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剥奪と追放


 魔法、それはこの世界に働く超常を実現させる力。人体で誰もが持つ臓器、心臓から沸き起こる“魔力”という不可視のエネルギーを用いて様々な現象を引き起こす特別な才能である。


そんな世界の法則が働く中で、人間は様々な魔法の“適正”を持って生まれてくる。



 「炎」「水」「風」「土」「雷」「光」「闇」



これらの「七大属性」を中心とした百を超える魔法属性が存在し、それらが使えるかどうかは全て、生まれついて持った適正によって決定される。


魔法を中心とした文化圏において、この適正はあらゆる才能、資産を凌駕する価値を持ち、それが今日こんにちの貴族制の成り立ちにまで関与するほどである。


 故にこの世界は魔法の才能が全てなのである。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 私の名はルシア・カトリーナ、聖女である。


 魔法国家、アールグレン帝国において、特別な魔法の才を有する者に与えられる特権階級。それが聖女。


 本来であれば聖女なんて言う大それた称号は、貴族生まれのお嬢様で、神聖魔法という特別な魔法の才能が必要な上で、皇帝から直接授与されるものであるが、私は少しだけ違った。


 私は貴族どころか自身の親の顔や名前すらも知らぬ、孤児院の出身であった。


 けれど、貧民の出でありながら、私には魔法の才能があった。


世界中を探しても数えるほどしかいないその魔法の才を、私は鍛え上げた。


 研鑽し、研ぎ澄まし、修練を重ね、そして極めた。


そして、今から五年前、前例や古い慣習を乗り越えてようやくこの地位を手にした。


 私は何もない人生から脱却し、聖女という道を歩くことが出来た。


――そう、今日この日までは。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 玉座の間。


 その国の富と栄華の象徴とも言える重要なもの。


我が国もその例に漏れず、眩暈がするほどに金のかかっていそうなその部屋の中心に私は立つ。


 昔からこの部屋はあまり好きではなかったが、皇帝陛下様の召集命令とあらば馳せ参じるしかあるまい。


しかしそれはそうと今日は珍しく人が少ない。


普段であればこの部屋には大臣だの、宰相だの、公爵だの小難しい役職を持った男たちが私を取り囲むように突っ立っているというのに、今日は目の前にいる三人しか姿を確認できない。


三人のうちの両サイドに立つ二人は、分厚い鎧を身に纏う、所謂騎士と言うやつだろう。そして、中心の玉座に腰掛けるのは、青年と呼べるほどの若さを持ちながらこの大国の元首を務める皇帝陛下様だ。


明らかに普段の様子とは違う。何やら嫌な予感しかしない。



「――本日をもって、貴殿の持つ聖女の称号、及びその権利の一切を剝奪する。」



 そんな私の直感を肯定するように、陛下の言葉が大きな部屋に響き渡る。


予想だにしていなかった言葉を前に、心臓が激しく跳ね上がる感覚を覚えた。


 けれどそれを必死に抑えて口を開く。そう、何事もなかったように、努めて冷静に。


「――理由を伺ってもよろしいですか?」


 動揺もあったのだろう、私の口から溢れた声は私が予想していたよりもずっと低い。


 咄嗟に取り繕う為に年甲斐もなく首を横に傾けてみるが、これはよくなかった。痛々しい上に、目の前にいる皇帝陛下殿は一ミリたりとも動揺していない。


「国防における重大な機密情報の漏洩とでも言っておこうか。」


 情報漏洩などと言われるような行為をしたことは一度たりともない。


そうはっきりと断ずることもできたが、私はその言葉の無力さをよく知っていた。その理由は他でもない皇帝陛下の口から告げられる。


「他の聖女をはじめとした様々な者から報告を数多く聞いている。」


 アールグレン帝国に籍を置く聖女は私を含め、計五名。

 

 貧民から成り上がった経歴ゆえに、私は他の聖女たちから存在を疎まれていた。そして、貧民の出の私の発言権など有力者の血を継ぐ彼女らと比べれば無いに等しいものであった。


 だから今回もいつも通り、意見をぶつけ合わせるのではなく、理路整然と言葉を並べ、彼女らの言葉の矛盾を突き、己の無罪を証明する。それだけの事だ。


「ならば弁明の機会を頂きたいです。報告の内容を伺っても?」


 しかしその進言はただの一言で両断された。



「ならぬ。」



「……っ、以前あったお話も他の方々の思い違いでした。ならば、今回もその可能性は少なくないと思うのですが。」


 突然の追放宣言があった手前、予想できていたが、あまりにも容赦のない対応に今度は声が裏返ってしまう。


「確かに以前も報告が誤解であったことは知っている。が、最早その必要はない。」


「何故でしょう?」


 はっきりと答える殿下の言葉に違和感を感じながらも私はそう問い返す事しか出来なかった。


「魔王が息絶え七年。魔族の脅威は最早無いに等しい。十日後、我が国に新たな聖女の有資格者が召集される。これで頭数は足りる。行動、言動の是非はともかくとして、他の聖女との関係が良好ではない貴殿を抱え続けるのは今後リスクになりうる。」


 つらつらと理由を並べているものの、早い話、私は帝国から不要と判断されたのだ。


「…………つまり、分かったうえで私を切り捨てるのですね?」


 下剋上で成り上がった下民が気に入らないから、それらしい理由を付けられて、お払い箱になっただけであった。


「なにか意見があるか?」


「いいえ、そういうことでしたら私から言うことは何もありません。」


 切り捨てられたことさえ理解できれば、もはやこれ以上何を言ったところでその決定が覆されることはない。ならば素直に引くのが無難な選択であることは理解していた。


「よろしい、二日の猶予をやる。荷物をまとめて出ていくがよい。」


「…………失礼いたします。」


 追い出したい理由も知っている。切り捨てられたことも理解できた。


 けど、それでも納得はいかなかった。






 逃げ出すように玉座の間から離れ、城の中の無駄に長い廊下を歩いていると、様々な感情が湧き上がってくる。


怒り、憎しみ、悲しみ…………、様々な感情が渦巻く中で、ひときわ大きな喪失感がそれらを吐き出す意欲すら奪い去っていく。


 それでも長年ここで過ごしてきたことで刻まれた警戒心はしっかりと働いてくれていた。


 背後に感じる嫌な気配、鼻を突く強烈な香水の匂い、どちらも覚えがあった。



「――御機嫌ようルシア様。」



 透き通るようでどこか上ずったような声、嫌いな声だ。


「…………。」


 はっきり言って面倒くさい、それでも彼女(・・)に弱みを見せるわけにはいかない。


 しぶしぶではあるものの、私は表情を貼り付け直し、声のした方へ振り返って彼女・・の名を呼ぶ。



「…………御機嫌よう、ローラ様。」



声の主を視界の中心に捉えると、案の定、予想通りの相手が立っていた。


振り返った先に立つ赤毛の女、ローラ・ギルバート。私と同じアールグレイ帝国の五人の聖女に名を連ねる女、私が今一番会いたくない女だ。


「あらぁ、元気がない様子ですわね?お話伺いましょうか?」


「いいえ、ただもう貴女と会話をする必要がなくなったので。」


 貼り付けたような笑顔と、こちらを見透かすような視線は、いつにも増して気持ちが悪い。


 返す言葉もつい語気が強くなってしまう。


「どうされたのですか?」


「いろいろありましたので、詳しくは明後日ごろに通達されると思いますわ。」


「そうでしたか、それまでは内密にということなのですね。」


 問いかけ、返答。全てが白々しい上に、薄ら笑いが気持ち悪い位について回る。これは間違いない、この女は知っている。



「…………周囲に人の気配はないわ。いつまでそのバカみたいな演技を続ける気?」



 周りを確認し、深く息を吐き出すと、私はより鋭い視線を向けて、低く響き渡る声でそう言い放つ。



「あら、あんたに言われたくないわ。ドブネズミ。」



 すると、そこから栓を切ったように目の前の女の笑みも悪辣なものに変化し、流れるような罵倒の言葉が返ってくる。


 そう、これがこの女の本性。人を見下し、隙あらば罵倒する聖女の裏の顔。



「今貴女に構ってるほど暇じゃないのよ。糞ビッチ。」



「だからその理由を聞いてるのよ。あんたの不幸の理由は何?その甘い蜜を、私にも啜らせなさいよ。」


 あまりに下種で品のない言動を前に、喉元まで呑み込みかけていた苛立ちがぶり返してくる。


「貴女の頭じゃ、言ったって理解できないでしょう。」


 そこから離れるように首を逸らしながらため息交じりにそんな言葉を吐き出す。


「わかるわよ。貴女。大方、聖女の地位を剝奪でもされたのでしょう?」


 それを聞いた瞬間、心の中でとある感情が沸き起こる。


 怒りか、悲しみか自分でもわからない。


しかし、私の口角は確かに上がっていた。



「……やっぱり、貴女は知ってると思ったわ。」



 目の前の下種にそう言い放つ私の顔は確かに嗤っていた。


「知ってたわけじゃないわ。カマかけただけよ。」


 引き攣った顔で勢いを失う彼女の目をじっと眺める。



「噓ね。貴女、無駄に貴族様方に顔が効くもの。能無しでも発言力だけは高いでしょう?」



 そして、視線を外すことなく真っ直ぐにそう言い放つ。


「それは違うわ。あんたを追い出すのに私一人の意見じゃ無理があるもの。」


 それでもなお、女ははっきりと私の言葉を否定する。


「どういう事?」


 不快感と、先程から積もりに積もった苛立ちで、今度はこちらが余裕を失い始める。


「さあ?あんたは全員に嫌われてたから。誰に何言われててもおかしくないんじゃない?」


 私の苛立つ様子がよほど気に入ったのか、目の前の下種は嬉々としてそんな言葉を口走る。



「――そう、やっぱり全員グルなのね?」



 それを聞いた瞬間、脳内でプツリと何かが切れる。


「――っ!?」


 全員がグル、つまり、聖女は全員敵。


それさえ分かれば充分。


「ちょ、待ちなさ――」



「御機嫌よう。また近いうちに会いましょう?」



 取り乱すように私を呼び止める女の言葉を切り捨て、最後にわざとらしく彼女の眼を凝視しながら言い放つ。


 今の私はどんな表情をしているだろうか……、きっと笑っているのだろう。


 だってもう我慢する必要がないのだから。


 嫌いな奴らを全員叩き潰す覚悟が出来たのだから。


 心にあるのはただ一つ、腹の中で真っ黒になるまで押し込められた怒り。


「…………。」


 而して、私の持つ称号や地位は、生まれの違いによる差別によって今日この日に剝奪された。


 鍛え上げた才能はたった今、再び意味を持たぬ力となった。


 そして私は、また一人になった。


 剝奪された元聖女という肩書きを背負って。


 けど、このまま終わるつもりは毛頭ない。



「…………さない。」



 私の名前はルシア・カトリーナ。



“元”聖女である。



そして――



「……絶対に許さない。私を追放したこと、後悔させてやる。」



 ――私は私を陥れたすべてに復讐する。



 剝がされた聖女の仮面の中身は、きっと笑顔であるはずだから。




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