異端審問会議
その翌日。
ルシアとアレスの二人によってロストフォレストの研究所が陥落させられたという知らせは、瞬く間の内に帝国の貴族たちの耳にも入る事となり、帝国内では様々な憶測が飛び交っていた。
そんな中で、帝国の上層部の人間たちは秘密裏に対策を講じていた。
「グランツ領での別大陸の魔物の培養、及びその研究の秘匿。」
「この事実、どう説明いたしますか?ザイオン・グランツ卿。」
そう言って件の男を取り囲むのは、皇帝と呼ばれる若い男に留まらず、帝国内でも彼に次ぐ公爵の位を賜っている人間たちであった。
「そ、それは、私としても把握しきれていないところでありまして……。」
この国の実権を握る面々を前に、完全に委縮して声を詰まらせるのは、ロストフォレストを擁するグランツ領の領主であった。
「自らの領地の事を把握していないというのか?」
煮え切らないザイオンの発言に対し、貴族のうちの一人が呆れたように鼻を鳴らしながら問い掛ける。
「恥ずかしながら、ロストフォレストは地理的な関係上、監視が難しく、今回このような事態に……。」
「その結果が国家転覆すら起こりかねない大犯罪者達の温床化とは、領主としての手腕にも疑問を持たざるを得ませんね。」
ザイオンの言い訳は最後まで聞き届けられることはなく、淡々とした口調でバッサリと切り捨てられる。
顔を伏せながら弁明する彼の表情が怒りでくしゃくしゃになり、吐き出す空気も少しずつ熱を持ち始める。
「……っ、返す言葉もっ、ございませ――」
震える声で絞り出される言葉を遮ったのは、一人の男性の声であった。
「――もうよい。」
「「「……ッ!」」」
重く、それでいてはっきりと放たれた皇帝の言葉が、場の空気に緊張感を持たせる。
僅かな沈黙の後、皇帝は口を開く。
「関与の有無は調査が進めばいずれにせよ分かる。」
「ザイオン卿、貴殿の処分は一旦保留とする。」
その言葉を聞いた瞬間、ザイオンはハッとしたように顔を上げて皇帝の顔を見つめる。
「へ、陛下。」
しかしその表情は消して彼を許しているようなものではなく、ピクリとも上がらない口角と射殺すような視線が彼の怒りをまざまざと見せつけているようであった。
「しかし、この件が貴殿の及び知らぬものであったとしても、領主としての責任を果たせていない事に変わりはない。」
まるで感情が乗っていないような低い声で皇帝は淡々とその事実を口にする。
「故に次はない。覚えておけ。」
最後に言い放たれたその言葉は、その場にいた人間の背筋を凍らせてしまうような圧を放っていた。
「……っ、はっ!その温情に報いる事ができるよう精進いたします!」
辛うじて口を動かすことの出来たザイオンは恥も外聞も捨て、震えた声で叫ぶ。
尋問から解放されたザイオンは、その後すぐにそこから離れると、こめかみに血管を浮かばせながら、誰もいない通路へと向かう。
そして周囲に誰もいない事を確認すると、自らの怒りを吐き出すようにその拳を近くの壁に叩き付ける。
「……っ、くそっ。」
情けなさと怒りで狂いそうになる彼を正気に戻したのは直後に響く声であった。
「大変でしたね。ザイオン様。」
低く張りのある女性の声、それを聞いた彼はすぐに声の主が誰なのかを理解する。
「モルドレッドか。」
振り返る事もなくそう言い放つと、彼の背後から金髪を腰のあたりまで伸ばした騎士の女性が現れる。
「お疲れ様でした。」
「……どうなった?」
女性の言葉に対して、ザイオンは自らの疑問を返す。
「研究職員と雇っていた有象無象は全て処理させています。貴方とあの施設の関与が割れる事は無いかと。」
「そうか。」
彼女の言葉を聞いてザイオンは胸を撫で下ろす。
「今国内で動かせる戦力が聖騎士だけであったことが不幸中の幸いでした。おかげで証拠の隠滅が普段よりもスムーズにいった。」
そう言いながら彼女は報告書と書かれた紙を彼に手渡す。
「分かった、それならよい。」
ザイオンはその髪に一通り目を通した後、投げ捨てるように、それを突き返す。
「…………。」
そんな彼の姿を、女性は冷ややかな視線を向けて見つめる。
「それと、あの方から伝言です。」
「…………。」
視線を切って立ち去ろうとするザイオンの足が止まる。
「殿下への口添えはしておく、が何度もそれを許容するほど私は優しくない、と。」
「利用価値がなくなれば切り捨てられることを、くれぐれもお忘れなきよう。」
モルドレッドは伝言の後、皮肉交じりにそんな言葉を付け加える。
「……っ!」
直後、ザイオンは彼女の胸倉を掴み上げて壁に叩き付ける。
「……伝言係風情が、口の利き方に気を付けろ。あまり思い上がるなよ。」
「失礼いたしました。それでは私はここで。」
彼の恫喝など気にかける様子もないモルドレッドは、小さく頭を下げた後彼の手を振り払ってその場から立ち去る。
「…………。」
一人取り残されたザイオンは怒りにその身体を震わせながら拳を握り締める。
「……っ、クソッ!!」
そしてその怒りをぶつけるように、近くの壁を蹴りつける。
「……ふっ、ふーっ……許さん。」
「……許さんぞ、ルシア・カトリーナァ……!!」
怨嗟と憎悪の籠った叫びは城の中に響いて消えていく。




