。



 確かに私は募集の条件はかなり緩めに設定した、しかしまさかこのレベルが来ると思ってはいなかった。



「えっと、メーニィさん、ダンジョンの攻略はしたことあります?」



「……いいえ、初めてです。」



 私の遠回りの問いかけに対して、メーニィと名乗る男はあまりにも直接的な答えを返す。



「魔物の討伐は?」



「い、一・二回程度……。」



 そして頭を抱えながら問いかけを続けると、気まずそうな答えが帰ってくる。



「まあ昨日のアレと未踏破のダンジョンとなれば、ある程度実力がある人間は寄ってこないだろうな。」



 私が固まっていると、背後からアレスが小声でそんな言葉を投げかけてくる。



 そう、ギルド内の実力者と思われるアリーとトラブルを起こし、返り討ちにした私達は、どうやらギルド内でもかなりのヤバい奴(・・・・)として認識されてしまったらしく、そんなのと未踏破のダンジョンに挑んでくれるような存在は相当なもの好きか、実力不足であってもまとまった金が必要になるような人間しかいなかったのである。



「ちょっと大丈夫?このおっさん使えるの?」



 そしてそうなった原因ともいえる女は呆れたように呟く。


 ほんの少しだけであるが私はこの女を引っ叩きたくなった。



「すいません。報酬金につられて受けてみたら、まさか未踏破のダンジョンだったとは……。」



 返ってきた答えは想像以上に迂闊なものであり、私は呆れを通して諦めの境地にたどり着く。



「ま、まあこっちは人数さえそろえばいいので。」



 そうだ、別に戦力はアレス一人で十二分なのだ。何も悲観することはないのだ。



「それでは、今回入場する方々はこちらへ集合してください。」



 そうやって私が気持ちを切り替えた瞬間、私たちの耳にそんな声が聞こえてくる。



「……ルミア、呼ばれているぞ。」



 瞬間、アレスはそう言って私の顔を覗き込む。



「……ん。」



 考え事で油断していた私の心臓がわずかに跳ね上がる。


 偽名とはいえ、この男に名前を呼ばれるのはどうにも慣れない。



「え、ええ、行きましょう、アレキサンダー。」



 それでも私はあらかじめ決めた偽名で彼を呼ぶ。



「二人も準備して。」


 そして一瞬遅れてほかの二人を呼ぶが、そちらはすでに準備が出来ていたようであった。



「分かってるっての。」



「よろしくお願いします。」



 そうして三人を引き連れて集合場所にたどり着いた私は、すぐさま周囲を見渡して今回の競合相手ライバル達の姿を確かめる。



 今回迷宮に突入するパーティは私たち以外に二つ。



 一つが黒いロングコートをまとった五人組の集団であり、体格はまちまちであるが、全員が大人しく待機しており、怪しさはあるものの特にトラブルになりそうな要素はなかった。



 しかし、もう一つのパーティは何やら面倒そうな違和感があった。



「――それでは今回のダンジョン踏破についての説明をさせていただきます。」



 そんな思考を切り裂くように職員と思われる人間が迷宮の説明を始めると、私の背後からアリーがゆっくりと歩み寄って彼らの姿を見つめる。



「こちらのダンジョンは知っての通り、今現在まで未踏破のダンジョンであり、渓谷のせり出した地形を利用して作られたものとなっており――」



「ちっ、面倒なのがいるね。」



「面倒?どういうこと?」



 舌打ち交じりに呟く彼女の言葉に反応して視線を向けると、アリーは周囲に気付かれぬような小さな動きで一つのパーティを指差す。


「あれだよ。」


「一緒に入る人達のこと?」


 それは先程からこちらに視線を向けて睨みつけてくる、明らかにガラの悪い四人組の集団についてであった。



「ありゃハイエナだよ。」



「ハイエナ?」



 聞きなれない呼び名に私は思わず彼女へ問いを返す。



「彼らの呼び名ですね。主にダンジョン攻略の際に他パーティを妨害して成果を強奪することで有名です。初めて見ました。」



すると私たちの会話に割り込むようにメーニィが説明をする。



「そりゃ初めてでしょうよ。知り合うほどの経験値とかなさそうだし。」



「は、ははっ……。そうですね。」



 アリーはそう言ってメーニィを小馬鹿にするが、私は一つ気になったことを口にする。



「貴女はあるの?」



「いやないけど。」



 私の問いかけに、アリーはすんと表情を切り変えて答える。



「何だったの今の一連のやり取り?」



 あの言い草をするのなら自分は顔見知りであれよ、と私の心が叫ぶ。



「とにかく要注意という事だな。」



「じゃあ、あっちのパーティは知ってる?」



 アレスが苦笑いでフォローをしている中で、私はもう一つの方のパーティに問いを投げるが、他二人の反応は芳しくなかった。



「いいや知らん。見たことないし、この辺の人間じゃないんでしょ。」



「私も、すいません。」



 二人の反応を見て私は小さく肩を落とす。



「以上になります。何かご質問などはありますか?」



 そしてちょうど同じタイミングで職員の話も終わる。



 各々がライバルの観察をしていたとはいえ、話をほとんど聞かれていなかった彼女には同情してしまう。



 まあ片手間で聞いていたが、特に目新しい情報もなかったし仕方なかろう。



「……。」



 一瞬その場に沈黙が流れる。



「無いようでしたら各々出発してください。」



「……ご武運をお祈りしています。」



 しばらくの沈黙を見て職員が小さくうなずくと、程なくして出発の合図が流れる。



「……さて、行きましょうか。」



 そして私はすぐさま潜入しようと全体指示を出すが、直後に私の前方に一つの大きな壁が現れる。


 正しくは壁ではなく、数人の人が壁のように並んでいるだけのようであった。



「……おい。」



案の定ガラの悪いハイエナ集団は、私の顔を覗き込むようにして声をかけてくる。



「……なにかしら?」



「お前ら、今回は何を狙ってるんだ?」



 私が返事をすると、ハイエナたちのリーダーと思われる男が近づいてそんな言葉を投げかけてくる。



「……別に、高値で売れるものだったらなんでもいいと思ってるけど。」



 私はあまり話が長くならないようにしつつ、矛先を逸らすための簡単な噓をつく。



「ケケッ、随分謙虚だねぇ。そんなに強そうなのに。」



 その言葉と同時、男の眼がぎょろりとアレスの方に向く。



「あら、お目が高いわね。手伝わせてあげてもいいわよ?報酬は二割くらいでいいかしら?」



 品定めするような態度を見せる男たちに対して、私は小馬鹿にするような声で挑発を返す。



「……っ、随分舐めてるなあ。本当に自分たちが強いのか、試してみるか?」



「お断りよ、貴方達と遊んでる暇なんてないんだから。」



 案の定嚙みついてきた彼らに対して、私はすぐに背を見せてそれを拒絶する。



「報酬、もらえるといいなぁ。」



最後には男たちはそんな捨て台詞を吐いて立ち去っていく。



「ええ、なるべく沢山欲しいわね。」



「…………。」



 私の返答の後、男たちは苛立ち交じりに遺跡の中へと歩みを進めていく。



「面倒なのに目を付けられたな。」



 それから少しして、彼らの姿が見えなくなると、アレスがそんな言葉を私に投げかける。



「噂通りのくそったれだったわ。」



 そして呆れたような苛立ったような声でアリーが呟く。



「……そうね。」



 それに対して私は短く答える。


 彼ら、私達にだけ関わりにきて、もう一つのパーティには一切触れなかった。


 まあ確かに私だって黒コート集団(アレ)に関わりたくはないけれど。


 要は最初から今回の獲物は私達に決めていたのだろう。



「多分彼ら、この先で襲ってくるかもしれないから気を付けて。基本は四人で動いて、離れないように。」




「ああ、分かった。」



 私がそれとなくそんな言葉を投げかけると私の視線を受けたアレスが小さく頷く。



 そして次に私は三人に向けてとある確認を行う。



「それじゃ、潜入前に戦力の確認をしましょう?」



「戦力?」



 不思議そうに首を傾げるメーニィをよそに私は三人に自らの考えを話す。



「ええ使える魔法属性と、どの程度使いこなせるかを教えて。私は主には回復魔法が得意よ。攻撃面では光属性で基本の障壁展開、射出が出来るわ。あ、あとあんまり得意じゃないけど肉体強化も。」



 事前の作戦会議で、私は自らの神聖魔法の存在を隠すことはアレスに伝えていた。故に神聖魔法の中で必要になる可能性が高い回復効果の方のみを“回復魔法の適正”として話すことにしていた。



「俺は火と風の二重属性だが、どちらかと言えば肉体強化の方が得意だ。」



 そしてアレスの方はというと、遺跡内でも有用に使えそうな二つのみを使えるということに決めていた。


 当然万一の際には私も彼も出し惜しみはしないと決めていたが、現状はこれで十分に戦えるというのが二人で出した結論であった。


「まあ確かに尋常じゃない力だったもんな。」


 特にアレスの方は彼女の言う通り肉体強化だけでそこらの冒険者程度なら封殺できる力を持っていた。



「私は雷の単属性です。射出は昔から得意なんですが、恥ずかしながら障壁展開は少し苦手で、少し遅いんです。」



 アレスが自らの話を終えると、今度はメーニィが自らの魔法について話をする。


 やはり話を聞く限りこの人は最近冒険者になったのだろう。



「ふーん?二重適性デュアルと単属性ねぇ?」



 すると私たち三人の話を聞いていたアリーがにやにやと腹の立つ笑顔でこちらを見つめる。



「……貴女は?」



 呆れながら問いかけると、アリーは大きく目を見開いて口を開く。



「火・風・土!三重適性トライだ!!肉体強化も得意だし!私が最きょ――」



「――まあ私たちにはボロ負けだったけどね。」



 彼女が自らの魔法を自慢げに話し出し、調子に乗りそうなタイミングで、私は言葉のナイフを深々と突き刺す。



「…………うるせぇよ。」



 どうやら私のナイフが致命傷であったようで、アリーのテンションは急転直下で地の底にまで沈み込む。



「……言い過ぎだぞ。」



 思わずアレスが小声で私を諫める。



「……はあ、それで、どれくらい使いこなせるの?」



 言い過ぎてしまったと思った私は、小さく息を吐き出して話題を元に戻す。



「風は少し苦手だけど、火と土は実践レベルだ!一秒あれば落とし穴も作れるしお前も丸焦げに――」



 すると彼女のテンションが説明とともに復活し始める。



「――遺跡の中は土属性は厳禁だ。崩落する可能性があるからな。」



 しかし今度はアレスの口から正論という名のナイフが飛び出して彼女の胸に突き刺さる。



「…………火しか使えませーン。」



 どうやら完全に拗ねてしまったようだ。



「……なんで余計なこと言っちゃうのよ!」


「……いや、必要なことだったろう!?」



 再び私たちは小声で作戦会議を始める。



「とっ、とりあえず肉体強化は中々なものだったから、アレクサンダーと一緒に前衛をして。私とメーニィさんは後ろからサポートするから。」



 まさか私がフォローに回ることになると思わなかったが、使い物にならなくなるよりはマシだと割り切って励ましの言葉とともに指示を出す。



「……分かった。」



「もう一つのパーティもまだ行っちゃったみたいだし、行きましょう?」



 そして多少強引に話を進めると、私は出発の合図をする。



「は、はい。」



「ああ、行こう。」



 そうして陣形が完成すると、私達は入り口の前に立ってダンジョンの中へと進む。



「……ちょっと、アレス。」



 そして出発の直前、私はアレスの方に近づいていき、小さく耳打ちをする。



「どうした?」


「一応今回の作戦なんだけど。」



「……ああ、昨晩言っていたものだろう?」



 私の言葉に対してアレスは昨晩に行った作戦会議の話をするが、私が伝えたいのはそこではなかった。


「それともう一つ。」


 私は付け加えるようにそう伝える。


「なんだ?」



「――――――。」



 不思議そうな表情を見せるアレスに対して、私はとある指示を出す。



「……?分かった。覚えておこう。」



 この顔を見るに、指示の意味がよく分かっていない様子であったが、頭に留めて置いてくれればいい。




「……どうした?」


 先に進んでいたアリーが振り返って不思議そうな表情を浮かべる。



「なんでもないわ。行きましょう。」



 そんな彼女の言葉に答えながら、私達はダンジョンの中へと進んでいく。


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